COLUMN 2020年5月1日

「東大は大澤氏にツイート一つ削除させられない」 差別研究者が見る東大の対応とヘイトスピーチ

 昨年11月末から問題となった、大澤昇平氏(元情報学環特任准教授)による中国人差別をはじめとするツイッター上での数々の差別発言。これらの発言は具体的にどのような点で問題があり、社会にどのような影響をもたらすのだろうか。そして、大澤氏に懲戒解雇処分を下すまでの東大の対応にはどのような問題があったのだろうか。反レイシズム情報センター(ARIC)代表の梁英聖さんと、ヘイトスピーチについて研究する情報学環の明戸隆浩特任助教(当時)に日本における差別対応やヘイトスピーチの現状などについて取材した。

(取材・楊海沙)

 

差別禁止ルールが必要

 

 「大澤氏のツイートを見た時は本当にありえないと思いました。東大教員の肩書きで差別をするということは社会的影響力がはるかに大きいためです」と一橋大大学院でレイシズムについて研究する梁英聖さんは言う。11月20日の大澤氏による「弊社Daisyでは中国人は採用しません」というツイートを受け、2日後の22日よりnoteにおいて計14回に渡り大澤氏への非難や東大の対応への批判をつづった。

 

 ARICのメンバーが話を聞いた東大の中国人留学生は大澤氏の差別発言に対し悲しみと憤りを見せていたという。ただ、差別発生時は被害者だけでなく加害側のことも考えなくてはならない。大澤氏が差別発言をしたことは、東大という権威を使って差別を煽動したことに等しい。「東大教員が言っていたから」と他の人々が中国人を差別し、大学内でも同調する学生が出るという影響が起こりうる。「大学教員が差別をした際、大学教員がそんなことをするはずがないと人々が考え、逆に差別を受ける側がおかしいと思われてしまうという問題があります」。梁さん自身、一橋大の米国人男性准教授のヘイトスピーチによる被害を一橋大のハラスメント委員会に訴えたが、結局大学から処分は下されず、准教授のヘイトスピーチが激化した経験がある。「今回の大澤氏の件でも東大が厳しい対応を取らなければ、社会において差別をよりひどく助長してしまう恐れがありました」。差別煽動を抑止しなければいけないという思いでnoteの記事を書いた。

 

 日本では差別をなくすには、マイノリティへの理解を進めるなどして心を変えなくてはならないと考える風潮があるというが「差別は心の問題ではなく、行動の問題です。差別の社会的影響を考えなければいけません」。差別は、差別を激化させるアクセルとそれを止めようとするブレーキの対抗関係の中にある。「ヘイトスピーチという差別の種がまかれた場合、放っておくと種が増えていきます。そのため、公人が差別をした場合、ただ謝らせたり辞めさせたりするだけでは全く足りません。肝心なことは、公人が社会にまいた差別の種を刈り取ることです。公人が差別の責任を取るということは、自分のせいで社会的に煽動された無数の差別のマイナス効果を抑えることなのです。本人だけでなく大学などの所属機関の責任も同じです」

 

 差別の社会的影響を抑制する観点で、今回の情報学環(以下、学環)の対応は不十分だという。大澤氏は12月1日に「弊社Daisyでは中国人は採用しません」というツイートを謝罪の上削除している。「実は私がツイートを削除させました」と梁さんは言う。大澤氏本人から11月28日夜にツイッターのダイレクトメッセージで連絡があった。その際に、東大は当時の段階では大澤氏を処分する意向が全くないこと、大澤氏自身中国人留学生にストレスを与えたのは心外であり、大澤氏から上司に「もし傷ついた学生がいたら直接話をして事情を説明したい」と進言していることを伝えられたという。「そして大澤氏は解雇を回避するために、noteで批判する私に『和解』しようと言ってきたんです」。11月30日には大澤氏と直接会った。「反差別研究を共同で行わないか提案された上に、彼が経営する株式会社Daisyの社外取締役にならないかとも言われました」。大澤氏が全く反省できていないことが分かったため、梁さんは提案を断ったという。

 

