インタビュー

2020年12月17日

「メディアは組織変革を」 林香里教授に聞くジャーナリズムの明日

 

 デジタル化の波が押し寄せ「若者のニュース離れ」が言われて久しい昨今。ニュースメディアのビジネスや組織構造は、今後どう変わっていくのだろうか。マスメディア・ジャーナリズム研究が専門で、2017年まで東京大学新聞社理事長として東大新聞の改革にも当たった林香里教授(東大大学院情報学環)に、記者教育・ビジネス・多様性の観点から、ジャーナリズムの未来を語ってもらった。

(取材・高橋祐貴、撮影・小田泰成)

 

記者の4月一括採用はやめよ

 

  インターネットが普及し誰もが情報を発信できるようになった今、市民ジャーナリズムの可能性も説かれますが、こうした時代の記者職の価値とは何なのでしょうか

 

 記者職はやはり今まで以上に勉強しなければ生き残れない気がしますね。一つはテーマ的な専門性があるし、もう一つは文章能力と表現手法での勝負。そして、世の中を良い方向に進めたいという力強い動機を持つことが重要だと思います。

 

  今の大手メディアの記者職は総合職的な採用をしていると思いますが、これは今後変わっていくでしょうか

 

 それは変わっていかざるを得ないと思います。私はずっと、今みたいな4月の一括採用はやめた方がいいと言ってきました。要するに、今までは4月採用の学生が、まっさらな状態で入社して内部でオン・ザ・ジョブ・トレーニングを施されて、ようやく一人前の記者になるという順序でしたけど、今は新聞もテレビも、そこまでの余裕もない。

 

 そのため、ある程度大学などに記者教育を外部化していく必要はあると思います。現状の、新人は右も左も分からないまま地方支局に放り込まれて、もがいているうちだんだん分かってくる、という軍隊のような教育形態は、もう無理ではないでしょうか。何しろ新聞発行部数がピーク時には5400万部近くあったのがいまや3800万部を切っているわけです。これが今後増えることはあり得ないので、その経営環境の中でどうしていくか考えた時、人材の育て方、教育への時間とお金のかけ方を根本的に見直す時期に来てると思いますよね。

 

 

──今、部数の減少に伴って、メディアの「売るための政治的な分極化」が進んでいるとも言われますが、そこについてはどう考えますか

 日本では、右と左で分極化が進んでいるというより、政治に関心がある人とない人、政治を語る人と語らない人、こちらの分極化の方が深刻だと思いますね。日本のメディア事情で特殊なのは、ヤフーニュースのようなアグリゲーター(複数のメディアの記事をまとめて読むことができるプラットフォームのこと)が他国に比べてとびぬけて多く読まれていることです。意見のある言論に人気が集まるというよりは、まんべんなく無難なところで適当にニュースを見る人が多い。政治的意見を持つべきだと思っていない人が大半で、国民全体で政治的分極化が進んでいるかというと分からないですね。

 

当局取材が妨げる多様性

 

  多様性が重視される時代にあって、日本のジャーナリズムは多様性への配慮が足りていないと言われますが、何が根本原因なのでしょうか

 

 日本のジャーナリズムは当局取材が多過ぎます。記者クラブがあって、各官庁、検察、警察などから、いずれ公式発表されるような情報を少しでも早く取って「前打ちスクープ」することにものすごいリソースを割いてきました。これでは、声なき人の声をすくい上げるという、ジャーナリズム本来の役割が手薄になりますよね。

 

 メディアは、社会が大きく変わっているのにもかかわらず、戦後から続く内部の組織構造が変わってない。霞が関の官僚が国家を引っ張っていた高度経済成長時代にはこの形態でも良かったのかもしれないですが、社会が多様化し、グローバル化が加速する現代、取材方法も変化させなければなりません。例えば、外国人研修生の問題一つとっても、その全容は当局取材だけでカバーできるわけがない。

 

