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2020年3月10日

東大全共闘と三島由紀夫の討論会を映画化 豊島圭介監督の制作秘話

 1969年5月13日、三島由紀夫が駒場Ⅰキャンパス・900番講堂に乗り込み、4カ月前に安田講堂占拠を終えたばかりの東大全学共闘会議(東大全共闘)の学生約1000人と向かい合った――そんな伝説的な討論会が、三島の自殺から50年目を迎える今年、映画となって甦る。

 

 3月20日公開の『三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実』でメガホンを取り、50年前討論会で三島と向かい合った人々にインタビューを重ねた豊島圭介監督に、映画に込めた思いを聞いた。

 

(取材・一柳里樹 撮影・原田怜於)

 

豊島圭介(とよしま・けいすけ)監督 95年教養学部卒。東大在学中の94年、自主映画『悲しいだけ』でぴあフィルムフェスティバル94入選。03年『怪談新耳袋』シリーズで監督デビュー。代表作に映画『裁判長!ここは懲役4年でどうですか』ドラマ『徳山大五郎を誰が殺したか?』など。

 

今、50年前の討論が持つ意味を探す

 

━━なぜこの討論会を映画の題材にしようと考えたのでしょうか

 

 プロデューサーの刀根(鉄太)さんから「われわれは全共闘世代のことは詳しくないけど、母校のことでもあるし、きちんと向かい合って、自分たちで結論付ける作業をしてもいいんじゃないか」と誘われたのが大きかったですね。生まれる前の話だし、一夜漬けで何か分かるようなものでもないし、当事者にインタビューすることもハードルが高いし、天才といわれる三島由紀夫を扱うことも含めて、だいぶハードルの高い仕事だな、とは思いました。でも、ドキュメンタリーを撮ったことがない自分の引き出しで簡単には太刀打ちできないところが逆に魅力で。非常に面白い題材だなと思って、やってみることにしました。

 

━━ドキュメンタリーの撮影経験がない中、どのように映画を作り上げていったのでしょうか

 

 映画に取り掛かったときは、既に討論会の映像が90分あってラッキーだな、と思いました(笑)。本来、90分の映像を撮るのは大変なことなので。でも同時に、それと拮抗するような今の映像を撮らないといけないプレッシャーも感じました。

 

 50年前の討論をお客さんに見せるに当たって、この討論が今に対していったいどんな意味を持つのか、その答えを探すためにインタビューをしていくんだろうな、とは最初から考えていて。50年前の話をどうしたら現在にフィードバックできるか、ということをテーマに設定してインタビューを始めました。

 

 今回インタビューした人の中で、識者といわれる人には内田(樹・神戸女学院大学名誉教授)さんと小熊(英二・慶應義塾大学教授)さんと平野(啓一郎)さん(小説家)がいますが、みんな討論会の当事者たちより若いわけですよ。平野さんは討論会の時点で生まれてもいません。でも、当時の討論のことをほとんど知らなかった僕らが作る映画なので、当事者世代の識者に聞くより、2020年の視点で討論を見てどう享受するかという話を語ってくれる人にインタビューしたいな、と思っていました。

 

 最初に会いに行ったのは小熊さんです。小熊さんの整理のおかげで、討論会の位置付けが分かってきました。安田講堂の占拠が解除(69年1月)された後、全国的な学生運動の機運は盛り上がっていきますが、東大全共闘の運動自体はいったんフェードアウトしかけるんです。その時、安田講堂に立てこもっていた人たちとは毛色の違うメンバーが立ち上がります。橋爪(大三郎・東京工業大学名誉教授)さんの言葉を借りれば「政治闘争は敗れたけれども、文化闘争でもう一旗揚げよう」ということで企画された討論会だとか。そういう背景を理解すると、芥(正彦)さん(討論会で三島と相対した「東大全共闘随一の論客」。現在劇団ホモフィクタスを主宰し前衛演劇に携わる)という演劇人が討論会の中心人物の一人だったこともふに落ちます。こういった作業を経てなんとなく像が結ばれてきて、ようやく当事者の人たちに話を聞きに行ける準備ができました。

 

討論会で向かい合う三島(右)と芥。©2020 映画「三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実」製作委員会。

 

 当事者の人たちに話を聞くときは、監督として「撮れた!」と思う何かをもぎ取る必要があります。そのためには、こっちも(討論会で)壇上に赤ちゃんを連れてきた芥さんと同じように芝居をしなければならなくて。例えば、何か仕掛けて、相手が怒った姿を撮りたい、とかですね。でも、ただ単に怒らせるだけでは下衆なやり方なので、どうしたら良いか知恵を絞りました。

 

 最終的に使った映像には、それぞれの人となりが表れたカットが多いですね。沈黙してしまう木村(修)さんとか、インタビュアーをどう喝する芥さんとか。芥さんに怒られている時も「あ、撮れてる撮れてる」と思っていました。(芥さんの)顔が今間近にあってめちゃくちゃ怖いけど、今僕はこの人のどう喝を撮れてるぞ、って(笑)。うまくいったところといかなかったところはありますけど、刺し違えてでも何かを撮ってこなければという意識はありましたね。

 

 実際話を聞いてみると、同じ社会学者でも、討論会で900番教室の中にいた橋爪さんと小熊さんでは言うことが全く違いました。橋爪さんは「敗北を自分は背負って、なぜ負けたか考えながら日々生きている」と言っていましたが、そんな人生を小熊さんが共有しているはずはなくて。当事者の人たちに話を聞くことがやっぱり面白いんだな、と思う一方で、ロマンティックに学生運動を経験した人の話だけでなく、遠い距離感の人に話を聞いて良かったとも思いましたね。

