COLUMN 2020年6月8日

大澤氏解雇を受け考える 東大の差別・ハラスメント対応の現状とは

 昨年11月末に「中国人は採用しません」とツイッターで発言した大澤昇平氏(元情報学環特任准教授)は懲戒解雇処分となった。一方で、指導する学生にセクハラを行った50代男性の大学院教授に対して、1月29日付で停職4カ月の懲戒処分が下された。これに対し、大学院教授の処分が軽すぎるという声もある。そこで、東大のハラスメント防止体制や、大学としてのセクハラや差別への対応のあり方に迫る。学生支援担当の松木則夫理事(当時)と、フェミニズムやクィア理論が専門であり現代日本におけるセクハラの分析をしている総合文化研究科の清水晶子教授に取材した。

(取材・楊海沙)

 

ハラスメント事案の特殊性

 

 東大には、ハラスメント相談所とハラスメント防止委員会が設置されている。ハラスメント相談所ではセクハラやアカハラ、パワハラなどのハラスメントの相談を受け付けている。相談件数は年々増えているという。「ハラスメント事案が増えているというよりは、MeToo運動の高まりなどの影響で相談する人が増えているということだと思います。相談が寄せられやすくなったのは良いことです」と、ハラスメント防止委員会委員長や男女共同参画室長を務めている松木理事は言う。

 

 相談所は部局における研修も開催し、ハラスメントの模擬事例を挙げて教職員への啓発を行っている。年度初めには多くの学部・学科から研修の要請が来ているという。ただ、今までそれぞれの教職員の研修への参加は任意だった。「研修に毎回積極的に参加するような教職員はハラスメントに対する意識が高い一方で、研修の案内を出しても来ない教職員がいるように、届いてほしい人に届いていないのが問題だと思います」。今年から出席者の名前を記録するなど、なかなか講習会に参加しない教職員に対しては何らかの働きかけを行い全員が参加するようにすることを考えている。

 

 ハラスメント防止委員会はハラスメント案件が発生した後の事実確認を行う。相談内容が相談所で問題があると判断されると、相談員が相談者に防止委員会に申し立てるようにサポートし、その後防止委員会が対応する。申立人と訴えられた側が直接対峙すると、訴えられた側が力関係で優位にある場合、事案を握りつぶそうとしたり金銭的に解決しようとしたりする可能性がある。そのため、防止委員会は申立人と相手それぞれに対して別々に事情聴取を行う。事情聴取は慎重に行い、双方からの聴取内容はもう一方には伝えず、部局には調査の際も守秘義務を守るように伝えている。二次被害が起こらないように申立人を守るのも防止委員会の重要な役割である。

 

 ハラスメントへの対応には、ハラスメントの特性ならではの難しさがつきまとう。寄せられる相談内容が身体的接触ではなく言葉によるものなどの場合は、ハラスメントの判断が難しく、防止委員会は慎重にならざるを得ない。「相手が強く不快に感じる言動は基本的にはハラスメントです。しかし、ハラスメントは、相手との対人関係や信頼関係、その場の状況や過去のいきさつ、一度きりのことなのか長期的な繰り返しなのかなど、さまざまな観点から考慮する必要があり、まさにケースバイケースとなってしまいます」。同じことを言われたとしても人によって受け止め方が違い、恋愛感情が絡めばますます複雑化する。ジェンダー教育を受けたことがない中高一貫の男子校出身者がそのノリで接し、多くの女子学生が不快に感じているということもよく聞くという。

 

 「申立人は勇気をもって訴えてくれたと思うのですが、ハラスメントとは認定できなかった時は申立人には申し訳なく感じています。強調しておきたいことは、ハラスメント防止委員会は時間をかけ、あらゆる事柄を慎重に公平に判断しているということです。学生が教員を訴えた場合、大学は教員と一体なので学生に不利な結論になると思っている学生がいるようですが、決してそんなことはありません。ハラスメント防止委員会の役割の一つに救済があります。また、そのような事案が二度と起こらないように関係者への働きかけもします。相手への思いやり、相手への配慮が、特に立場の強い人にあれば、多くの係争事案は起こらなかったと思います」。ハラスメントを訴えたにも関わらずハラスメントと認定されなかった場合に申立人へのフォローも考えていきたいという。

