PROFESSOR

2019年9月24日

日本の大学「教育」は時代遅れ? 東大の「教え方」を変える東大FFPの挑戦とは

 夏休みが終わり、早くも新学期。シラバスを片手に、どの授業を履修するか思い悩んでいるところだろうか。

 

 東大の中には、履修した学生から「つまらない」と言われる授業も少なくない。一方、東大では、教員の教え方を変えようというプログラムも存在する。大学教員を目指す大学院生やポスドク、若手教職員向けに、教育能力の向上を図る「東京大学フューチャーファカルティプログラム(東大FFP)」だ。東大FFPでは、グループワークなどアクティブラーニングによる学びを通して、学生のモチベーションの高め方や授業デザイン、シラバスや成績評価など、学生が主体的に学べる教育の設計方法を学んでいく。

 

 東大FFPを企画し、高等教育の質の改善を目指す栗田佳代子准教授(大学総合教育研究センター)に、東大FFPに込めた狙いや東大の教育体制の課題を聞いた。

 

(取材:一柳里樹 撮影:高橋祐貴)

 

 

教える側も学び続けろ

 

━━東大FFPはどのような経緯で開設されたのでしょうか

 

 東大FFPが開設されるまで、東大には大学教員としての教育力を付ける全学型のプログラムがありませんでした。東大は大学教員をたくさん輩出する大学であるにもかかわらず、教育力を持たせることなく巣立っていかせてしまう。これを何とかしなければということで、当時存在していた教育企画室において企画が立ち上がったのが2011年のことです。

 

 その頃は日本全体にわたり、大学の機能の一つとして改めて教育が重視され始めた時期でした。東大としても、この流れにどう対応し、教育の質をどう保証するかが問われており、当時の濱田(純一)総長も教育改革をいろいろ打ち出しています。2010年に策定された東大の中期的ビジョン「東京大学の行動シナリオ FOREST2015」では、教育の質を保証し向上させるための取り組みが掲げられていました。

 

 大学教員を育成して、日本の大学教育全体を底上げするという意味でも、東大の責任は大きいです。私がこの東大FFPを担当するために東大に採用されたのは2012年ですから、当時の議論を直接知りませんが、外から見ていても、東大が果たすべき責任について多く議論があった時期なんだろうと思います。

 

 このFOREST2015では、東大として、大学教育の質の改善を図るファカルティディベロップメント(FD)にどう取り組むかという方策も定められました。教員の資質向上という意味では、本来は学内の教員に対して、まず、FDをやるべきかもしれません。でも、いきなり教員を対象に全学型のFDを導入するのは難しい、まずは大学院生向けのプログラムとして始めようということで東大FFPが始動することになりました。

 

 2年かけて議論がなされ、2013年4月に東大FFPがスタートしました。大学院生向けのプログラムとして開始した東大FFPですが、教員やポスドクからもオブザーバー参加のリクエストを多く受け、2016年度から対象を拡大して教職員にも門戸を広げています。現在は、年間の受講者100人のうち約2割分を教職員やポスドクに充てています。

 

━━東大FFPで大切にしていることは

 

 授業デザインの根幹にあるのは、受講者に、学生が「いかに学んだか」を最大限に考える姿勢を身につけてもらいたい、ということです。現在、教育においては、学生が「主体的に学ぶ」ことを大切にし、教員が「いかに教えるか」より学生が「いかに学んだか」を重視するパラダイム転換が起こっています。

 

 教授法はたくさんありますが、東大FFPで学ぶ時間は限られていますし、授業技術はすぐに陳腐化していきます。そこで重要なのは「学生がよく学べているか」という視点からどう教えるのが最善かを問い続け、教える者自身が常に学び続ける姿勢です。東大FFPでは、こうした教育の改善あるいは探究のマインドセットを身に付けてもらうことも重視しています。

 

 東大FFP自体も受講者に主体的に学んでもらう場なので、私が一方的に教えるのではなく、ディスカッションや実践を重視して、受講者自身で気付いてもらえるように授業をデザインしています。東大FFPの授業全体の中で、私が話す時間は3分の1もないかもしれません。これまで一方向型の授業を受けてきた人が多いので、主体的に関わっていく学び方ってこんなに面白くてこんなにモチベーションが上がるんだ、他の人から意見をもらえることはうれしいんだ、と体感してほしいと思っています。例えば授業の後半にある模擬授業は、受講者に一度だけやってもらうのではなく、受講者同士でフィードバックをし合って、改善してもう一回、つまり受講者は2回模擬授業を行います。