 集団で当局取材することをメインに訓練された記者は、その枠の外に出ると意外に脆い。また、権力との癒着も避けられない。今年5月には産経新聞記者と朝日新聞社員が黒川弘務検事長(当時)と賭け麻雀をしていたのが問題になりましたけど、あれは産経新聞と朝日新聞だけでなく、業界の問題です。当局取材を肯定する旧態依然とした職場文化の問題が顕在化したのです。メディアは、より効率的・効果的に現代社会の課題に向き合う体制へとかじを切らないといけないと思います。

 

 実は、日本の新聞には明治時代から首相動静欄や大臣動静欄がありました。「偉い人の一挙手一投足を追い掛けるのが権力監視だ」という思い込みがまだある。けれども、今、グローバル化の中にあって、霞が関や永田町だけでなく、GAFAなどの巨大情報産業やパナマ文書で暴露された国際金融資本、あるいは米国や中国などの外国政府など、これまでの日本のメディアの枠に収まらない権力主体が台頭して日本社会に影響を与えています。あるいは逆に、日常のミクロな権力にも光を当ててほしい。例えば、配偶者による家庭内暴力や親の児童虐待などの問題も、こうした当局取材体制では見えてきません。

 

  林教授から見て日本のジャーナリズムで多様性に配慮している事例などはあるでしょうか

 

 もちろんありますよ。朝日新聞は性暴力の話を連載で取り上げていたし、毎日新聞による外国籍の子どもたちの学ぶ権利についてのキャンペーン報道は今年、新聞協会賞を受賞しました。だから個々の記者の中には一生懸命頑張っている人たちがいるのです。しかし、やはり組織がそうした人材を育てたり後押ししたりする構造になっていない気がします。売上部数減少でコストカットする際、どこをカットするのかというと、地方支局からカットしていくわけで。言われた通りに記者会見に出てメモを取っている人たちが守られて、意欲を持って自由に取材に出掛けていく人たちが疲弊するシステムになっていると思います。

 

ビジネスモデル変革で組織は変わる?

 

 

  新聞社の問題含みな組織体制が変わる兆しはあるのでしょうか

 

 それは私も懸念しています。朝日新聞や日経新聞はビジネスをデジタル主体へと切り替えようとしている部分はありますが、地方紙などはかなり難しいですし、全体的にまだまだ「紙頼み」。先日、地方紙の会合に行ったのですが、もう「ネットの言論は信用できない。ネットをやめたい」と、まるでちょっと前の東大新聞のようなことを言ってました(笑)。こうした新聞社が変わっていくのは厳しいと思いましたね。

 

  ビジネスモデルが転換すれば組織も変わるということなのでしょうか。確かに、ハフポストやバズフィードなどのネットメディアは多様性を取り上げる企画も多い気がします

 

 紙ではなくネット、という媒体特性の違いもそうですが、ネットメディアは組織が新しくて小さいので、もともと官庁やら検察やら全てをカバーしようと思ってもできない。そうすると、自分たちで思い定めたニュースを追っていくスタイルにならざるを得ないので、テーマ性のあるニュース企画が多くなるのでしょう。

 

 朝日新聞や読売新聞など大きな新聞社は、長い歴史の中で築き上げてきた大きな構造物があって、それを捨てるのが怖いのだと思います。

 

  既存メディアはどうすればデジタル化の時代を生き残れるでしょうか。朝日新聞などは積極的にウェブでバーティカル・メディア(特定のテーマに特化した媒体)を立ち上げています

 

 朝日新聞は社内ベンチャーのような形で次々とバーティカル・メディアを立ち上げているようですが、おそらくどうすれば社が生き残れるかを考えるのに必死で、それが本業であるはずの「ジャーナリズム」という営為とどのように関係するのかというところまでは考えきれていないのではないかと思います。「新聞社」から「情報産業」へ転換したい意欲は見えますが、そのための手段があくまでジャーナリズム再生のためのもの、という立ち位置は見えてこないですよね。

 

  デジタル媒体での成功例といえば、ウェブ版の購読料収入で経営を成り立たせることに成功したニューヨークタイムズが思い浮かびますが、このモデルを日本で真似することはできないのでしょうか

 