 「まだ学環から当該ツイートが差別にあたるから削除するようにとさえ言われていないと聞いて驚きました」。大澤氏は学環からは名誉毀損にあたるツイートは削除するようにという通達は2度受けていたが、どのツイートを削除するかは指示されていなかったという。「つまり東大は大澤氏に当該ツイートを明確な差別だと伝えることも、差別を止めるよう強く求めることもしていなかったのです。名誉毀損の問題でしか大澤氏に向き合えていない。大澤氏本人が自分でツイートを選んで自分で削除してください、ということです。東大が大澤氏にツイート一つ削除させられないということに大きな衝撃を受けました」。梁さんは大澤氏に人種差別撤廃条約に反する恐れのある数十のツイートをリストアップして提示し、すぐ削除して差別を認める謝罪をするように伝えたという。大澤氏は梁さんと会った翌日にそのほとんどのツイートを削除したものの、差別であるとは認めなかった。「大学がいかに差別に対して無力なのかが浮き彫りになりました。僕があの時大澤氏に削除するように言わなかったら、いまだにあのツイートは残っていたかもしれません。新型コロナウイルス感染拡大の中で中国人差別の煽動に使われた恐れもあります。」

 

 学環が11月24日に最初に出した見解では、大澤氏のツイートを「不適切な書き込み」として差別であると断言せず、差別を直接的に非難していない点で問題があるという。見解の最後には「学環・学府構成員から、こうした書き込みがなされたことをたいへん遺憾に思い、またそれにより不快に感じられた皆様に深くお詫び申し上げます。」と記されているが、梁さんはこれを典型的な日本型謝罪であると指摘する。重大な人権侵害や差別が起きた時、真相究明、ルール違反であるかの判断、謝罪、再発防止の四つのステップが必要である。反差別や反人権侵害といった社会正義の圧力がかかる欧米ではそれらが伴うことが多いが、日本では特に重要な真相究明とルール違反であるかの判断が十分に行われていないという。「日本ではとりあえず頭を下げればその場をしのげると思われていますが、謝罪はあくまでも付随物にすぎません」。なぜ欧米と日本でこのような違いが生まれるのだろうか。「日本は人権侵害や差別を許さないという社会正義を規範として打ち立てる歴史をつくれなかったのです。日本と違い欧米などでは市民革命や公民権運動など、民衆の力で社会を変えた歴史があるのも一つの理由でしょう」。欧米では1960年代からアメリカでは公民権法、イギリスでは人種関係法というように人種差別を禁止する法律が作られているが、日本ではまだ作られていない。「日本型謝罪と欧米型謝罪の違いは正義としてのルールを重視するかどうかです。差別禁止ルールを整備し、ルールに沿った第三者介入をすることが重要です」

 

表は梁さんが作成

 

 1月15日付の本部による懲戒解雇処分発表において、短時間勤務有期雇用教職員就業規則第85条第1項第5号に定める「大学法人の名誉又は信用を著しく傷つけた場合」に該当することが懲戒解雇理由になっていることも問題だという。「何が差別であるかを判断する具体的な物差しとして機能する学内ルールがないため、東大の名誉を傷つけたからという広い枠組みしか適用できないのだと思います」。人種差別撤廃条約の差別の定義を踏まえ、特定の属性のグループに対する不平等は差別だという観点から差別に関するルールを作ることが重要だという。

 

 大澤氏の中国人差別ツイートから懲戒解雇処分に至るまでは約2カ月がかかっている。「日本の労働法上、懲戒理由に定められていないもので懲戒処分をするのは困難でしょう。差別などの人権侵害の場合も条項に盛り込み、速やかに解雇できるようにするべきです」。大澤氏が短期雇用だったからこそ学環は強硬な措置を取れた可能性もあるとし、長期雇用の教員が同様のことをした場合も適切な対応を取れるかは疑問に感じている。「懲戒以前の問題として大学が普遍的な差別禁止ルールを持つことが大事でしょう。それさえないと対応が雇用形態によりアンバランスになる恐れがあります」

 

 学環では再発防止策として、差別は許さないという大学としての立場を明記した倫理規定の整備を進めている。これに対しては「実効性があることが重要です」と語る。現状の東大憲章には差別の定義や差別が起きた時の手続きが欠けている。「今回の大澤氏に対する対応も、何が差別であるか曖昧なまま進んできた経緯があります。東大教員の三浦瑠麗氏が『スリーパーセル』という言葉を用いて在日コリアンへの差別を煽動した時も、東大が差別に対処しなかっただけでなく、東大教員も差別に反対しませんでした。それを考えると、正直倫理規定が実効的なものになるか大いに不安です。しかしせっかくなので、ぜひ外部の反差別の専門家と協力して国際人権基準にあったものを整備した方がいいと思います」。倫理規定には差別の定義や禁止規定を入れることが重要である。罰則も含まれれば望ましいというが、「罰則がなければ何もできないという認識も大きな間違いです。罰則がないとできないのは罰則に則った処分。ルールがなくても東大は大澤氏の差別に強く反対することはできたのです」。公人が差別に反対することで加害者を止めることも必要だ。「今回の件でも東大の教員が、個人の言論の自由を行使して、もっと反差別の声を上げるべきだったと思います。問題は終わっておらず、新型コロナウイルス感染拡大で差別がまん延している今こそ、教員も大学もより強く差別に反対する必要があります」

