ニュース

2022年5月3日

スラヴ語スラヴ文学研究室、ロシア東欧研究コース 直接的な差別被害の報告はなし

 ロシアによるウクライナ侵攻に伴い、ロシアに関する学問分野に対し一部から厳しい視線が向けられるようになった。この状況に対する東大の対応について、東京大学新聞社はロシア語ならびにロシア文化を扱う、文学部スラヴ語スラヴ文学研究室(スラヴ研究室)と教養学部地域文化研究分科ロシア東欧研究コース(露東欧コース)に取材し、回答を得た(記事中の回答は原文を抜粋・一部編集して掲載)

 

 スラヴ研究室と露東欧コースともに、研究室やコースに所属する学生への直接的な差別被害はそれぞれ4月9日、11日の時点では確認されていないとしている。

 

 世間からの偏見への対応について、スラヴ研究室は「ロシア語文学・文化は不当な状況に対してどのように抵抗し、改善するかについて考えてきた歴史があると話した。ロシアの中にも戦争に反対する声があるという現状を知らせた」と回答。露東欧コースは「ロシア語を使いロシアに関連することを今研究することに意義があり、誇りをもって進めるべきことであるということをこれまで通り伝えている」「大学院の研究生としてロシア人を1人受け入れているが、理不尽なことが起こればすぐに相談するよう伝えている」と明かした。

 

 差別被害やロシアに関する学問分野への偏見予防のため、研究室やコースとして行っている対応について、スラヴ研究室は、本年度から新たに「ウクライナの多様な文化を学ぶ」という授業を開講することを挙げ、「ロシア語をはじめとするスラヴ諸語を知っている強みを生かし、現地にある多様な声を掘り起こして研究をすることが大事だと考えている」とした。露東欧コースは「ウクライナはもちろん、ロシアについて研究を行う重要性を理解している学生がそろっているため、あえて予防措置を取ることは検討していない。個別の授業などで、ロシア東欧地域のさまざまな側面を歴史的・社会的・文化的な面から伝え、共に考えていくことが最大の対策であると考える。当該地域に関する専門知の普及に最大限努めていく」と回答した。

 

 前期教養課程のロシア語の授業では、Googleフォームでロシア語を選択した理由などを聞くアンケートが実施されたクラスもあった。ロシア語学習者の、従来とは異なるロシア語に対する姿勢を把握し、授業に反映することが目的とみられる。

 

 

文学部スラヴ語スラヴ文学研究室(スラヴ研究室)からの回答全文

 

 文学部スラヴ語スラヴ文学研究室では、いまのところ直接的な差別被害については聞いていません。

 

 外的な差別被害というよりも、学生も教員も研究対象というだけではなく、親しい友人が住んでいる地域で戦争が始まったことに強い衝撃を受けています。自分の研究をどのように続けていったらよいか、ということについて深く考えざるを得ないことは確かです。

 

 東京大学では、いち早く藤井総長が軍事侵攻に関して声明を出しましたが、その際にウクライナだけではなく、ロシア関係者についての不当な扱いがないようにという配慮が含まれていました。また、ウクライナ、ロシアを含むスラヴ学研究の主要学会も抗議声明を出すとともに、ロシア国内の戦争に反対する人々に対する支持を表明しています。

 

 スラヴ研究室のホームページにリンクがあります。 https://www.l.u-tokyo.ac.jp/slav/ 

 

 スラヴ研究室では、これら研究環境に関わる情報を研究室所属の学部生・院生と共有しました。特に、この事態を文化研究の立場から考える機会を提供している北海道大学スラヴ・ユーラシア研究センターの特別セミナーを視聴して、自分なりに考える手がかりとするように勧めました。

 

 SRC 緊急セミナー「ウクライナ情勢:文化面での反応」
https://www.youtube.com/playlist?list=PLaUp7pKGR83xTHlW27yjHcZC-OX7RLFPP 

 

 SRC緊急セミナー「ウクライナーーロシア文学・文化からの視点」(4月30日まで公開)
https://www.youtube.com/watch?v=qQN2jbG9HjY

※中村唯史教授(京都大学大学・日本ロシア文学会会長)

 

 SRC緊急セミナー「現代ロシア文学の中のプーチン像」(4月30日まで公開)
https://www.youtube.com/watch?v=N0b2xp8hNvY 

 

 卒業・修了式の際には、教員スタッフから、武器使用をはじめとするあらゆる暴力に反対する強い意思を持ってほしいこと、人文学研究はそのためにあること、とりわけロシア語文学・文化はそのような不当な状況に対してどのように抵抗し、改善するかについて言葉を尽くして考えてきた長く豊かな歴史があることを話しました。また、ウクライナだけでなくロシアの私たちの友人の多くも戦争に反対し、いずれも暴力や言論弾圧の恐怖に曝されていること、ロシア側にも多様な声があり、勇気を奮って批判する文化人たちも多いることを知ってもらいました。

 

 岩波書店のnoteで一部日本語訳が紹介されています。

 

 ドミトリー・ブィコフ「戦争という完全な悪に対峙する──ウクライナ侵攻に寄せて」
https://note.com/iwanaminote/n/n3d5608b53e10

 

 ミハイル・シーシキン「ウクライナとロシアの未来──2022年のあとに」
https://note.com/iwanaminote/n/n7a78210a96cd  

 ※いずれも奈倉有里編訳(奈倉さんはスラヴ研究室でPhDを取得した修了生です)

