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2023年12月7日

【東大最前線】体温とウイルス性肺炎の重症化の関係の解明

 

 一戸猛志准教授(東大医科学研究所)らは外気温や高齢者の基礎体温が若者に比べて低いことと、ウイルス性肺炎の重症度の関係を調べ、ウイルス性肺炎の重症化の抑制には38℃以上の体温で活性化した腸内細菌叢(そう)が必要であることを明らかにした。この研究について一戸准教授に話を聞いた。 (取材・天川瑞月)

 

冬にインフルエンザが流行るのはなぜ?

 

 一戸准教授らは外気温や体温がインフルエンザウイルス感染後の重症度に与える影響を解析するため、マウスを4°C、22°C、36°C条件下で7日間飼育した。4°Cは1月の東京の平均最低気温くらいだ。飼育の結果、基礎体温が4°C飼育マウスでは 22°C飼育マウスに比べて1°C程度低下し、36°C飼育マウスでは 38°Cを超えていた(図1)。このマウスらにインフルエンザウイルスを感染させ、それぞれの温度条件下で飼育したところ、22°C飼育マウスに比べ、4°C飼育マウスは重症化し、36°C飼育マウスは致死レベルの感染に対する抵抗力を獲得していることが分かった。SARS-CoV-2に感染させた場合も、36°C飼育マウスは同様の抵抗力を獲得していた。

 

(図1)マウスを各温度条件下で飼育した際の基礎体温。〇印はそれぞれのマウスの値を表す
(図1)マウスを各温度条件下で飼育した際の基礎体温。〇印はそれぞれのマウスの値を表す

 

 最も苦労したのは36°C飼育マウスでウイルス感染に対して抵抗力が高くなる理由を突き止めることだという。一戸准教授は今回の研究を始める前は腸内細菌に関する研究に携わっており、その頃の知り合いに「腸内細菌が関係するんじゃないですか」と言われ、腸内細菌に着目して実験を行った。それまで行っていた研究とは視点の異なる研究をしたいと思い今回の研究を始めたため、腸内細菌の関連は全く考えていなかったそうだ。

 

 腸内細菌の関連について調べるため、通常のエサと水道水を与えたコントロールグループ、低食物繊維食と水道水を与えた低食物繊維食グループ、通常のエサと抗生物質を混ぜた水道水を与えた抗生物質グループに分けて実験を行った。食物繊維は腸内細菌の餌になり、抗生物質により死滅するので、低食物繊維グループと抗生物質グループではコントロールグループに比べて腸内細菌数が少なくなっている。これらのマウスを36°C条件下で飼育し、インフルエンザウイルスに感染させた。すると、どのグループのマウスも感染前後の体温は 38°C以上に保たれていたが、低食物繊維グループと抗生物質グループはインフルエンザウイルス感染に対する抵抗力を失っていることが分かった。このことからインフルエンザウイルス感染に対する抵抗力の獲得には発熱により活性化された腸内細菌叢の重要性が示唆された。

 

 次に36°C飼育マウスの体内で起こっていることを確かめるため、4°C、22°C、36°Cで7日間飼育したマウスの血清サンプルを用いて代謝産物を解析した。腸内細菌は一次胆汁酸を二次胆汁酸に変換するが、一次胆汁酸や、二次胆汁酸のデオキシコール酸(DCA)、ウルソデオキシコール酸(UDCA)の濃度が36°C飼育マウスの血中で高くなっていた。そこで22°C飼育マウスにDCAやUDCA を与えるとインフルエンザウイルス感染後の生存率が上がることが分かった。

 

 次に胆汁酸がインフルエンザウイルスの増殖や炎症反応を抑制する仕組みを調べた。すると胆汁酸受容体アゴニストのHY-14229という物質があると、インフルエンザウイルスの増殖や感染が誘導する、感染部位の炎症反応に関わる物質の産生が抑えられることが分かった。

 

 最後にCOVID-19患者の重症度と胆汁酸の関係を解明するため患者を軽症、中等症I/IIのグループに分けて血しょう中のフィブリノーゲン濃度を調べた。フィブリノーゲンはウイルス感染などにより体内に炎症が生じると増加する物質で、体内での濃度が高いほど重症であることを示す。濃度は中等症I/IIグループで高くなっていて(図2)、胆汁酸の一種であるグリシン抱合型コール酸(GCA)濃度が中等症I/IIグループで低くなっていた(図3)。このことからヒトにおいてもCOVID-19の重症度と胆汁酸レベルに逆相関関係があることが分かる。また、22°C飼育条件下のハムスターに通常の水道水、またはGCAかDCAを混ぜた水道水を与え、SARS-CoV-2を経鼻的に感染させるとGCAやDCAを与えたグループではSARS-CoV-2感染後の生存率が上がることが分かった。

 

(図2)COVID-19患者の血しょう中のフィブリノーゲン濃度
(図2)COVID-19患者の血しょう中のフィブリノーゲン濃度
(図3)COVID-19患者の血しょう中のGCA濃度
(図3)COVID-19患者の血しょう中のGCA濃度

 

新しい治療薬の開発へ

 

 今回の成果から、高齢者がインフルエンザやCOVID-19で重症化しやすくなるメカニズムの解明が期待される。また、COVID-19に感染しても無症状でいられる理由も明らかにするためにカモが腸でインフルエンザウイルスが増殖していても無症状でいられる理由の解明を目指しているという。そして、胆汁酸を検知して働くタンパク質を標的とした、ウイルス性肺炎の重症化を抑える新しい治療薬の開発に貢献したいという。

 

 一戸准教授は研究者を目指す学生に対して「研究には忍耐力と好奇心が大事」と話す。「研究は思い通りにいかないことが9割以上です。そのときああ疲れたと辞めてしまうとそこで終わりですが、めげずに頑張れると次のステージに進めます。すると次のステージにも行きたくなる。これの繰り返しです」

 

一戸猛志(いちのへ・たけし)准教授 (東京大学医科学研究所) 07年東京理科大学基礎工学研究科博士課程修了。博士(工学)。東京理科大学日本学術振興会特別研究員、九州大学助教などを経て、12 年より現職。
一戸猛志(いちのへ・たけし)准教授(東京大学医科学研究所) 07年東京理科大学基礎工学研究科博士課程修了。博士(工学)。東京理科大学日本学術振興会特別研究員、九州大学助教などを経て、12年より現職。

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