 

 ハラスメント防止委員会でハラスメントと認定されたものは懲戒処分の要否が別途判断されることになる。懲戒処分に至った際には該当者が所属する部局に注意喚起を行っている。ハラスメントの申立人が個人の特定されることを防ぐために公開を望まないケースもあるという。

 

 教職員就業規則第32条にはハラスメント防止の義務が明記されており、第38条には就業規則に違反した場合は懲戒の事由になるとされている。セクハラを行った大学院教授の4カ月の停職処分が軽すぎるという批判もあるが「表面的なマスコミ報道だけで判断しないでいただきたい。報道されていないことも含め、全ての事柄を慎重に判断した結果であることは間違いないと思います」と松木理事は言う。

 

 ハラスメントを行った者の懲戒処分の発表においては、就業規則第38条第5号「大学法人の名誉又は信用を著しく傷つけた場合」及び同条第8号「その他この規則及び大学法人の諸規則によって遵守すべき事項に違反し、又は前各号に準ずる不都合な行為があった場合」に該当することが懲戒処分の理由として記されている。これに対し、ハラスメントを直接的に非難するメッセージになっていないという見方もある。「東大憲章に反し大学の名誉や信用を傷つけたというだけでは分かりにくい面もあるので、行動規範を作ろうという動きはあります」と松木理事は語る。東大憲章には性的マイノリティーに関する明確な記述はないためそれを含めるとともに、東大憲章をより具体的にした行動規範の作成を目指している。

 

 「今回の大学院教授によるセクハラ事件が起こったのは講習会などの啓発活動が不十分だったということですね。教職員はハラスメントをしてはいけないことは理解していますが、他人事と感じているのかもしれません。教職員にやってはいけないことを伝えるだけでなく、何をすべきかを考える意識の醸成が重要です」。セクハラ防止の場合、女性の尊厳に関する意識改革が必要だ。教職員だけでなく、学生の意識向上も重要だと考えている。「例えば、東大女子を入れないサークルの問題の背景として、他大女子を下に見ていることもあると思います」。根底には、東大に入った者は勝者であるという能力主義的な風潮があるようであり、そのような意識を変える必要があるという。「学生たちが自発的に東大女子排除サークルをなくそうと立ち上がってくれたことをうれしく思います」。ジェンダー教育を必修化したいが、駒場の授業カリキュラムに余裕がなく現状では入れるのは難しいという。今後はジェンダー規範について分かりやすく描いたビデオを作成するなどしてオンラインで学べるようにし、現行の情報セキュリティ教育と類似した形でオンラインテストに合格しないと進学選択の対象にしないといった形式を検討している。

 

 「ハラスメント防止に限らず、多様性の尊重を推進していきたいです」。障がい者やLGBTが安心して暮らせるような、誰も取り残されることのない大学にしたいと考えている。また、大学の女性教員の割合が低いことも問題であるが、男性教員が問題意識を持っていないことが多いという。教員の採用においても結果的に男社会のつながりだけで選んでしまうことがないように、公平な選考を行うように呼びかけている。「一部だけを変えるのではなく、全体として変えていかなければいけません。シンポジウムの登壇者や委員会のメンバーが全員男性というような事態は、グローバルにみれば異常です。女性が少ないことに関して疑問を感じる人々が増えて意識が変わればハラスメントの状況も良くなると思います」

 

松木則夫(まつき・のりお)大学執行役・副学長 
79年東京大学大学院薬学系研究科博士課程修了。薬学博士。薬学系研究科教授、理事などを経て、20年より現職。未来ビジョン研究センター特任教授も兼務。

 

徹底した現状調査を

 

 「東大が表に出した情報だけから直感的に判断すれば、セクハラを行った大学院教授への4カ月の停職処分はあまりにも軽すぎると思います」と、清水晶子教授は言う。「ただ、大学として全ての情報を表に出すわけにはいかないため、本当に処分が軽かったかは私には判断できません」。セクハラは被害者の個人情報保護の観点から、組織としての処分の正当性を判断する根拠が外部には公開されない。被害者にとっては自身の情報は保護されなくてはならないと同時に、加害者に対する不満を表に出しにくいという問題があるという。