 

 残念ながら、長い歴史の中で、旧ソ連・東欧圏は様々な困難に立ち向かわざるを得ないことが多かった地域です。20世紀以降も、バルカンやチェチェン、サカルトヴェロ、アルメニア、ナゴルノ・カラバフなど、戦闘が多く起きてしまった地域でもあります。日本の研究者たちにも、旧ソ連東欧時代に差別や抑圧を受けていた現地の人々に対し研究を通して支援してきた歴史があります。だからこそ、私たちは彼らの支援のためにも、ロシア語をはじめとするスラヴ諸語を知っている強みを生かし、現地には多様な声があることを掘り起こし、研究することが大事であると考えています。

 

 具体的には、2022年度から新たに「ウクライナの多様な文化を学ぶ」という授業を後期教養科目として夏・冬学期通して木曜5限に開講することにしました。この授業では、ウクライナ語の文化を学ぶのではなく、基本的には日本語や英語を使って作品や文献にふれることでウクライナ、ロシア、ユダヤなどの複数の民族が混住する多民族国家としてのウクライナの言語および文化の多様性に注目して、初歩的なことから知識を広げ、考える糧を得ることを目的にしています。京都大学・早稲田大学の文学部系大学院との単位互換制度を利用し、同世代の学生が広く意見を交わせる機会となってくれることを期待しています(ロシア語やウクライナ語の知識は問いません)。4月6日の初回には、30名ほどが参加してくれました。

 

 日本ロシア文学会の声明「ロシアの言葉・文学・文化を今、あるいはこれから学ぶ皆さんへ」でも、ウクライナにもロシア語話者が触れられていますが、そのことは避難している人々のインタビューの多くがロシア語で行われていることからもわかるでしょう。そもそもロシア語はロシアだけの言語ではなく、亡命者、移住者、留学経験者らが世界中にいて、英語のように国際語として重要なコミュニケーション手段となっています。

 

 「ロシアの言葉・文学・文化を今、あるいはこれから学ぶ皆さんへ」
http://yaar.jpn.org/?action=common_download_main&upload_id=1769 

 

 しかしながら日本ではロシア語のように学習者が少ない言語については学習の機会がどんどん減ってきています。第二外国語として履修できる大学が減っていますし、あいにくこの4月からNHKのテレビの方のロシア語講座『ロシアゴスキー』の放送も取りやめとなり、ラジオ講座だけになってしまいました。けれども注目される今こそ、ロシア語を入り口にスラヴの言語や文化を知ることによって、敵か味方かといった勧善懲悪の単純な図式の理解を脱して、平和に共存できるよう、皆が真剣に考える必要があると思います。

 

 

教養学部教養学科地域文化研究分科ロシア東欧研究コース(露東欧コース)からの回答全文

 

質問:
ロシア・ウクライナに関連する学問を扱う学科やコースの学生への、直接的な差別被害は確認されたでしょうか。確認できた場合、お答えできる範囲で構いませんので、被害の具体的な内容について教えていただきたい。

 

回答:
現在のところ、そのような報告や噂は確認しておりません。

 

質問:
ロシア・ウクライナに関連した学問を扱う学科やコースでは、所属する学生への差別に対し(個別的な差別でなく、世の中全体からの偏見を対象とします)、どのように対処しているのか、教えていただきたい。(学生への心理的ケアなど)

 

回答:
教養学科地域文化研究分科ロシア東欧研究コースは現在3年生が0名で、単位をおおむね取り終えている4年生が3名という状況で、密に連絡が取れる状況です。一斉に統一方針を伝えることはしていませんが、ロシア語を使ってロシアに関連することを今研究することには極めて大きな意義があり、それは誇りをもって進めるべきことであることをこれまで通り伝えていきます。なお、いまのところ、ウクライナを研究テーマとする学生はおりません。いずれにしても、これまで教員側から研究テーマを指定することはなく、様々な選択肢を示しながら学生の自主性に任せておりますので、こちらから特定の方針を提示する予定はありません。

 

質問:
実際の差別被害や、ロシアに関する学問分野への偏見予防のため、ロシア・ウクライナに関連した学問を扱う学科やコース、または学部全体としてどのような対策を講じているのか、教えていただきたい。

 

回答:
現在、ロシア東欧研究コース主任が大学院の研究生として1名ロシア人を受け入れており、個別に連絡を取りながら、理不尽なことがあればすぐに相談するよう伝えています。本学の学生は、こうした状況でウクライナはもちろんのこと、ロシアについても研究することが重要であることを理解できる学生がそろっているため、あえて予防的措置を取ることについて現段階では検討しておりません。個別の授業等で、ロシア東欧地域の様々な側面を歴史的・社会的・文化的な深さをもって伝え、ともに考えていくことが最大の対策であると考えています。これまで同様に、当該地域に関する専門知の普及に最大限努めていきます。

 

【記事修正】2022年5月6日午後1時48分 見出しの表現を「直接的な差別被害の確認なし」から「直接的な被害の報告なし」と変更しました。本文中の「学科」を「研究室」に訂正、また一部表記を修正しました。第2段落末尾の露東欧コースからの回答の抜粋の、1文目と2文目を分離・順序を入れ替えました。

タグから記事を検索


東京大学新聞社からのお知らせ


recruit




TOPに戻る