 

 協調的に学べる生産的な環境作りのために、私がグループワークの冒頭で毎回受講者に伝えることとして、「敬意を持って」「忌憚(きたん)なく」「建設的に」という「3K」があります。東大FFPの受講者は大学院生も教員もおり、年齢でも23、4歳から50歳以上まで、国籍も性別もさまざまな人がいるため、こうしたグラウンドルールの共有は大変重要です。他にも「フラットな関係づくり」のため、私も含めてお互いのことを「さん」付けで呼ぶ、というルールもお伝えします。学生の主体的な学びのためには、議論を活性化したり深めたりできる場を教員が作ることが重要です。東大FFPを通して、それを体験、体感してもらいたいと考えています。

 

━━教育の質保証に向けて、成果は今上がっているのでしょうか

 

 毎期、授業終了後に取っているアンケートでは、受講者の98%あるいは99%近くが「意識や行動が変わった」という結果が得られています。自分の授業やTAとしての行動が実際に変わった、教育者として生きていく上での意識や展望が変わった、というのはもちろんですが、教育にとどまらず、研究の価値を考えるようになった、研究を人にうまく伝えることを意識するようになった、後輩への指導の仕方が変わったというような回答も多く、東大FFPの学びの影響が波及しています。

 

 東大FFPの受講生の約3割が、修了生による紹介による履修希望であることも、このプログラムが高い評価を受けていることの一つの証になるかと思っています。受けに来てくれた方が「良かったよ」と周囲に勧めてくれる循環が生まれている状況は、私たちとしては喜ばしいことだと思っています。

 

 また、東大FFPを修了した大学院生から、教員ポストに応募し、模擬授業などが評価されて就職できたというお礼のご報告をいただくことも増えてきました。これはいつか修了生にフォローアップ調査をするなど、成果としてまとめていきたいと考えています。

 

学生も自ら行動を

 

 一方、東大FFPを越えたより大きい話として、FDは本来、大学総合教育研究センターが全学に対する支援として現在よりももっと推し進めていくべきだと思っています。例えば、多くの教育部局で独自にFDの取り組みが行われていますが、全ての教育部局にFD専任の先生がいるわけではないので、専門外の先生が持ち回りで担当されていることが多いという現状があります。それでは担当の先生の負担も大きく、取り組みの充実はままなりません。各部局のFDに関する取り組みにおいて、大学教育総合センターが協力させていただくことで、より効率的にかつ充実したFDの機会提供ができるのではないかと思っています。

 

 ただ、ハーバード大学やオックスフォード大学、シンガポール国立大学など世界の他の多くの総合大学では、FDの専門スタッフが4、5人、事務スタッフも4、5人くらいいて、FDだけで10人くらいの体制が整っています。一方、このセンターでFDを職責として明示的に担っているのは、実質的に私の他は特任研究員と事務職員がフルタイム換算で各1人という状況です。東大のFDは全学的な連携体制に加え、人的リソースの面でも非常に弱い状況です。

 

 現在シンガポールや中国などアジア諸国は、国策として大学教育におけるアクティブラーニングへの転換を進めています。一方向の授業から脱し、授業の前にオンライン動画で予習しておいて授業内ではディスカッションを主体にするような授業形式がここ数年で急速に取り入れられてきており、改善が進んでいます。その流れには、東大だけでなく日本の大学の多くは完全に乗り遅れていて、かなり危機的な状態だと個人的には感じています。

 

 

━━東大の教育に対する改善の取り組みが弱いのはなぜでしょう

 

 入学してくる学生が優秀で、教育する側もそれに甘えることができてしまうからでしょう。しかも国内では、日本における首都圏という魅力、また東大自体の魅力およびネームバリューが通用することから、優秀な学生が継続的に集まってきます。ですから、現状、教育の改善を必死にやらなければという危機意識を持つに至りません。従って、FDの必要性はそこまでない、という認識になりやすいかと思います。実際のところFDは、学生集めに苦労する「危機感」を持つ大学のほうが熱心に取り組むという傾向があります。しかし、学生が集まってくるから何もしなくてよいというわけではなく、世界のなかの日本の高等教育として見た場合、やはり東大は教育の改善を進めていく必要があると思います。

