EVENT 2020年3月4日

日本一ミクロな地方創生を むらおこしコンテストinふっつ2020開催【前編】

 2月8~11日、千葉県富津市を舞台に、全国から大学生が集まり地域おこしプランを立案する「むらおこしコンテストinふっつ2020」が開催された。東大の地域おこし・農業サークルである東大むら塾(以下、むら塾)がこのコンテストを主催する。今年が初めての開催。東京大学新聞社で学生記者を務めると同時にむら塾の一員としても活動している筆者は、この「むらおこしコンテストinふっつ2020(以下、むらコン)」の運営に携わった。今回は大会の様子や地域活性化について筆者が感じたことを伝える。

(取材・友清雄太 写真・友清雄太 東大むら塾提供)

 

日本一ミクロな地方創生

 

むらコンの参加者募集の際に使用したビラ

 

 「地方創生」「地域活性化」「まちおこし」。これらの言葉を耳にしたことがない人はいないだろう。「都市への若者の流出や少子高齢化などにより衰退しつつある地方を何とかせねば」という声は世間でよく耳にする。実際、中央省庁や地方自治体はさまざまな地域政策を実行している。ふるさと納税や企業誘致、地元の伝統や特産品を利用した観光ツーリズムなどがその好例だ。これらの取り組みの一つとして政策提言コンテストがある。

 

 地域政策における政策提言コンテストは、地域の交流人口の増加、地域の知名度向上、第三者からの視点で意外な発見、主体的な学びの体験など多くのメリットを有する。しかし、それらコンテストの多くは中央省庁や地方自治体、企業、NPO法人などある意味で「上からの」目線で主催され、住民の声に寄り添い、住民と一緒になって課題解決を目指すものはわずかにとどまっているのが現状だ。

 

 そこで、むら塾が約6年間にわたり富津市相川地区と交流してきた経験を踏まえて、むらコンでは「日本一ミクロな地方創生」「住民目線」をテーマに据えたボトムアップ型の政策提言を目指した。

 

 「ミクロ」にはもう一つ意味がある。それは、市や県よりも遥かに小さな大字レベルの地区を対象とするということだ。詳細な説明は後に譲るが、この「地区単位」というコンセプトにより「住民」の解像度を高め、より一人一人に寄り添った課題発見に取り組むことが可能となる。重要なことはさらにもう一つ。通常これらの地区の大きさで地域活性化が行われることは稀だ。しかし、県や市の活性化が必要であるように、これらの小さな地区においても活性化は必要ではないだろうか。廃れて良い地区など一つもない。そんな思いもこのコンセプトには込められている。

 

 コンテスト本番では、外部から来た学生が小さな地区単位でチームに分かれ、3泊4日で民泊や懇談会などを通じて住民と交流する中で課題を発見し、住民の視点と外部からの視点を掛け合わせた新しいむらおこしプランを作成する。画期的な地域活性化の事例となるべく、本企画は始動した。

 

ちょうどいい田舎、富津

 

萩生漁港(富津市)から捉えた富士山(地域写真家の浅倉真一さん提供)

 

 さて、今回のむらコンの舞台である千葉県富津市について簡単に紹介したい。富津市は房総半島中西部の東京湾側に位置する観光都市だ。北部は京葉工業地域の一部として製造業や鉄鋼業が盛ん。一方で、むらコンの舞台となる天羽地区を含む南部は、海と山に囲まれ、漁業や農業といった第1次産業が中心であると同時に、マザー牧場や鋸山(のこぎりやま)など有名な観光資源も多数存在する。海岸地域に行くと目の前には東京湾の対岸の三浦半島が広がり、その奥にはそびえ立つ雄大な富士山がはっきりと伺える。葛飾北斎の富嶽三十六景の一つに選ばれるほどの絶景だ。都心からは東京湾アクアラインを利用すると車で約1時間で到着するアクセスの良さも魅力の一つ。「ちょうどいい田舎」。この一言が富津を的確に表している。

 

地区別対抗!?

