GRADUATE

2018年5月10日

「駒場ワンダーランド」で知的欲求を満たす 若手実業家・御手洗さんインタビュー

 経済学部を卒業し、外資系コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニーに勤めた後、ブータンで初代首相のフェローとして活躍。東日本大震災の後に帰国、宮城県気仙沼市で「気仙沼ニッティング」を起業し代表取締役社長を務める、今注目の若手実業家の御手洗瑞子さんに、自身の学生時代や新入生へのアドバイスについて話を聞いた。

(取材・撮影 武井風花)

 

御手洗瑞子さん(気仙沼ニッティング取締役社長)
08年経済学部卒。外資系コンサルタント会社マッキンゼーに勤めたのち、ブータンで初代首相のフェローとして活躍。東日本大震災の後に帰国し、宮城県気仙沼市で「気仙沼ニッティング」を起業、代表取締役社長を務める。著書に『ブータン、これでいいのだ』(新潮社)、『気仙沼ニッティング物語:いいものを編む会社』(新潮社)がある。

 

──東大入学以前はどのような生活を送っていましたか

 子どもの国際キャンプに参加したことは、自分の原体験になっているかもしれません。小学生5年生の時、ポルトガルで開かれた子どもの国際キャンプに参加し、いろんな国の子どもたちととても仲よくなりました。世界が小さくなったような感覚があり、世界のどこにでも、友だちになれる人がいるんだ、と思いました。しかし15歳の時に参加したキャンプでは、少し異なる経験をしました。参加者が主体的に運営するキャンプでしたが、全員がやる気があるわけではなくて、アルコールやたばこは当たり前という荒れた環境でした。私はそのキャンプで議長役になったのですが、キャンプを良くするにはどうすればよいかについて話し合った時、「みんなでルールを守って良いキャンプにしていこうよ」と私が言うと、ある国の子が、「たまこ、それは日本人の価値観じゃないか」と言いました。何もやらなくていい時間は貴重だから、それを楽しみたい、自分はそういう価値観だと。一理ありますよね。結局私はメンバーをまとめきれず、この挫折が私の大きな転換点になりました。

 

──転換点というのはどういうことでしょうか

 一つの「正しさ」があるのではなく、多様な価値観があることを身をもって知りました。ちょうどキャンプの翌年に米国で同時多発テロが起こり、テレビで崩れるビルとともに中東で子ども達が喜んでいる映像が流れ、同時多発テロが正義の地域があるんだなと衝撃を受けました。これが自身の経験とリンクして、国や文化による考え方の違いはどのように生まれるのか、異なる価値観の人たちが共存するためにはどうすればいいのか考え続け、本を読み漁(あさ)っていました。

 

──東大入学の理由は一番の理由は

 前期教養学部があったことです。専門分野を決める前に、「駒場ワンダーランド」で思う存分知的欲求を満たせる東大の環境は魅力的でした。

 

──「駒場ワンダーランド」とはどういう意味ですか

 私が在学していた当時、東大の学費は月4万円程度でした。その授業料でトップレベルの教授の授業が取り放題です。カルチャーセンターで習い事をするのでもそこそこお金がかかるのに、こんな恵まれた環境は、もはやワンダーランドみたいだと思いました。

 

 

 

本・人・旅を通じた出会いを

 

──駒場の授業は進学選択のための点取り争いになっているとの批判もありますが

 私の在学時もそういう指摘はありましたが、結局他人は他人、自分は自分ですよね。周りがどうなんて気にせず、自分が好きなように楽しめばいいと思います。私の場合、「人間とは何か」という問いに興味があったので、進化生物学やゲーム理論の授業などを受けました。そこで学び考えたことは、今の自分にも生きています。自分の芯、自分の興味を持っていれば、駒場はいかようにでも楽しめると思います。

 

──どのような学生生活を送っていましたか

 よく旅をしました。世界一周チケットを使って旅行をしたり、友人を訪ねながらヨーロッパ各国を鉄道で旅したり。中国・内モンゴルを馬で旅したこともあれば、青春18きっぷでのんびり列車に揺られたこともあります。

 

