INTERVIEW / OBOG 2017年10月9日

アワビ研究者はなぜ作家に? 第2回サッカー本大賞・中村慎太郎さんインタビュー

 「博士課程に進むと就職口がなくなる」と嘆く声をしばしば耳にする。しかし、間口の狭い研究職に縛られることなく、理系の博士課程から作家の道に飛び込んだ東大OBがいる。サッカーJリーグ初観戦の感想をつづったブログが話題となり2日で10万ビューを記録、初著書『サポーターをめぐる冒険 Jリーグを初観戦した結果、思わぬことになった』で第2回サッカー本大賞を受賞した中村慎太郎さんだ。作家を志した理由や大学院からの進路選択について話を聞いた。

(取材・石沢成美 撮影・久野美菜子)

 

 

――本の執筆など作家業をこなしながら、渋谷のブックカフェ「BOOK LAB TOKYO」で書店員としても働いています。現在の仕事内容を教えてください

 本職は作家業で、週2〜3日執筆活動をしています。その他に「お金を稼ぐ仕事」として週3日、選書や本の陳列といった書店員の仕事をしています。普通の書店は決まった本が送られてくるシステムなのですが、BOOK LAB TOKYOは棚に並べる本を選ぶところからが書店員の仕事で、著者や編集者に熱があるかどうかということを大切にして選んでいます。他にもイベントの企画運営や、オンラインコミュニティーで本の紹介を担当しています。

 

 ブログ「はとのす」は実験場として使っています。こういうことを書いたらどんな反応があるか、自分は何を書けるか、ということを試す場ですね。ブログと本では根本的に書き方が違います。基本的にブログは「戻る」ボタンとの戦いで、「戻る」を押させないために扇情的に書きます。本の場合には読者が買ってくれたらもう「戻る」ことはないので、しっとりと始めてラストまで読者を連れていく書き方を意識しています。「ブロガー」というと小遣い稼ぎのような感覚があって、僕は「作家」と名乗っています。

 

――第2回サッカー本大賞を受賞した『サポーターをめぐる冒険 Jリーグを初観戦した結果、思わぬことになった』を出版されたきっかけを教えてください

 ブログに書いたサッカーの記事が話題になり、編集者の方に声を掛けられて本を出すことになりました。Jリーグのサポーターに向けた本ではありましたが、サポーターではない人にも「サポーターとは何か」ということを伝えたいと考えていました。何かを応援するという気持ちは誰でも一緒なので、きっと共感してもらえると思います。

 

 これからの活動としては著作数を増やすことを目標にしています。よく「印税暮らし」と言いますが、100冊本を書いてやっと印税暮らしできるらしいんですね。ブログの記事は2〜3千字ですが、本にするには8〜10万字の文章が必要なので、スポーツと人、スポーツと社会といったテーマをより深堀りして執筆していきたいと考えています。

 

 

狭いコミュニティーに閉じこもっていた研究室時代

 

――理系の博士課程まで進んだあと、なぜ作家の道に進んだのでしょうか

 もともと書くことは好きで、小学生の将来の夢は小説家だったんです。学部時代は宮沢賢治の研究をしていました。自分には研究の道が合っていると感じていたのですが、当時は文系の大学院に進むと本当に進路がないと思っていて。そのころ宮沢賢治の作品のテーマになっている生命のエネルギーというものを面白いと思うようになり、海の生き物を手に取って見るという研究に興味を持ったので、修士課程からは大気海洋研究所で「日本沿岸に生息する大型アワビの生態」について研究していました。

 

 修士1年のときには理系の研究業界語や理屈の立て方が理解できず苦労しましたが、2年目には慣れてきて研究もうまくいき、修士論文が評価されて奨学金返済免除になりました。順調な研究生活でしたね。

 

 でもその年の3月、東日本大震災が起きました。大槌の研究所(国際沿岸海洋研究センター)が被災し研究は頓挫してしまいました。さらに「研究は50年後には誰かの役に立つかもしれないけれど、目の前の人を助けることはできない」と気付いて研究の意義を見出せなくなり、落ち込みました。博士課程に進んでからも研究はなかなか進みませんでした。

 

 そこでどうしようもないからサッカーをやろう、と思ったんです(笑)。所属していた研究所にはサッカーチームがあって、半年間毎日3時間くらいサッカーに打ち込みました。それでもここまで研究を頑張ってきた過去があり、博士課程に進んだ時点で普通の就職の道からは外れてしまったと思っていたので、研究をただの執着でやっていることは分かっていてもやめられませんでした。そんな中、学生相談所に相談に行くようになり、話を聞いてもらううちに本当にやりたいことは「書くこと」だと気付きました。ちょうどその時期に書いた研究業界についてのブログも評価されていたのでこの道で生きていこうと思ったんです。

 

 研究室の先生や先輩も僕のことを思ってアドバイスをしてくれましたが、人は無意識に自分に有利なアドバイスをしてしまうので研究業界に引き止められるだけで何も得られません。進路に迷う人にはぜひ学生相談所に行くということをお勧めしたいです。

 

 

「研究以外の選択肢も考えて」

 

――学生時代の研究は作家業に役立っていますか

 大学院で研究し論文を執筆したことは作家業にとても役立っています。研究論文は厳しい批判に耐える必要があるので、解釈の余地が残らないような助詞や副詞の使い方、主観的な主張に客観性を持たせる技術が身に付きました。

 

 僕が題材にしているサッカーは何万もの人が体験していることなので、それを本にするためにはサッカーを「特別なもの」に昇華させることが必要です。僕はサッカーの知識はそれほどありませんが、このライティングスキルがあるからこそ書けているんだと思っています。

 

――大学院からのキャリアに悩む学生に向けてメッセージをお願いします

 大学院というのは学究の場でもあり、教育、つまり自己修練の場でもありますが、教員の立場から研究優先になってしまい自己修練は後回しになっていると感じます。本当は学生時代にもっといろんな企業を見るべきだと思うのですが、インターンに行こうとすると先生に嫌な顔をされるとか。だから博士課程のほとんどの学生は「研究がだめになったらこのままニートになるのかな…」と将来を不安に思っているはずです。

 

 でもみなさんには、自分の尖った部分を生かせる研究以外のキャリアも探して具体性を持たせておいてほしいと思います。僕は行き当たりばったりでライターを始めたので、もっとライターの研修の場などに顔を出して力を付けておけばよかったなと思っています。研究が自分の全てと思わないように、いつでも研究をやめられるように、学生相談所など外の人とも話して選択肢を増やしておいてほしいですね。

中村慎太郎(なかむら・しんたろう)さん (作家・書店員)

 農学生命科学研究科博士課程中退。スポーツ関係の書籍の発行、ブログ「はとのす」の運営を行う。BOOK LAB TOKYO(渋谷)では本のソムリエとして選書、陳列やカフェ業務を担当。著書に『サポーターをめぐる冒険 Jリーグを初観戦した結果、思わぬことになった』(ころから)、ブラジルワールドカップでの体験談を綴った『JORNADA copa do mundo 2014(Kindle版)』シリーズなど。

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