色がついている地域全体が天羽地区(図は東大むら塾作成)

 

 ここでむらコンの概要を説明したい。「住民目線」を可能な限り実現するため、参加学生は地区単位の5つチームに分かれ、各地区の課題発見・解決を試みてむらおこしプランの質を競い合う。むらコンの舞台となる天羽(あまは)地区の中には、金谷・竹岡・天神山・湊・峰上の5つの大きな地区があり、各チーム、これらの地区を構成するさらに小さな1つの地区に入る(例えば、天神山地区は8つの地区で構成されており、むらコンの舞台となるのはその中の長崎地区だ)。観光が盛んな地域や商業中心の地域、住宅地域など地区ごとに特色が異なる。4日間の中で民泊での宿泊や地区巡り、住民との懇談会や複数の住民による地区の説明、市民会館でのワークショップ、専門家によるコンサルティングなど参加者に「住民目線」を意識させる仕掛けが多数用意されている。

 

1日目 ようこそ富津へ

 

 

天羽地区の玄関口JR上総湊駅(左) 

顔合わせをする参加者たち=富津市民会館で(右)

 

 2月8日午前11時ごろ、参加者が続々と上総湊駅にやって来る。北は宮城、南は松山から総勢24人の大学生が富津に集合した。参加者は富津市民会館で開会式に臨んだ。開会式で髙橋恭市市長は「地方創生は喫緊の課題であるが、内部の人間では課題が見えていなかったり自信を持ってこれが課題だと言えない場合もあります」と述べ「外部からの視点で課題を発見したり富津のいいところを教えてください」と参加者にエールを送った。開会式を終えると参加者は市民会館を後にし、各自が担当する地区へと向かった。筆者が担当したのは天神山地区の中の長崎地区という農業が中心の内陸部の地域だ。ちなみに筆者は、長崎地区チームの運営と、議論が煮詰まった時にアドバイスする役目を担った。ここから先は長崎地区を中心に模様をお伝えしたい。

 

 筆者たち長崎地区チームは区長の初見勝さんに案内され、長崎公民館へと向かった。まずは軽めの自己紹介。初見区長は10年ほど前に富津市に移住して来たプロのカメラマン。富津の自然豊かな風景が気に入りここに移住を決めたという。参加学生たちは「少子高齢化で活気がなくなっている地元を何とかしたい」「地元でも地域活性化活動に携わっており、むらコンで学んだことを持って帰りたい」「所属する学生団体で地域活性化をやってみたが上手くいかず、むらコンを通じて地域活性化についてもう一度考えたい」などこのコンテストに参加した動機やコンテストに掛ける思いをそれぞれ述べた。運営側として、学生たちが多様な問題意識や背景を持ってここにやって来てくれたことに心から感動した。

 

 地区を見て回る前に初見区長から長崎地区の概要を教えてもらう。農耕が盛んで中心産業は稲作。地区の中心を国道465号線が横断し地区を南北に隔てる。この国道465号線は房総半島を東西に横断する道路であり、東京湾アクアラインから半島東部の観光地に行く場合ここを通過する必要があるため観光バスなど交通量が多い。地区内には工務店や自動車販売店はあるものの大きな雇用を生み出す存在はなく、それが地区外への若者の流出につながっているという。地区の北東部には白山神社という神社があり、かつてはこの神社を中心とした祭りや盆踊りが催されていたが、地域の集まりが減少し30年ほど前に廃止された。ただ、現在でも立派な神輿(みこし)は保管されている。かつては青年会、婦人会、老人会などが存在し、にぎわいを見せていたが、次第に集まりが悪くなり現在は存在しない。有志の住民が麻雀や健康体操を公民館で定期的に開催し交流の場としている。また、長崎地区を含む天神山地域にある唯一の小学校が今年度を最後に合併閉校する。このことは多くの住民が気に掛けている様子だった。住民は145名、その内65歳以上は88人で高齢化率は60.7%、世代別では0~20歳までが5人、21~30歳に至っては0人と少子高齢化が目に付く。しかし驚くべきことに、住民同士での助け合いや農地貸し出しなどにより、耕作放棄地が地区に一つも存在しない。

 

長崎地区のシンボル白山神社 9月の大型台風の爪痕が未だに残る(左)

夜は地元住民と一緒に食事をとり親睦を深める(右)

 

 長崎地区の概況を頭に整理したところで、今度は実際に歩いて地区の様子を見てみる。参加学生の一人、近畿大学からやって来た北山さんは「来る前に想像していた通りの感じだった。9月の台風の爪痕が5カ月たった今でも残っているのが印象的だった」と感想を述べた。地区内を歩いていると、初見区長がすれ違った住民の人と気軽に歓談したり、住民の飼い犬にお手をしたりと、住民同士の親しさがとても印象的だった。約1時間ほどで地区を1周。公民館に戻った後は参加学生が自発的に感じたことや課題を共有し合う。

 

 夕食は長崎公民館で10人ほどの地元住民と参加学生が一緒に取り、ざっくばらんに地区のことや各自の大学のことなどを話しで盛り上がった。こうした打ち解け合った雰囲気が住民目線を獲得する上では重要だ。夕食後、参加学生は民泊に向かい1日目は終了。

 

2日目 さあ課題を発見しよう!