 

梁英聖(りゃん・よんそん)さん
2006年東京都立大学法学部政治学科卒業。現在は一橋大学言語社会研究科でレイシズムを研究。反レイシズム情報センター(ARIC)代表。著書に『日本型ヘイトスピーチとは何か』(影書房)、共著に『憎悪とフェイク』(大月書店)など。

 

ヘイトスピーチに罰則を

 

 ヘイトスピーチに関する研究が専門の明戸隆浩特任助教(当時)によれば、ヘイトスピーチの定義は「人種、民族、国籍、ジェンダーなど自分では変えられない、あるいは変えることが難しい要素や属性を理由とした名誉毀損や脅迫、煽動」である。ヘイトスピーチは言論の自由の内だとする声もある。これに対し明戸助教は「限られたケースではありますが、個人に対する名誉毀損や脅迫はそもそも法律で禁じられています。もともと特定の言論は罰則の対象になっています」と反論する。ヘイトスピーチは個人ではなく集団に対するものだが、例えば大澤氏の「中国人は採用しません」という発言に影響を受けた企業が実際に個人の中国人を採用しないことがあり得るように、最終的には個人に被害が及ぶ。「個人に対する名誉毀損や脅迫と同じ結果を招くため、ヘイトスピーチは言論の自由の例外ということになります」

 

 ヘイトスピーチは第一に、攻撃された側を傷つける。「自分がどうしようもない要素や属性について攻撃されるのは、単純に馬鹿などと言われる時に比べて、どうしても回避できないことであり理不尽さが強いため相手への被害は大きいです」。また、大澤氏のツイッター上の発言のように、ヘイトスピーチはSNSやメディアなど多くの人々が見ている場でも起こる。その場合、直接言われていなくとも該当の要素や属性を持つ人が自分も言われている気分になり、さらに被害者が増える。そして他の人々が加害者に加担することで差別が広がるという問題もある。

 

 差別意識自体は人間の有史以来あるが「差別意識があっても口に出してはいけないことだと思うのと、むしろどんどんタブーを壊してやろうとこれ見よがしに差別発言をするのとでは大きな違いがあります」。2007年に「在日特権を許さない市民の会(在特会)」が設立され、デモなどを通じた露骨な差別発言が目立ちはじめた。「09年が最悪で、ヘイトスピーチという言葉がまだなく何だか良くわからないけれども、在特会を中心に支持者も含めてやりたい放題に差別発言を行っていました」。その中でヘイトスピーチを批判するカウンターが現れ、13年から日本においても「ヘイトスピーチ」という言葉が新聞で使われるようになった。「ヘイトスピーチという言葉の出現により初めて世の中のヘイトスピーチ問題が可視化されました」

 

 16年にヘイトスピーチ解消法が制定されたが、罰則はなくヘイトスピーチは良くないということを示す抽象的なものにとどまった。解消法施行直後は差別発言に対する警察の取り締まりを恐れる気持ちがヘイトスピーチの参加者にもあり、安易な気持ちで参加する人は減った。かつては500人集まることもあったが現在は多くても200人規模であり、回数も減ったという。「ですが、時間が経つと一部のコアな排外主義者は特に警察が動くわけではないと気付いて開き直り、彼らの差別表現のひどさは法律ができる前に戻っています」。一方で、川崎市ではヘイトスピーチを3回繰り返した場合には罰則がつくという条例が2020年夏に施行される。「全国的にそういった取り組みが広がっていくといいと思います。最終的には国が罰則を設けるのが理想的です」

 

 インターネットやSNSの普及はヘイトスピーチにどのような影響を与えたのだろうか。「ネットが普及する中で、匿名でテレビで言ってはいけないようなことを露骨に言う文化ができたのだと思います」。最初は一部の人のみが見るような2ちゃんねるなどの匿名掲示板に差別発言が書き込まれていたが、Twitterの出現により差別意識が一気に広がったという。「一部の人が見えないところでこそこそ言うのではなく、ネットに差別的な言葉が溢れるという状況になった点で決定的でした」

 

