インタビュー

2018年1月13日

東大生×ニトリ社長 「お、ねだん以上。」を提供し続けるニトリの理念に迫る

 近年、日本の名だたる大企業が業績不振に陥っている中、2017年付で創業以来30年連続増収増益という未踏の記録を生み出した日本の企業が存在する。「お、ねだん以上。」でおなじみのニトリホールディングスだ。

 

 

 躍進を続けるニトリの秘密に迫るため、森章彩子(経・4年)と多田舞樹(養・4年)、谷口周作(理・4年)が代表取締役会長の似鳥昭雄さん(以下敬称略)と、常務取締役の玉上宗人さん(以下敬称略)の取材に行ってきた。

(取材・森章彩子、多田舞樹 撮影・谷口周作)

この記事は池下れいさん(フリーライター)による寄稿です。

 

ニトリ会長のまさかの生い立ち

 

――2017年、創業以来30年連続増収増益という驚異的な記録を打ち立てたニトリですが、創業者である似鳥会長は、やはり昔からずっと成功続きだったのでしょうか

似鳥 全然そんなことはないですよ(笑)。学業に関しては全くダメでしたね。

 

――!?!? では、大学卒業後はいかがだったのでしょうか

似鳥 卒業後は交通会社の営業として就職しましたが、一件も契約が取れず6ヵ月でクビ。次に雑用の仕事を始めたんだけど、これもまた6ヵ月でクビ。その次に着いた土方の仕事もすぐクビになって、ほんとにダメダメの人生だったんですよね。それで、なんとか食べていければいいという気持ちで、商売をしようと思ったんです。しょうがなくね。で、23歳のときにお金を借りて30坪の家具屋を自分で始めました。

 

――なぜ家具屋を始めようと思ったのですか

似鳥    住んでいた周辺にはいろんな店があったけど、家具屋だけはなかったんです。開業当時は将来性や可能性など一切考えていなかったですね。

 

――そんな似鳥会長が成功の道を進むことになった転機はいつだったのでしょうか

似鳥 1号店は初めうまくいかなかったんだけど、接客がうまく販売上手な妻が協力してくれたおかげで、業績はみるみる上がりました。ですが、2店舗目を出したときに、近くに大型の家具店が出店してしまって、売り上げは右肩下がりになってしまいました。

 頭がおかしくなりそうなほど、どうにもならなかった27歳の時、転機が訪れましたね。コンサルタントの人に勧められたアメリカの家具店を視察するセミナーに参加したんです。わらにもすがる思いで。そこで日本とアメリカの生活水準の差に心底驚かされました。そのときに世界がガラッと変わったと思いますね。

 アメリカの家具の価格は日本の3分の1でかつ高機能。さらに、店ではお客さんは家具だけでなくカーテンやホームファッション製品との組み合わせまでトータルにコーディネートして買い物ができる。これは衝撃でした。

 そのときに自分の中でロマンとビジョンが生まれましたね。『ニトリ成功の5原則』(朝日新聞出版)にも書いてあるけど、成功に必要なのはロマンとビジョン、次に意欲、執念、好奇心です。それまでの僕にはロマンもビジョンもなかったんだよね。ロマンとは志。ビジョンとは中長期計画です。若い時の私は、自分の給料が少しでも高ければ良くて、誰かのために仕事をするっていう発想、志がなかった。長期的な目で仕事を見るという中長期計画もなかった。だからダメだったんです。

 

――その後ニトリはどうなったのでしょうか

似鳥 当時アメリカに50~60年遅れていた日本の生活レベルをアメリカに追い付かせたい、「日本を豊かな国に」というロマンの下で「30年計画」を立てました。33歳の時です。最初の10年は店数11店舗建てよう。次の10年は大卒を雇って教育をしてアメリカへ連れていき自分と同じような志を持ってもらえるようにする。そして最後の10年でしごきにしごいた社員がアメリカに負けないような、日本にまだない商品を作ってくれるようにするという計画を立てました。一番重要なのはしっかりとロマンとビジョンを持った人を育てることだと。そのようにして事業を進めました。

 ビジネスでは利益を求めがちですが、売り上げとか利益というのはね、二の次三の次なんです。自分の会社が社会貢献できているかという事が大切です。社会貢献のバロメーターとは店数、それとお客様の数が前年比より一人でも多く増えたかという事です。その二つのバロメーターをしっかり見て、ちゃんとやっていけば、結果的に売り上げは上がっちゃうんです。儲かろうとはせずとも儲かっちゃうんです。ニトリは今時価総額1兆7千億円で、社員では億万長者がたくさんいます。うちの社員の持ち株だけで600億くらい持っているかな。50代の人でも億以上もっている人はいます。株が78倍ぐらいになりましたからね。気付けばそういう状態になってきました。

 

――世界的な2008年のリーマンショックの際に似鳥会長は先を読み、ニトリは大きな危機を回避できたそうですが、経営者として大切なものはなんでしょうか

似鳥 事業環境の変化を見通し、正しい計画を立てられるかどうかが会社の運命を決めます。多くの企業が赤字に陥っている中、ニトリは2009年も増収増益を続けていました。

