今年は、三島由紀夫生誕100周年の年だ。代表作『仮面の告白』は、1949年に刊行された最初の書き下ろし長編で、幼少期から青年期までを書いた自伝的小説だ。前半では、周囲と異なり同性にしか性的欲望を抱けないことへの葛藤や、「死」に惹(ひ)かれる様子がふんだんなエピソードと共につづられる。幼少期、清掃業者の男に「悲劇的なもの」を感じ、憧れる。勇ましく死へ立ち向かうジャンヌ・ダルクの絵に惹かれるも、男装している女性だと知らされ失望。童話では、死の運命にある王子たちを愛する。中学2年の時、粗野で男らしい同級生、近江に「肉の欲望にきずなをつないだ」初恋をする。しかし、近江の脇毛が生い茂っているさまを目にし、生命力と暴力的な感じに圧倒されると同時に、強烈な嫉妬を覚え、この恋を諦める。15、16の時、思春期特有の大人びていたい思いで、バスの女性車掌の体のラインが分かる制服が良いと発言。心にもないことを推量し意識的に述べた。シスヘテロである友人との会話でつじつまを合わせようと努力し、感性に合わせる能力を得る。女性に恋していると思い込もうと努力するが、人工的な白々しさを感じ、疲れる。周囲との違いに少しの不安はあったが、理屈を並べ、自己欺瞞(ぎまん)により不問に。女性に対し性的な欲求を感じずとも、異性を愛せると信じていた。
後半では、友人の妹の園子に強く惹かれ、ついにはキスをする。これで快感を感じられたら、自分は「女を愛せる正常な人間だ」と確認できると期待して。しかし、何の快感もない。自身が正常な人間でないと落胆。その後、園子から求婚されるも断り、別れる。23歳の時に売春宿に行くも、女性に対し性的不能であることが確定する。別れた2年後に夫を持った園子と再会し、何度か2人で会うことになるが・・・印象的な結末にも注目だ。
確かに、主人公が性欲も付随する恋心を女性に抱くことは不可能だと推察されるが、女性である園子を愛していたのも本当だと思う。美しさが何度も描写されるし、それまでの人工的な恋とは違うとつづられる。美しい絵画や音楽に触れるとその美しさに魅了され、とりこになるのと類似した形の愛だったのでは。しかし、園子からの手紙の内容が芳しくなかった時には、「21歳になって19歳の少女との恋に手こずり、キスの経験もないとはだらしない、落第坊主め!」と自分を責める。園子との恋愛を試みた背景には、女性と両思いになることで「普通の良い男」になりたいとの欲求もうかがえるのでは。
正常な人間でいたい、そう装いたいと、社会規範に従おうとする外生的な欲求と、自分の正直な感性との間の葛藤の描写が見事だ。自分は「普通」だと信じるために、さまざまな理屈をこねくり回し、理論的に自身を納得させようと躍起になる様には記者にも思い当たる節があり、共感できる人も多いのでは。【莉】