 

 教育の質を上げる取り組みとしては、先生方一人一人の授業の質を上げる段階の他に、カリキュラムとして教育の体系化の質を高める段階もあります。現在、日本の全ての大学はディプロマポリシー(学位授与基準)とカリキュラムポリシー(教育課程編制方針)、アドミッションポリシー(入学者受入方針)を定め公開することが義務付けられています。これらは教育の体系化において重要な方針であり、東京大学も各研究科や専攻において定めていますが、実際は全教員に浸透しているとはいえず、カリキュラムポリシーに沿ってカリキュラムが編制され学生に周知されていない状況にあります。学生の科目選択における自由度が大きいことは魅力の一つにもなり得ますが、一方、やみくもに履修しても卒業できてしまう状況もあります。学年を通じてどのように選択すれば体系だった学びとなっていくのか、という点の整備やサポートは東大としてまだまだできる余地が残されているのではないかと思います。

 

━━そのような状況の中で、今後教育の改善のためにできることはありますか

 

 一つは、学生にももっと声を上げてもらうこと、また、大学側として現在よりももっとそうした声を重視することではないかと思っています。教養学部と学生自治会の学部交渉、あるいは卒業時に行われる学生達成度調査などにおいて学生の声を聞く機会は設けられていますが、それらが全学としての教育方針に大きな影響を与えるには至っていません。授業評価アンケートも部局ごとに実施されていて統一されていませんし、前期課程と後期課程にわたる縦断的な調査が整っていないこともあり、全学としての教育改善に資するような情報収集の仕組みは弱い部分です。学生の4年間を追跡できる調査体制などは少しずつ進んでいる部分もありますが、時間はかかりそうです。その加速において学生の声は本来強力なものであると思うので、一緒に大学を変えていくという意識の下、教育改善に対する声をいろんな方向から上げ続けてもらうことが、大学を変える一つの契機になるのではないかと思います。

 

 もう一つはTA制度です。東大では2017年にTA制度の改革が行われました。これまでは、TA制度の運用は授業支援というよりは学生の経済的支援としての意味合いが強く、また他大学に比較して賃金が低く抑えられていました。今回の改革で、業務の幅が広がりそれに応じた賃金の見直しが行われました。特に業務の見直しが図られたことでTAの授業支援の幅が広がり、さらには、教育実践の機会としても位置付けられるようになりました。これは、授業そのものを改善する契機になるのではないかと感じています。実際、駒場で行われている初年次ゼミナール(理科)(理科Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ類の1年生が入学直後の学期に履修する必修のゼミ)の教員とTAを対象に、教養教育高度化機構が教員・TA研修を実施しています。初年次ゼミナール自体がアクティブラーニング形式の少人数授業なのですが、そこでは、TAはただのコピー取りだけではなくて、グループワークの支援などもしっかりやる位置付けです。そうした授業支援の在り方が浸透すること自体が、授業が変わっていく契機になるのではないかと思います。

 

 

教育は地味? 遅れる日本

 

━━東大外の日本の大学では、東大FFPのようなプログラムは浸透し始めているのでしょうか

 

 この種のプログラムは、いわゆる旧帝大のほとんどで行われていますが、受講者数が年間10人を切るようなところもあります。年間の受講者が3桁に乗っているのは東大だけです。教育が研究より一段下に見られている節があることが不人気の一因です。大学院生がFDプログラムを受けていると「そんなことしている暇があったら論文書け」と言われたり「研究で活躍できないから教育に力を入れているの?」と思われたり、といったことがあります。本来教育は、未来を創りだすという点では夢があり尊い仕事だし、研究と教育は分かつものではなくて、教育の発展が各専門領域の研究の発展にもつながるわけですが・・・・・・。

 

