COLUMN 2020年3月19日

実態に即した議論が不足 入試改革の混乱を振り返る

 センター試験が終わり、来年からは大学入学共通テストの開始が予定されている。しかし、共通テストを巡っては、昨年11月に英語民間試験の導入が延期され、12月には記述式問題の導入も見送られるなど混乱が続いた。英語民間試験の一つ、TEAPの開発に携わった吉田研作特任教授(上智大学)、東大入試での民間試験利用の方針検討を主導した石井洋二郎名誉教授の2人に、民間試験導入延期までの議論を振り返ってもらった。

(取材・一柳里樹)

 

吉田 研作(よしだ けんさく)特任教授 (上智大学)  74年上智大学修士課程修了。文学修士。12年から上智大学言語教育研究センター長を務める他、「英語教育の在り方に関する有識者会議」座長、大学入学共通テスト検討・準備グループ委員などを歴任。

 

指導要領との整合を

 

 共通テストでも利用予定だった民間試験・TEAPの開発に携わる吉田特任教授は、民間試験利用の頓挫を「がっかりだった」と惜しむ。「学習指導要領と乖離しては、何のための共通テストか分からなくなる」

 

 学習指導要領では、「聞くこと」「話すこと」「読むこと」「書くこと」の4技能を総合的に指導し、統合的に活用できるコミュニケーション能力を育成することが求められている。だが「センター試験はリーディング・リスニングに限られ、高校教育でスピーキング・ライティングが軽視される状況が続いてきた」。吉田特任教授は加えて、センター試験を年に1度しか受けられないことも問題視。年に複数回受験でき、成績が天候や体調などに左右されにくいテストが望ましいという。

 

 しかし、スピーキングテストを大学入試センターで開発するのは非現実的。その上、国が行う試験は公開が原則で、年に複数回の試験で平均点をそろえるのは困難だという。一方、民間試験は基本的に非公開で、数十年間の受験者データを踏まえ難易度調整済みの問題数十万問を蓄積。「当然、国が作問するのが理想だが、実施体制を作るのはとても大変。それなら、既に実績のある民間試験を使うのが合理的ではないか」

 

 民間試験を巡っては、採点への疑念の声が相次いだ。だが吉田特任教授は「東大の推薦入試をはじめ多くの大学入試で、場合によっては複数の民間試験が利用されている。その実績があるのに、なぜ今回問題になったのか」。地域格差や経済的負担への批判にも「英検だけでも180カ所以上テストセンターを用意し、離島にも多くテストセンターを設置していた。それにGTECを合わせれば全国の会場数は数百に上り、どちらのテストも受験料は数千円だ」。高価格が問題視されていたIELTSやTOEFLなどは「留学前提の一部の受験生以外、ほとんど共通テストに使わなかっただろう」と影響の大きさを疑問視する。

 

 共通テストでの民間試験利用は見送られたが、吉田特任教授が評価する点もある。共通テストの試行調査には「学習指導要領や、受験者のレベルを示すCEFR(ヨーロッパ言語参照枠)との対応付けが行われていて、センター試験よりも質・量共に精度の高い問題がそろっていた」。

 

 さらに現在、英検やTEAPを一般入試に利用する大学は100校以上。国際性や語学力を重視する大学が、各大学独自の判断で民間試験を利用する動きが広がれば、受験大学ごとの入試対策に掛かる受験生の負担軽減効果も見込めるという。「民間試験の利用を嫌がっていた大学に無理に利用させるより、各大学の自発性に任せる方がむしろ自然かもしれない。でもそうなると、学習指導要領を基に作られるはずの共通テストの存在意義が分からなくなってくるけどね」

 

石井 洋二郎(いしい ようじろう)名誉教授  80年人文科学研究科(当時)修士課程修了。学術博士。96年から17年まで総合文化研究科教授、15年から19年まで理事・副学長。入学者選抜方法検討ワーキング・グループの座長を務めた。19年より中部大学教授。近著に『危機に立つ東大』(ちくま新書)。

 

結論ありきの改革

 

 東大の理事・副学長を2015年から4年間務めた石井名誉教授は、民間試験の導入延期を「結果的には良かったが、受験生の不安はもっと早く払拭するべきだった」と評する。「危惧を表明している人が多くいたにもかかわらず、一部の推進派の思い込みや理想論に沿って、21年の導入ありきで強引に進めてしまった」ことが混乱を招いたと批判。民間試験の導入を白紙に戻し、英語力向上など入試改革が目指す目的を達成するための手段をゼロから議論し直すことを求める。

 

 そもそも「大学進学者は高校生の半数強にすぎず、大学入試のために高校教育があるのではない。日本人のスピーキング能力向上を図るなら、大事なのは授業自体の改善」と石井名誉教授。高校も大学も、現在の授業はコミュニケーションを重視する方向に相当変わっており「文法中心で訳読偏重という批判は思い込みにすぎない」という。技術的な問題を抱えるスピーキングテストを無理に大学入試に加えても、本当にスピーキング能力の育成につながるのか疑問だと話す。

 

 センター試験の成績だけで合格者を決める大学もあり、センター試験の役割は一様ではない。だからこそ「改革するなら、現状を正確に把握した上で、高校関係者も含め広く議論することが必要だった」。しかし実際は政府主導で結論ありきの議論が進められ、疑念の声が顧みられることはなかったという。さらに、アドミッション・ポリシーに沿って各大学が主体的に在り方を決めるべき入試を、統一試験で変えようとすること自体に無理があると指摘。「英語力向上の手段の一つにすぎない入試改革がいつの間にか自己目的化してしまった」

 

 国立大学協会(国大協)は17年11月、民間試験を国立大学の一般選抜の全受験生に課す基本方針を定める。民間試験の採否を各大学に委ねる文部科学省の方針から、大きく踏み出す決定だった。だがその半年前の6月、国大協は民間試験導入の懸念点を列挙する意見表明を行っていた。この時の懸念が解消されないままの方針転換は「せめて各大学の自由裁量に任せてほしいと主張して止めるべきだった」と石井名誉教授。東大内部でも、民間試験の利用を巡り「本来あってはならない、政治への忖度と勘繰られても仕方のない」迷走が見られた(表)

 

 

 大学はなぜ入試改革の混乱を抑えられなかったのか。石井名誉教授は「国立大学全般の意思決定の在り方」にも一因があると説く。04年の国立大学法人化以降、企業のようなトップダウン方式が強化されてきた。しかし「大学の目的は学生に少しでも良い教育を行って社会に送り出すこと。営利企業とは目的が違う」。受験生が振り回された入試改革の経過を振り返り「学生と接する機会が多い現場の声を聞かず、一部の人間の考えだけで事を進めようとすれば必ず破綻する」と警鐘を鳴らす。


この記事は2020年3月3日号から転載したものです。本紙では他にもオリジナルの記事を掲載しています。

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