 

 2月9日午前9時、参加者が再び長崎公民館に到着。一夜を共に明かしたおかげか、メンバーには昨日よりも表情がほぐれた感じがする。この日のメインイベントは、地区を語る会と住民へのインタビューを通して、住民が感じる地区の現状や課題などの情報を引き出すこと。模造紙と付箋を用いて参加学生と住民が一緒になって情報を書き出し整理していく。「意欲ある人がいれば農地を貸したり地区に受け入れたりしてみたい」「もっと人が集まるコミュニティが欲しい」「イノシシや鹿などの獣害が大変」「日用品を買う店が地区になく大変」「後継者がいないからあと3年くらいで田んぼをやめようと思っている」など住民のリアルな声が聞こえて来る。ヒアリングの後は参加学生同士でさっそく共有し合う。昼食は住民と一緒にバーベキューで焼きそばを調理。とてもおいしかった。

 

地区の情報をヒアリングする

 

 昼食後は参加学生全員が富津市民会館に再集合、ワークショップに臨む。「日本一ミクロな地方創生」を掲げるむらコンにおいて、参加者がこのコンセプトに沿ってプラン作成できるよう改めて「住民目線」とは何かを考えることが目的だ。ワークショップは2部構成。前半は事前課題で出された「X村青空食堂」についての批評や改善点を議論、後半は参加者が交流した地区の住民になりきって地区の現状や理想の将来像を語り合うというものだ。

 

 ここでX村青空食堂について補足する。X村青空食堂は、むらコンを実施する数カ月前に、むら塾メンバーが実際にむらコンに参加したと仮定して、チームを組み、提案されたプランの一つをやや改定したものだ。以下は、X村の事前課題の筆者による要約。

 

 『X村は最寄駅から徒歩30分の内陸部にあり、周囲を山に囲まれ農耕が盛んな地域。仕事がないため若者の多くは村を後にし、高齢化が著しい。リタイアした高齢者は趣味で農業を楽しんでいる様子だ。そんなX村に「むらおこしコンテスト」で学生たちがやって来た。彼らは、住民たちが作った食材で作った料理を提供するイベントを開催し、X村から出て行った人たちに戻ってきてもらい、地元の魅力を再確認してもらおうというプランを提案した。始めの数回の開催は住民の集まりもよく、X村を離れた人たちも戻ってきて地元の知人たちとの交流を楽しんだ。しかし、次第に住民の集まりや戻ってくる人が減少していき、最終的には自然消滅という形でイベントが開催されることは無かった。』

※青空食堂の詳細は企画書という形で参加学生に提示された。

以上を踏まえて、このような結果になった原因や改善点、検討すべき点を参加学生に議論してもらった。

 

「住民から自発的に出て来たプランじゃないから次第に意欲がなくなったのかな」

「学生も提案して終わりではなく継続的に関わっていけたらよかったのにね」

「企画書が曖昧すぎ。もう少し参加者の役割を明確にしたら違ったのかもね」

皆真剣なまなざしで議論を交わす。

 

 ワークショップを終えた参加学生はむら塾メンバーとともに近くの料理屋で全体交流会に参加し親睦を深めた。食事中筆者は疲労困憊(こんぱい)のせいか目に生気が全くなかったと後から友人に笑われた。それをもって2日目は終了。

 

後編につづく

日本一ミクロな地方創生を むらおこしコンテストin ふっつ2020開催【後編】

 

同じ記者の記事

関連記事

合わせて読みたい

COLUMN 2017年12月04日

【初年次ゼミナール特集企画】受講学生の生の声 初ゼミが与えた影響とは

INTERVIEW / PROFESSOR 2016年08月05日

東大女子は入れないサークルや東大美女図鑑 ジェンダー論が専門の東大教授はどう見る

INTERVIEW / FEATURE 2016年03月10日

Another Face? : What the Vice Chairman of Goldman Sachs Has “Invested” Over 10 Years

EVENT 2016年06月29日

東大はなぜ推薦入試を増やすべきなのか。東大教授や教育改革実践家らが激論

COLUMN 2019年01月08日

【駒場のアツいゼミ特集③】ハイデガー哲学 思想家の大著から人間関係を考える

TOPに戻る