PROFESSOR

2018年8月13日

【東大教員からのメッセージ】鄭雄一教授インタビュー 工学でひもとく道徳の構造

 鄭雄一教授(工学系研究科・医学系研究科)は骨を研究する「骨博士」として組織工学を専門とする一方、近年は善悪の判断に関する「道徳」の研究も行うなど幅広い分野を扱っている。東大入学を考える高校生に向けて、メッセージなどを聞いた。

 

(取材・伊得友翔 撮影・児玉祐基)

 

 

異分野融合の研究

 

──現在の研究分野は

 細胞を積極的に使って、失われた組織を補う組織工学を研究しています。組織工学の研究対象は、細胞・足場・シグナルという三つです。それぞれ、組織という花を咲かせるための種・土・肥料だと思ってください。現在はiPS細胞など細胞に焦点が当たっていますが、三つをうまく組み合わせることが組織を作る上で重要になります。

 

──組織工学の魅力は

 医学の分野に工学など多様な分野の人が参入してできた学問なので、医学だけでは成し得ないものを作れます。例えば最近では骨が欠損・変形した患者さん向けに、3Dプリンターを用いて直接移植できる人工の骨を作りました。医学の骨に関する知識と工学の3Dプリンターが融合した、典型的な例と言えるでしょう。こうして世の中に新しい価値を生み出せることには喜びを感じますね。

 

 

──異分野が融合する際には何が重要ですか

 私は道徳が重要だと思っています。今や文系・理系という枠は関係なく、分野や文化の異なる人をまとめるリーダーが必要になっています。そのリーダーは、異質なものを受け入れる道徳を備えていなければならないのです。近年は、こうした異分野融合に必要な「オープン・イノベーション・プラットフォーム」の研究も国のプログラムの一環で行っています。具体的には、工学的な考えを用いて道徳の構造を明らかにしようとするものです。

 

──工学的な考えとは

 一つは「粗視化」という考え方です。例えば何万という分子で構成される高分子は、一個の分子だけ見ても性質は分からず、ある程度のまとまりになって初めて特徴的な性質が現れてきます。このように、細かく見るのではなく視点を引くことで物事の本質が見えてくるという「粗視化」は、工学から学んだことの一つです。また、一般に言うPDCAサイクルのような、問題点の検出・分析・統合およびモデル化という作業も工学から取り入れました。道徳の研究では、道徳は全社会で通じる「共通の掟(おきて)」と、各社会で異なる「個別の掟」から構成されることをモデル化しました。

 

 

──今後の研究目標は

 長く行っている骨の研究を続けたいと思っています。基礎的には骨が形成される仕組みを明らかにしたいですが、その中で、より早く人体に定着する骨を作ることが目標ですね。道徳の研究では、道徳の段階を分類し、それを計測・可視化することで、新たな価値基準として導入し、オープン・イノベーションを促進することを試みています。

 

粘り強い思考を

 

──学生時代の生活は

 1、2年の時は語学に集中し、多様な授業を取りました。選択していたドイツ語も非常に勉強し、3年の時にはドイツに留学しました。語学は単語だけでなく文化も学ぶので、自分を相対化できるという点でとても有益だったと思います。実際、留学中はルームメイトがモロッコ人だったので文化の違いに驚きました。例えば、友達の物であれば勝手に使ってもいいと考えるそうで、最初は盗まれたと思って焦りましたね。日本に戻った後、5、6年の時は臨床医を目指してひたすら勉強していました。

 

──東大の魅力は

 総合大学であることですね。文系も理系も病院も同じキャンパスにあることは、世界的に見ても非常にまれです。オープン・イノベーションにおいては最適の場所と言えますね。同じ大学でもキャンパスが違えば交流は少ないので、物理的な近さはとても重要です。今はスカイプなどもありますが、やはり近くにいてパッと話せることはすごく大きいです。実際、東大では電話一本で他の分野の人から必要なものをもらえますが、他大学ではそうはいきません。東大はこの「地の利」を最大限に生かして、文系と理系がもっと交わるべきだと思います。

 

 

──高校と大学の違いは

 問いに明確な答えがあるかどうか、だと思います。大学受験に関しては、手取り足取り教え過ぎている印象があります。大学では予習が必須だと考えていますが、予習はするなと教えている有名な進学塾もありますよね。このように、全てお膳立てされた大学受験のやり方は、答えのない問題に自分で一から取り組むことが求められる大学での学びにマイナスではないでしょうか。

 

──高校生にメッセージを

 東大合格を目指すに当たっては、全教科の基礎学力をおろそかにしないことがまず重要です。多様な社会問題を考えていく上で、特定の分野だけに偏るのはマイナスです。また東大は、心の寛容性や思考の粘り強さを求めています。未知で困難な問題に直面したとき、拒絶したりすぐに諦めたりするのではなく、なんとか解決しようとする姿勢を身に付けると良いと思います。

 

鄭 雄一(てい・ゆういち)教授(工学系研究科・医学系研究科)

 1997年医学系研究科博士課程修了。博士(医学)。ハーバード大学助教授などを経て、07年より工学系研究科教授、16年より医学系研究科教授を兼任。著書に『東大教授が挑む AIに「善悪の判断」を教える方法』(扶桑社)など。

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