PROFESSOR

2020年11月5日

【湯浅誠特任教授インタビュー】コロナ禍の社会問題、求められる意識は

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行を受け、経済状況の悪化や、貧困問題の深刻化が懸念されている。COVID-19の流行に伴う貧困やその他の社会問題に対して社会、そして大学にはどのような態度が求められるのか。長年にわたり貧困問題に取り組んできた湯浅誠特任教授(東大先端科学技術研究センター)に取材した。(取材・中村潤)

 

湯浅 誠(ゆあさ まこと)特任教授(東京大学先端科学技術研究センター) 03年東大法学政治学研究科博士課程単位取得退学。法政大学教授を経て19年より現職。NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえ理事長を兼任。著書に『反貧困  「すべり台社会」からの脱出』(岩波新書)など

 

社会は優しくなった

 

  2000年代から自己責任論に警鐘を鳴らしてきましたが、COVID-19の流行で、社会の風潮はどう変化したのでしょうか

 

 感染者に対するバッシングや、いわゆる「自粛警察」の出現など、他者の責任を厳しく追及する動きも一部では見られました。しかしリーマン・ショック時と比べると、社会の雰囲気はだいぶ優しくなったと感じています。SNSではとがった意見が注目されがちですが、COVID-19の流行を受けた不況、そしてそれに伴う貧困問題でも、12年前のリーマン・ショック時のように自己責任論が幅を利かせているようには思いません。

 

 例えば、私が理事長を務めるNPO法人「むすびえ」ではこども食堂の支援に取り組んでいるのですが、COVID-19の流行を受け、かつてない規模の支援を受けました。その中には大企業や有名人も含まれています。貧困への無関心や自己責任論といった問題は社会で着実に改善されていると思います。

 

  変化が生じたのはなぜでしょうか

 

 自己責任論は「俺の問題ではない、お前の問題だ」と主張するために使われてきました。もちろん大前提として本人が頑張らなければならないのは誰も否定しません。

 

 しかし、本人が頑張る気持ちを持たせるために、自己責任論を振りかざしてもうまくいかない上に、効率が悪い。自己責任論よりは、少しでも良いから手を差し伸べて、わずかでも状況を改善するために行動を起こす方が良いのではないか。そうした感覚が日本社会の中で徐々に広がってきているのではないかと思います。

 

 その理由としては、近年、日本で災害が続いてきたことが大きいでしょう。東日本大震災や熊本地震の他、数十年に一度と言われるような風水害がほぼ毎年のように発生しました。さらに今回のCOVID-19の流行です。今まで当たり前で見飽きたものだと思っていた日常が、災害によって簡単に崩れてしまう。さらに災害が起こったとき助けてくれるのは周りの人々だ、と実感させられました。

 

 そうすると、普段から家族や知人、さらにはその延長線上にいる地域や社会の人々を大事にしようとする気持ちが生まれます。結果として共感の広がりと自己責任論の衰退につながっているのだと思います。

 

  今後も、そうした傾向は続くのでしょうか

 

 確かにCOVID-19の流行で社会が良い方向に動いた側面も否定できませんが、一方で今後懸念される点が二つあります。

 

 一つは今後の感染状況が悪化した場合にどれだけ有効な対応が可能かという点です。これまでは持続化給付金や特別定額給付金の支給で傷口をふさいできました。しかし、財政には限界があるため、今後爆発的に感染が拡大し、再び経済活動の縮小を迫られた際にも同様の対応ができるとは限りません。貧困問題がさらに深刻化する可能性があります。

 

 一方で、仮に感染拡大が無事収束したとしても、今度は「復興格差」の問題が生じます。経済活動が再開するにつれて、問題なく立ち直れる人とそうでない人が必ず生まれます。その際にうまく立ち直れなかった人が、順調に立ち直っていく周りの状況を見て、自分だけが取り残されるという気持ちを持ってしまうのです。

 

 同時に、収束によって社会の関心が離れていってしまうことも課題です。「自分は復興から取り残されている」という気持ちと、社会の関心の希薄化によって、孤立を深めてしまうのです。

 

 過去の例を見ても、阪神淡路大震災や東日本大震災で孤立死が目に見えて増加したのは災害から数年が経った時でした。今後、社会がどれだけ関心を持ち続けることができるかが重要になるでしょう。

 

  「復興格差」の防止のために大学にはどのような役割が求められるでしょうか

 

 メインストリームとは違う観点を持つことが大事です。今後社会のメインストリームの関心は他のニュースやオリンピックに移っていくかもしれません。そうした中でも大学は社会の隅々にまで目を向け、問題を社会に投げ掛けることが必要です。これは自治を保障され、メインストリームに流されない機関である大学だからこそ、できることだと思います。

 

「縦に回す」意識を

 

  COVID-19の感染拡大は学生の経済状況にも大きな影響を与えました

 

 国や大学の学生支援はもちろん大事ですし、求めていかなければなりません。一方で、ツールが多様化した現代、学生自身が民間から支援を得られるように発信を強めていくことも重要です。それが結果的に国や大学の支援を得ることにもつながるのだと思います。

 

  東大生に求められることは

 

 経済的に恵まれた人が多い東大生に関して言えば「縦に回す」という意識を持つことが大事でしょう。優れた学力やスキルを持っているのならば、それを自分と同質の人たちだけで共有するのではなく、社会全体のためにどのように使うのか考えるのです。

 

 そのためのヒントは社会にあふれていると思います。周囲だけを見れば、自分と大体同じ経済状況や学力を持つ人たちしか目に入らないかもしれません。しかし、日常生活の中で触れ合う人々に広く目を向ければ、問題や悩みを抱えている人は多くいるはずです。

 

 そして、そうした人たちの存在に気付いてもらうために、大学教育にもできることがあると思います。例えば前任校の法政大学で社会問題に関する授業を行った際、学生に「マイ社会問題」を見つけるよう求めました。最初は、自分の周りには大した社会問題はないと答える学生が多いです。しかしよく振り返ってもらうと、アルバイト先の店長が過労だとか、中高の同級生が不登校になったとか、人生でさまざまな社会問題に出会っているのです。

 

 このように学生自身の経験を引き出すことができれば、縦に回すという意識も広がっていくのではないかと思います。


この記事は2020年10月20日号から転載したものです。本紙では他にもオリジナルの記事を掲載しています。

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