 「バブルで価格が跳ね上がる時は、元の値段の3倍が限度」と私は考えています。アメリカでは土地も建物も2007年度から3倍になってきたので、2008年には間違いなくバブルが破裂するなと読みました。そこで2008年の1月にドル、ポンドという外債を全部売り準備をしました。ですが世間はいつまでたってもバブルの話をしないから、5月に最初の「値下げ宣言」というのをテレビやチラシで打ち出しスタートしました。そして5月、6月、7月、ついに8月にバブルははじけました。それ見たことかと力が入り、9月、10月、11月とテレビでどんどん値下げ宣言をやりました。それが非常に当たりました。経営者は先を読んで判断決断するという力が大切です。

 

 

変化を求め続けるニトリのDNAとは

 

以下、常務取締役の玉上さんに話を伺った。

 

――転職後、ニトリのDNAを感じられたような似鳥会長とのエピソードを聞かせてください

玉上 私は銀行から中途としてニトリに入りました。その時、会長に初めに言われたのが「前任者と同じことをするな」ということでした。当時私は採用担当の仕事を任されていたので「採用で前任と違うこと?」と面食らいましたが……(笑)。しかし、自分自身や会社に少しでも変化を生み出すという精神は会社に根付いています。なぜなら、常に変化し続けていかないとお客さんに飽きられちゃうから。極端な話をすれば、何か変化を生み出すためのチャレンジをせずにお客さんの数が増えても、会長は怒る。新しいことをどんどん取り入れて、試行錯誤を繰り返してきたからこの会社は30年間増収増益でやってこられたのかもしれないですね。

 

――変化を生むって言葉で言うのは簡単ですが、具体的にどうすればいいのでしょうか

玉上 何かを変化させる、自分のオリジナルのものを作り出すときには、結局は自分の経験してきたことの中からそれらを組み合わせるしかないと思うんです。その点でいうと、今の世の中って情報であふれていて、何でも検索一つで知りたいことが出てきちゃいますよね。ネットを通しての仮想体験が増える中、実際に肌身でものごとを経験する機会が減っているんじゃないかなと。

 僕が学生の頃はネットなんてなかったから、「長野県においしいお蕎麦屋さんがある!」なんて聞いたら実際に自分の足で飛んで行ってました。学生のうちにしかできないことって本当にたくさんあると思うんです。クラブ活動も恋愛もそうだし、1カ月旅行に行くなんて社会に出たらまず無理。そういったプライベートの経験も必ず仕事で生きてくる。学生には今しかできないことを存分にやり切ってほしいですね。

 

――なぜ玉上さんはニトリに転職することを選んだのですか

玉上 会長がいつも言うのは「会社のために」とか「社長のために」働いたらダメだぞと。「自分が成長するために会社の環境を利用しろ」と言います。「だってお前ら、就社したわけじゃないんだろ?! 就職するんだろ!?」と言うんです。職を得るということは、自分にスキルをつけるということですから。それで、「ニトリに利用価値がないと思ったら辞めろ」と言うんです。そういうことを言ってくれる経営者ってあんまりいなくて。僕はそういうところに引かれて銀行からニトリに転職をして、もう10年たちますね。

 

 

求められる「ニトリな」人材

 

――企業に入る時に、学歴は必要だと考えがちですがいかがでしょうか

似鳥 そんなことはないです。もちろんいい大学にいい人はいると思います。その学校に入るために努力ができたんですから。仕事をやってもその努力ができるだろうということで、それを買ってるんです。ただ、記憶することは一流だけど、創造して作り出すということはゼロだと使い物になりません。たとえ東大生でもです。

 学校入るには記憶力ですが、我々の場合は、記憶ではなく、現状のやり方を変えること。人と同じことをやったら絶対人を追い越せないわけです。オリジナルではないとダメなんです。人のやらない「やり方」とか、人の「不平とか不満とか不便」を見つけて、「こうやったらお客様は喜ぶんじゃないか」と、そういうことを見つけるんです。学歴ではなくそういった思考力がニトリには必要です。

 常に変化を求め続けること。情報が手軽に手に入ってしまう時代だからこそ、なんでも自分の足で行動して体験してみること。多くの失敗をして、次の手を創造できる力を身につけ社会に貢献できる人となること。

 似鳥さん、玉上さんからニトリのDNAを感じ取ることができた。

 この日の取材を終え、後日、ニトリホールディングスが定期的に開催するニトリコミュニケーションクラブ(従業員のコミュニケーションを主とした会)を取材した。600人を超える全国の店長などが集結していて、その壮観はニトリの強さの理由の一つである社員の団結を表していると感じた。似鳥会長が27歳の時に願った「日本の暮らしを豊かに」というその熱いロマンの下には、40年以上たった今、こんなに多くの仲間が集まった。

 そしてニトリのロマンは私たちの生活に浸透し、私たちの心までも豊かにしているのではないだろうか。まさに「お、ねだん以上。」の価値を顧客にも組織にも与えている。ニトリのロマンに触れて、また新たにロマンを芽生えた人が現れるとき、日本はまた新たな豊かさを手に入れるのかもしれない。


似鳥昭雄さん(ニトリホールディングス代表取締役会長)

 67年、現在のニトリホールディングスの原型となる似鳥家具店を札幌で創業。2017年現在、ニトリホールディングスは年間売上高5000億円を突破し、470店舗を展開している。

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