 教育の質を上げる取り組みって、非常に見え方が地味なんですよ。教育においても新規プログラムの立ち上げはニュースになりやすいですが、一方で既存の教育の授業の質が上がったというのは成果として見えにくい。学習成果の可視化は近年言われてきていますが、いざ教育の質を可視化しようとすると測定が難しく、従って評価されにくい。すると先生方の時間的な余裕もなく、「今も回っているのだから」と、時間とお金と手間をかけて改善するだけの価値を見出せないということになってしまいます。授業設計を変えて授業評価をいくらか上げることよりも、研究の新発見の方が成果として一見華々しいですよね(笑)。

 

 東大の場合、教育といえば研究者を育てることに重点を置く教員が多く、それも当然かつ重要なことです。ただ、学部で卒業していく学生も、研究者にならない修士卒もたくさんいるわけですね。そういう学生が社会に出た時、納税者の一員として科学技術の重要性を理解してもらえるという意味でも、研究を通して会社での企画開発や営業に非常に役立つ汎用的なスキルを学ぶという意味でも、研究者育成に限らず良い市民や有能な人材を育てるための教育は重要です。そして、日本という国や地球全体をゆくゆくは支える人材を育てることは大学の機能として重要だと思います。

 

 東大FFPでは、「教育の価値は研究に並ぶ」ことを示す点に気を付けていて、履修希望者が毎回定員の1.4倍くらいで推移する中で、学振(日本学術振興会特別研究員)に採用された経験のある人に優先的に履修してもらうようにしています。これは「東大FFPの修了生は研究者としても教育者としても一流」という意識的なブランディングで、結果的には現在、履修者の約4割が学振経験者で占められています。

 

━━東大FFPを今後、どのように発展させていきますか

 

 東大FFPは、ミニマムな内容ではありますが大学教員になる上で身に付ける知識・技術が詰まっています。まずは、東大FFPの学内外での認知度を上げて、東大FFPの素材もオープンにして、この種のプログラムを全国に広げ、いつか「大学院生なら受けてて当たり前」にしたいと考えています。

 

 東大FFPは学内向けのプログラムですが、学外に対しては既にオープンにする仕組みがあります。2014年に東大FFPの内容を基盤として「インタラクティブ・ティーチング」というオンライン講座を開発し、無料で学べるプログラムとして開講していました。2016年までは修了証を発行する講座として運営していましたが、現在は一度閉じており、異なるプラットフォームでの再開講を準備中です。ただし、80本ほどある動画は今も誰でもいつでも閲覧できる状態で「東大FD」というウェブサイトで提供しています。また、これらの動画を活用した新しい取り組みとして、「インタラクティブ・ティーチング・アカデミー」というプログラムを昨年度より開始し、大学関係者だけでなく初等中等教育の先生や民間企業の方も対象にして、オンラインと対面講座を組み合わせたブレンド型学習という方法で提供しています。今までの研修と異なる特徴は、ブレンド型学習というのもそうなんですが、受講者が学校種や職種を越えて多様であること、そして、実践につながるような研修デザインを持つことです。例えば、授業デザインについて学ぶ回の場合、研修初日でつくった授業のデザインを、各自の現場で実践してもらい、その経験を研修2日目に持ち寄り、共有して互いに学ぶ、という形式です。

 

 また、学内の東大FFP普及という点では、より受講しやすい形態を模索中です。現在は隔週2こま連続の3時間半の授業を全8こまとなっています。特に、教職員の方々には授業期間中に3時間半も空けてもらうのは大変です。2こま連続で行うメリットは大きいものの、やはり受講しやすくする工夫として、短時間でできる構成や、グループワークも含め基本的に全てオンラインで行い、対面でしかできないところだけ集まる、というような授業形式の実現も検討しています。

 

 東大FFPの修了生に私がいつもお伝えしているのは、毎年100人ずつの修了生が各大学に散らばって、いつか学長になっていくと日本の大学が変わるから、みんな偉くなってくださいということです(笑)。教育は、学生の将来、日本の未来を作っていく大変誇らしく重要であるという捉え方をする人が偉くなれば、大学も変わっていきます。20年、30年、50年くらいのスパンの戦略になりますが、東大FFPの修了生が育てた学生が教員になり、東大に戻ってきたら東大もより変わっていくと思います。ただ、国策として大学教育を強化している東南アジアなどのスピード感からはかなり遅れているので、本当はすぐにでも変わってほしいんですけどね・・・・・・。

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