 

 インタビューを通して、50年前と50年後の同じ人物を比べて編集できるということもこの映画の面白さでした。例えば写真家の清水(寛)さん(新潮社のカメラマンとして討論会を撮影)とか、50年前と今とでは相当変わっていますよね。細胞も全部生まれ変わって、「これは私である」という確信と漠然とした記憶だけしか根拠がないのに、本当に50年前と同じ人間といえるんだろうか、みたいなことも考えてしまいます。でも、この問いに関しては明快な答えはあまり出せませんでした。映画の中での答えは、ただ単純に二つのカットを並べるということでしたね。

 

三島由紀夫は「多面体の人」

 

━━映画を制作する中で、討論会に関わった人々にはどんな印象を抱きましたか

 

 三島と交通事故のように出会ったことで人生を規定されてしまった人たちに僕はインタビューしてるんだな、と思いました。今も三島を批判する芥さんにしても、三島と討論したことはなんだかんだ言って彼の中の大きなアイデンティティーの一つでしょう。木村さん(元全共闘。討論会では司会を務めた)にしても、楯の会(三島が立ち上げた民兵組織)の人にしても同じです。三島との出会い頭の事故によって、何かが変わってしまった人たちが映っているんだと感じました。この映画に取り組んでみて、そこが面白かったです。

 

 三島については、この映画を作る前からそのキッチュな部分が好きで、『美しい星』という宇宙人が出てくる小説を映画にしたいとずっと思っていたくらいなんですけど、若者に支持されていたスターでもあったということは知らなくて。しかも椎根(和)さん(平凡パンチの元三島担当編集者)という平凡パンチの編集者から見た三島は非常にユーモアがあり、格好良くて面白くて人間味があったそうです。文豪でも右翼でもない三島の姿があるんだということを知るところから、今回の僕の三島理解は始まりました。

 

 討論会を見るにつけても、全共闘にも楯の会にも椎根さんにも、どの陣営にも本気で向かい合っている三島は半端ではない。いったい三島という一人の人間の中に何面の顔があるんだろう、三島は多面体のような不思議な人だなと感じて。しかも誰に対しても芝居じゃなくて本気というか、本気で芝居してるというか、ものすごく多面的な魅力を持ってる人なんだ、ということが分かりましたね。だから結局、この討論を軸に三島のことを多少知ろうとしましたが、なかなか答えは出ませんでした。一つの答えが出ないような多面体の魅力の人間だというのがとりあえずの答えですかね。

 

 僕はいろんなジャンルの作品をやっているので、作品ごとにガッと詰め込んで、ガッと撮って、ガッと忘れる、という受験勉強みたいなスタイルを続けていますが(笑)、三島のことはこれからも忘れないでしょうね。

 

ⒸSHINCHOSHA

 

━━木村さんが、今も三島由紀夫の自殺の謎を研究しているという事実が印象的でした

 

 木村さんは三島が影響を受けていたハイデガー哲学の研究を深めて、三島の死の真相はこうなんじゃないか、仏教と関係があるんじゃないだろうか、とずっと研究をしているみたいで。50年経っても、本当に三島との出会いにとらわれてしまっているわけですよね。それがすごいなと思いました。

 

 それだけ魅力のある人だったし、もちろん自殺したということも大きいわけで。「そりゃ記憶に残るよなあ」という気がします。

 

「面白い先輩たちを目撃してほしい」

 

━━ポスターなどでは、討論会の「熱量を体感してほしい」という点を強調しています

 

 僕らは討論会を何回も見て、インタビューでも膨大な量の解説をしていただいたので相当理解しているわけですが、初見で1時間48分見ても分からないことがたぶんいっぱいあります。でも、それを分かろうとして追い掛けていっても、結局分からなくて思考が止まってしまうともったいない。だから、細かい理屈や思想を理解しようとするのではなくて、やたら熱を持った青年たちがワイワイやって、50年後の今も熱を失わずに生きている。そんな面白い、熱い人たちを目撃するんだという気持ちで映画を見てくれたらいいなと思っていますね。

 

 

━━プロデューサーの刀根さんからの言葉通り、全共闘世代について「自分たちで結論付ける作業」はできましたか

 

 結論は出ないんですけど、全共闘という人生を生きてきた人たちに曲がりなりにも正面からぶつかってみた経験が、今回の映画を撮ったということなのかな、という気がしますね。カメラを向けるって結構暴力的な行為なんですよ。みんなが「お前にその覚悟があるのか」とぶつけてくるような現場だったので、なかなかスリリングでドキドキしましたけど、ちょっとは向き合えたのかなと思います。

 

━━最後に、東大生にメッセージをお願いします

 

 自分がいた学校の先輩がこんなに面白かったんだということを、見逃す手はないと思います。

 

『三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実』

3月20日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国公開

配給:ギャガ

 

【記事修正】2020年10時30分 2枚目の写真の位置、3枚目の画像のキャプション、並びに一部表記を修正しました。


この記事は2020年3月10日号(合格記念号)の記事の拡大版です。記念号では本作に込めた思いに加え、豊島監督の東大生活についても掲載しています。

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キャンパスのひと 中村慧地さん(文Ⅱ・2年)

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