 加えて、1年の秋に自分で学生団体を立ち上げました。月に1度、大人の社会科見学をするような団体です。歌舞伎役者さんに会いに行ったり、漁師さんに漁を教わったりと、いろいろな人に会い、その分野のことを教えてもらいました。最終的に30大学300人を超す学生団体に成長しました。子どもの国際キャンプの運営にも携わっていました。

 

 

学生時代に両親から借金

 

──活動資金の調達はどうしていましたか

 私はあまりアルバイトはせず、家庭教師を少ししていたくらいです。旅費などお金が必要なときは、懸賞論文に応募して賞金稼ぎをしました。当時懸賞論文は、賞金の額が数十万円と高い割に応募数が少なく、穴場でした。さらに4年生の時に、両親から100万円を借金しました。

 

──珍しい調達方法ですね

 学生時代にこんな話を聞きました。「人が何かを行うのに必要なものは三つある。体力・お金・時間だ。しかし人生の中で、この三つがそろうことはない」。すなわち、若い時は体力と時間はあるがお金がなく、壮年期は体力とお金はあるが時間がなく、老年期は時間とお金はあるが体力がない、と。なるほどと思いました。私はこれを聞き、この三つの中で唯一貸し借りができるのはお金だ、と思いました。お金を借りれば、若いうちに体力・時間・お金の三つをそろえて好きなことができます。また、自分の時間の価値というのは、人生のフェーズによって変わります。学生時代にアルバイトをすると時給千円かもしれませんが、社会人になると大体もっと高くなります。私も学生時代に親から借りた100万円は、社会人1年目で返せました。社会人になってからは、お金は稼げても、使う時間がなかったのです。学生時代に、お金を借りてまで好きなことをして過ごした時間は、人生の宝物になりました。

 

──学生時代にやっておくべきことはありますか

 「べき」ということはありません。大学生はもう大人ですから、自分が何をやりたいのかを考えて行動すればいいのです。正解は人それぞれ。高校までは進むべき道を示されるかもしれませんが、大学からは何をやるかは自分で考えればいいと思います。でもきっと「本を読む、人に会う、旅に出る」ことは、世界を広げてくれると思います。本や人や旅を通じて何に出会い、何を学ぶかは、その人次第ですね。

 

──東大に入学して今に生きていることは

 学問の幅と深さを知れたことで、知的に謙虚になれたことでしょうか。大学で学問に向き合っている人の話を聞くと、一つの事実を断言するためにどれほど深い研究が必要か感じられます。高校までは表層的な知識でわかった気になったのですが、大学での学びを経て、初めて見るものに対して、そこに深さがあることを想像できるようになりました。

 

──逆に、東大の短所は

 「東大はこういうところがダメだ」というのは、あまり考えてもしょうがない問いかもしれません。もし私が東大の総長だったら、真剣に課題に向き合い、対応策を考えます。しかし学生だったら、東大でできる経験は目いっぱいしながら、できないことは他でやります。例えば、私は高校で美術系のクラスにいて、美しいものを見たり、手を動かしてものをつくる時間が好きでした。でも東大では、美術の実践の授業はほぼありません。そこで大学に加えて、夜間にデザインの専門学校にも通いました。東大では出会えない仲間にも出会えて、とても楽しかったです。東大をうまく使いながら、広い社会の中でやりたいことをやっていけばいいと思います。

 

──最後に新入生へのメッセージをお願いします

 東大に入学したことは、単に「学力があったね、すごいね」と認められたということではありません。広い知の世界の入口に立ったということであり、その世界を存分に冒険していいということです。ぜひ、東大を思いっきり楽しみ尽くしてください。ワンダーランドのように楽しい場所だと、私は思います。みなさんが東大でいい時間を過ごせますように。

 ご入学、おめでとうございます。

 

御手洗さんが代表取締役を務める気仙沼ニッティング。その店舗『メモリーズ』には地元の女性による手編みの高品質セーターのモデルが並ぶ。約300人待ちで入手に2年半ほどかかる人気商品もあるという

この記事は、2018年4月17日号からの転載です。本紙では、他にもオリジナルの記事を掲載しています。

インタビュー:「駒場ワンダーランド」で知的欲求を満たす 若手実業家・御手洗さんインタビュー
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