 また、ネット上ではデモや集会と比較してはるか楽に差別発言ができる。「実際にデモや集会などで表に出てヘイトスピーチをする人は、あくまでもごく一部です。実際、道端で彼らと会った人々が彼らに共感して支持することはあまりないと思います」。一方で、ニコニコ動画やYouTubeに流れたデモや集会の中継や録画を見て面白がりながらコメントを付ける人は多いという。「街中のデモや集会がネットで拡散され多くの人々が匿名でそれらに『参加』することがヘイトスピーチ問題の裾野を広げています」。ヘイトスピーチ解消法はデモや集会を念頭に置いたものだが「ネット上の度を越した攻撃的な表現を抑え込む働きかけもするべきです」。現在はTwitterやGoogleなどの企業がヘイトスピーチの抑え込みを行っているが、企業によって対応は違うため、国で統一したネット上の表現に関する法律が必要だという。

 

 そもそもなぜヨーロッパと異なり日本でヘイトスピーチの規制が進まないのだろうか。「日本は戦後の憲法制定にアメリカが関わっていることから憲法学においてアメリカの影響が大きく、アメリカ的な表現の自由があります」。表現の自由に対するヨーロッパとアメリカの法体系は対極にある。ヨーロッパではヘイトスピーチの取り締まりを行うのに対し、アメリカでは表現の自由を重視しヘイトスピーチ規制を設けていない。1960年代の公民権運動では、黒人運動を抑え込みたい人々による妨害が起こっていた。そのため、アメリカでは表現の自由を守ることがマイノリティの支援につながっていた。だが皮肉なことに、これがその後ネオナチやKKKなどの右派の言論の自由を保護する形になってしまったという。これに対しヨーロッパでは特にドイツのホロコーストの反省からナチスを支持する発言が戦後すぐ禁止され、ヘイトスピーチ規制が始まった。両地域ともマイノリティの保護という目的から始まったものが結果として両極に分かれたのだ。

 

 明戸助教は自身の研究ブログで大澤氏の差別発言を批判している。大澤氏の「中国人は採用しません」という発言は、東京医科大の不正入試における女性差別などと同様、選抜の際にその人自身が変えられない属性を理由に排除したり評価を下げたりする典型的な差別だという。日本には中国人を採用しない企業が他にもたくさんあるのではないかと被害者側の中国人の不安をかき立てる恐れがある。「そして、大澤氏が東大の特任准教授である上に中立的で客観的なイメージがある科学者という立場でこのようなことを言うと、そんなことを言っていいんだと思ってしまう人が出てきてしまうことが問題です」

 

 大澤氏はAIの研究者であり、自身の発言についてもデータに基づいた差別であれば問題ないと示唆していたが、明戸助教はこれを「統計的差別」であると指摘している。統計的差別とは、偏見ではなく正しい事実認識に基づいて起きてしまう差別だ。例えば、女性は会社に入っても短期間でやめる可能性が男性よりも高いというデータがある。これに基づき、男性を女性よりも優先的に採用することは、統計的差別になる。「そもそも差別とは属性に基づいて相手に不利益を与えることですが、それが事実に基づいているかどうかは差別の定義に含まれていません。世間では差別は漠然と偏見や思い込みに基づいていると想定されています」。ヘイトスピーチの多くは事実認識がずれているものが多い。「もちろん認識のずれを指摘することは重要ですが、何より重要なのは、たとえ事実認識が客観的データに基づいていて正しかったとしても属性に基づいて不利益を与えていれば立派な差別であることです」。東京医科大の不正入試のように、もっともらしいデータに基づいているから差別ではないという論理で、大学や企業が組織的に入学試験や入社試験において見えないところで統計的差別をしているケースがまだ多いという。「昔と比べて差別問題は改善していると言われていますが、見えないところでは当たり前のように差別は続いていることが確認できるニュースが最近多いと感じます」

 

 東大の対応に対しては「大澤氏の発言が短期間でどんどんひどくなるといったTwitterの展開の速さに対し、大学の意思決定が後手に回る状況が目立ったと思います」。大澤氏の解雇理由が大学の名誉を傷つけたことであったことに関しては「大学の名誉を傷つけるという文言は多くの場合に使えるので、どのような発言をしてはいけないのかや差別発生時の対応といった限定的かつ具体的なルールが大学に限らずどのような組織においても必要です。今回のようなことが起こってから慌てて動くのではうまくいきません」と、梁さんと同様ルールの重要性を訴えた。

 

明戸隆浩(あけど・たかひろ)特任助教(当時)
 2010年人文社会系研究科博士課程単位取得退学。法政大学特任研究員。19年度まで情報学環特任助教を務める。著書に『奇妙なナショナリズムの時代』(共著、岩波書店)、『社会の芸術/芸術という社会』(共著、フィルムアート社)、『排外主義の国際比較』(共著、ミネルヴァ書房)など。

 

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