 

 大澤氏をめぐる情報学環の対応については「彼の発言のどの部分がどの理由で問題だったのかはっきりと示すべきだったと思います。これを踏まえて東大として再発防止策を明らかに示すのが理想的です」。以前も公的な場所で教員による差別発言が東大からは放置されたケースがあるという。「それらがなぜ放置されたのかはよく分かりません。差別発言が出る度に個別に対応して終わるだけだと、処分された人はアンラッキーだったけど、処分されなかった人はラッキーということになりかねない。たとえさかのぼった処分はできないとしても、民族を理由にして差別や偏見を助長する発言は許されない、といった大学としての原則をその都度確認することで、今の東大だったら過去のあれは許されないということも明らかになると思います」。そのように対応しないと、特定短時間勤務有期雇用教職員であった大澤氏のように懲戒解雇処分を下しやすい人は解雇する一方で、専任の教授や学部長レベルの教員が差別発言を行った場合にうやむやになりかねない。「むしろ上層部であるほど差別発言は大きな問題になるべきで、全学としての明確な判断基準をこれを機に作っておくべきだと思いますね」

 

 ただ、基準を作るのは難しく、欧米でも人種差別や性差別を含むヘイトスピーチをする研究者が「これはヘイトスピーチではなく学問的な思想の表明だ」と主張することが多い。伝統的にマイノリティーの権利を擁護する側が行使する「思想の自由」が逆にヘイトスピーチを行う側に行使されるという現象は、日本でも起きてきているという。「これは難しい問題ですが、個人の思想や信条の自由は大学として最大限許容されなくてはなりません。それと同時に、大学という場における思想や信条の違いの表明が誰にどこまで認められるべきかについては、組織としての判断が求められていると思います」。例えば、ある大学教員が特定の宗教を信仰する人々の考えは間違っているから地獄に落ちるべきだと信じていたとして、それを教員として公言することが許容されるべきかどうかには、議論の余地があるだろう。「特定の集団の基本的な安全や尊厳を損ない、そこに属する学生が教育を受けたり研究をしたりすることを困難にする発言が教員から出るのはまずい、と私は思います。思想・信条の自由が何をどこまでカバーをするのか、発言が不適切であると誰が判断するのか、大学として明確にしていく必要があります」

 

 大澤氏はツイッター上で東大女子や環境活動家のグレタ・トゥーンベリさんなどに対する数々の女性差別発言もしていたが、東大による懲戒解雇処分発表時の「認定する事実」には含まれていない。これに対し、清水教授は「大澤氏の女性差別発言を東大としてだめだと言うと、それならこちらも問題だろう、という問題発言認定が続出してキリがない、という事かなと思いました」。もちろん女性差別発言は問題ではあるが、組織としては今回は女性差別には言及しないという方向で判断したのではないかと考えている。

 

 また、差別発言やハラスメントを行った者に対する懲戒理由として、大学に対する名誉毀損が主に挙げられているが、これがハラスメントに対する直接的な非難になっていないという批判の声もある。ただ、ハラスメントの関係性自体が多様なため全部を含むような言い方を就業規則でできるのか、技術的な問題もあるのかもしれない。「大学としてハラスメントや人権侵害を認めないと書かれている東大憲章に反する行為は東大の信用と名誉を損なう、と広く捉えることが逆に持つ効用もあると思います。大学としての責任をはっきりと表明することにもなるので」

 

 東大内の女性差別やハラスメントへの対応については「東大内では問題だと考える人も増えてきているものの、体制が十分に整っていない、重要性がまだ十分に認識されていないという意味では、女性差別やハラスメントが軽視され続けていると思います」。東大では学生も教職員も女性比率が低いという問題があるが「大学としても何とかしなければと考えているようですけれども、なかなか解決していません」。

 

