学術

2019年2月7日

【著者に聞く】井上彰准教授 正しさ保証する「宇宙的平等」

正義・平等・責任―平等主義的正義論の新たなる展開

井上彰著、岩波書店、税込み5184円

 

 

 我々は「平等」という言葉を聞くと、それが指すものをわきまえずに正しいと思いがちだ。しかし、そもそも「平等」とは何か。井上彰准教授(総合文化研究科)が長年抱いてきたこの問題意識が、本書『正義・平等・責任―平等主義的正義論の新たなる展開』(岩波書店)に結実した。

 

井上彰(いのうえ・あきら)准教授(総合文化研究科)
2005年総合文化研究科博士課程単位取得退学。2006年オーストラリア国立大学大学院博士課程修了。Ph.D.(Philosophy)。立命館大学准教授などを経て、2017年より現職。

 

 本書は題名の通り「平等」を「正義」と「責任」という二つの概念と共に捉えるものだが、従来からこれら三つの概念は不可分なものとして扱われてきたと井上准教授は述べる。例えば「正義」とは、ギャンブルで失敗した人が他の人よりも貧しくなるといった、当人に「責任」のある不平等は容認する一方、生まれつきの障害など個人にはどうすることもできない運の影響を極力排除する形で「平等」を目指すことだと考える人がいる。だがこの考え方は「責任」という概念の、実際には帰属先やその有無を単純には捉えられないという複雑な側面を無視し、不当な格差を広げるという「正義」本来の目的に反する結果を生み出してしまう。

 

 このアポリア(難問)の解決にあたり、井上准教授は本書において三つの概念を次のように関係付ける。「責任」は個人が充全に与えられた情報を基に合理的に判断する能力を有する限りにおいて問われる。「正義」とは「責任」の度合いで不平等を認めるか否かを判断するものであるが、皆が受け入れるべき人間社会の一般的な事実によって形成される世俗的な価値だ。対して「平等」は俗世間を超越した、人間の価値観に左右されない宇宙的な価値であり、人間が滅んでも存在し続ける。この宇宙的価値こそが、我々に「平等」を正しいものだと思わせる理由なのだと井上准教授は主張する。不平等は「責任」が問われる状況が明確化されることで適切に是正されるが、それでも是正されない不当な格差は最終的に宇宙的価値としての「平等」を通じて否定される。こうして平等論が持つアポリアは克服されるのだ。

 

 だが本書が「平等」を我々が滅びても存続する価値とすることに対しては、書評や学会で多くの批判が寄せられたと井上准教授は言う。特に、価値付ける主体なしに価値は存在しないのではという批判を多く受けた、と。だが井上准教授いわく「価値はあくまで我々のための価値である、という考えは傲慢(ごうまん)だ」。人間にとって善いものは善いという考えが環境破壊を促進したという反省の下、近年では地球それ自体に価値があるのだとする思想が脚光を浴びていることから分かるように「我々は人間中心主義的な倫理観を見直さねばならない」。

 

 

 本書の議論は現実問題を論ずるにあたっても参照されるべきだろう。例えば、近頃世間で話題の医学部入試における男女差別の問題。男女差別的な入試基準に関する充全な情報を与えられていない女子受験生には、不合格の「責任」はないと見て良いだろう。また、男女の学習能力に有意な差があることは、科学的に裏付けられていない。以上を踏まえると、女子受験生が被っている不当な格差は、宇宙的価値としての「平等」からの要請により是正されねばならない。

 

 この議論に関しては、私立大学は国立大学と異なり、独自の選考基準で学生を選んでも良いのではという意見も見られる。しかし「正義」が人間社会の一般的な事実に依拠することを忘れてはならない。学生を恣意(しい)的に選ぶことは、大学は人々に開かれている学問の場であるが故に公的な助成金を得ている、ということに抵触する。よって、その事実に基づくかたちでの人々の期待形成に反する恣意的な選考は「正義」に反するのだ。大学とはそうした公共性をもつ教育の場であり、寄付金を理由に合格させる「レガシー入学」のように資本主義の論理に飲まれてはならないと井上准教授は考える。

 

 現代社会には、医学部入試の問題や生活保護受給者に対するバッシングを引き起こす「自己責任論」など、「責任」や「平等」の概念が厳密に捉えられてこなかったが故に浮上する問題が多く見られる。そうした問題に直面した際、「責任とは何か」「平等とは何か」という根本的な問題に立ち返ることの重要性を、本書は我々に向けて強く示しているのだ。(円光門)

 「著者に聞く」では、本の著者に取材して執筆の背景や著作に込めた思いを掘り下げます。


この記事は、2019年1月29日号に掲載した記事の転載です。本紙では、他にもオリジナルの記事を掲載しています。

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