 日本は、特に地方紙を中心に新聞社側もコンテンツに課金するというシステムを確立していないところが多いし、何より、市民の側も良質なニュースにはお金を払うべきだという意識が定着していない。また、日本語という壁があるので、市場も広がりにくいです。

 

 とはいえ、私はまずは「市民がきちんとした情報を基に、自分たちで良き社会をつくっていくことが民主主義の基本だ」というシンプルだけど重要なメッセージを学校教育の中で教えてほしいと思いますね。私たち自身が市民社会をどうしたいか、その決定の判断材料となる情報を提供してくれるジャーナリズムが大切なんだという価値観を、教育の段階で根付かせなければなりません。そうでないと、購読料収入や受信料などでジャーナリズムを維持するのは、長期的には難しいと思います。

 

東大新聞が取るべき道

 

 

  東大新聞も、紙媒体の収益化が難しくなってきていますが、この時代の流れの中で紙をより多くの学生に届けるにはどうすればいいでしょうか

 

 一つはキャンパス内のコンビニ、学食、レストランなど、学生が集まるあらゆる所に置いて存在感を示し、売り込まなくては。もう一つは、さらに大胆ですが、フリーペーパー化して、より多くの東大生に配るのも一案です。購読料収入を諦め、その代わりに広告収入で生きていく。私は理事長時代に「学生たちが学食で東大新聞を広げて読んでる光景を目にしたことがない。それで大学新聞と言えるかっ!」と叫んでいたのですが、フリーペーパーにして学食にたくさん置いたら、より身近に手に取ってもらいやすくなるのではと思います。

 

  収益モデルの転換と同様、組織構造についても、東大新聞自体、多様性に配慮した報道ができる組織になっているとは言えません。部員の男女比も偏っていますし、いまだに執行部は男性が中心です

 

 そもそも東大自体の男女比がゆがんでいますからね。男女比率の極端なゆがみは、教育の場としての東大の最も深刻な問題の一つです。東大新聞では、とにかく女性の部員を増やすことでしょうね。そして、女性だったり留学生だったり、多様な学生さんにどんどん責任あるポジションを担ってもらう。20年ほど前に編集長を務めていて、現在朝日新聞記者として活躍されている高重治香さんみたいな優秀な人は絶対にいるはずなんですよ。

 

 それと理事会がおじさんばかりなのも問題ですよね。卒業生ばかりが座っているからああなるんでしょうね。あそこに新しいアイデアをもたらしてくれる女性が複数いれば、雰囲気も変わるし、女性部員にとっても目指す女性像ができると思います。また、性の多様性や外国人留学生の視点について問題提起できる理事も絶対に必要です。

 

 あとは紙の新聞はマスキュリン(男性的)なイメージがどうしても強い部分があると思うので、デジタル化での双方向性の追求や、トークショーなどのイベント運営でブランドの刷新を図っていくべきでしょう。今はどうしても男性的なイメージが強いので。

 

  メディアにとって厳しい転換期ではありますが、こうした時代における東大新聞のような学生新聞の意義とは何でしょうか

 

 それはすごくあるでしょう。だって学生の声を大学運営に反映させる可能性を持つ、ほぼ唯一無二のメディアなわけですから。この大学には学生の声を聞く仕組みがほとんどない。授業評価などはありますが、東大自体をどうしたいか、どんな大学であるべきかという話について学生が大学に意見を伝えるチャンネルは少ない。

 

 東大というのを一つのコミュニティーと考えると、東大新聞というメディアを学生が持っていることは重要で、一つの財産だとさえ思います。大学は民主的で透明性ある場であるべきだと考えた時に、東大新聞ができること、そしてやるべきことはたくさんありますよね。

 


林香里教授(東京大学大学院情報学環)/88〜91年ロイター通信東京支局で記者として勤務。97年東大大学院人文社会系研究科博士課程修了。博士(社会情報学)。東大総長特任補佐(国際関係/ダイバーシティ担当)。20年9月より、Beyond AI研究推進機構B’AIグローバル・フォーラム・ディレクター兼任。専門はマスメディア/ジャーナリズム研究。

 

2020年12月17日22:15【記事訂正】数枚の写真と3つ目の質問部分を追記しました。

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