 女子学生に無理やり東大を受験させることはできないのに対し、働く教職員の比率はある程度変えられる。ただ「2019年度にやっと教育学部で東大初の女性の研究科長が誕生したほどです。大学としてもっとできることはあるはず。しょうがないと放置されて対応が遅れていることが多いと思います」。例えば、採用時の最終面接に残る人の半分は必ず女性でなければならないとすることで採用側が女性の候補者探しに力を入れて取り組むため、予想外の女性教員の候補が見つかるようになる、という海外の大学の事例もある。「教職員は男社会で、適切な女性候補者のところに情報が届いていなかったりします。採用側が女性候補を積極的に発掘するような状況を最低限作るべきだと思います」

 

 ハラスメントに関しては、「ハラスメントの相談に行ってうまく話が通じなかった経験がある人も多い」と語る。ハラスメントを訴えた後のプロセスの中で、訴えた人が疲れ果ててしまったり、二次ハラスメントを受けたりするというケースを耳にするという。「これは大学として非常に問題があり、ハラスメント問題について十分な知識と経験のある労働やカウンセリング、法律などの専門家を大学として雇って権限を与える体制を作る必要があると思います」。ハラスメントが起きても、被害者は多大な時間と労力を注ぎ込んでもうまくいかずに自分が不利になるかもしれない可能性を全部計算した上で、相談や告発をするかどうか決めることになる。「もっと相談がスムーズにできるべきですし、相談者の安全が守られていることが明確なメッセージとして伝えられ、実際守られるべきだと思います」

 

 「大学におけるセクハラの特性として、勉強も研究も生活も同じ空間で同じメンバーで行われるような状況が生まれやすいことがあります」。特に研究室は、自身の今後のキャリアと現在の生活が結び付いた狭い空間であり、他の研究室への異動ができないことも多い。そのため告発が難しく、周囲の人々もそれぞれの人生がかかっているため協力しづらくなる。また、同じ学問分野の他大の教員と東大生の間、東大の教員と他大生の間でセクハラが起きた時に責任の所在が不明確になりがちだという問題もある。

 

 東大のハラスメント対応を改善するには、まずは徹底した現状調査が必要であるという。「今のところ調査が全く十分ではない。大学の財源が足りないという問題はありますが、それでもやはり調査費や人件費にお金を投入するべきです」。そして、前期学部生、後期学部生、院生、学生団体それぞれのレベルにおいて学生がどのように差別やハラスメントを経験しているのか、何を問題だと感じているのか、それがどのような要素と関わっているのかなどといったことに関する調査をするべきだという。「現状が分かっていないのに漠然と女子学生を増やそうとしても増えないと思います。手当たり次第にやるのではなく、何が求められているのかを知るために現状の把握が必要です」。例えば、大学を超えた国レベルでの大規模な調査を行い、女性が特定の学問分野において少ないことの阻害要因も含めて調べている国もある。「日本では理系女子が少ないということになると、〈リケジョ〉ともてはやして理系の女子学生に高校生の前で話してもらって終わり、みたいなところがある。それではあまり意味がなくて、何が阻害要因なのかちゃんと調査するべきですし、それに基づいて大学としてどのようなアクションを取るべきか、専門家の意見も取り入れながら動くべきです」。また、調査は一回やって終わりではない。何回か行って変化を見て、結果に応じて動きを考えることも必要だ。

 

 「どんなに環境を整えてもハラスメントをする個人を完全になくすことはおそらく困難です。それでも私たちにできるのは、極力ハラスメントをしにくい制度や文化を作ることです」。完全な防止はできないが、何が許されて何が許されてはいけないのか、共通の了解を得ることが重要だ。「上に立つ人が積極的に発言していくことでハラスメントをしにくくなるというのも大事です」。ゼミや研究室の先生が、自分の研究室内でハラスメントに近いことがあったら注意することが重要だ。「現在の総長は力を入れていらっしゃると思いますが、さまざまな単位で各部署のトップがハラスメントは後回しにしていい問題ではないというメッセージを出していくことが重要だと思います」

 

清水晶子教授(総合文化研究科)
03年英ウェールズ大学カーディフ校にてPh.D.(批評文化理論)取得。総合文化研究科准教授などを経て、17年より現職。

 

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