INTERVIEW / FEATURE 2015年12月23日

「差別化のないビジネスに成功はない。大事なのはリスクを取れるかどうか」クロスカンパニー社長 石川康晴さん(後編)

「アパレルは斜陽産業。だからこそグローバルとテクノロジーに力を入れ、今までになかったライフスタイル&テクノロジーカンパニーとしてパイオニアになる」

 

宮崎あおいさんをモデルに起用したアパレルブランド「earth music&ecology」を知らない人はほとんどいないだろう。アースや「E hyphen world gallery」「Green Parks」など女性ファッションのスタンダードとなるブランドを多く手がけるのが株式会社クロスカンパニーだ。2014年度のグループ売上高は1100億円を超え、その事業領域はアパレルだけでなく、人々の衣・食・住において新しい価値を生み出している。「服」という仕事からどのように世界を変えようとしているのか、社長の石川康晴さんに伺った。

前編はこちら。

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「いつ洋服屋をやるか?」それだけを考えて過ごした青少年期

 

――石川さんがアパレル業界を志した理由は何だったのですか?

 単純に子供の頃から洋服が大好きだったんです。小学校6年生のときからお年玉はほぼ洋服につぎ込むくらいに、常に洋服を買っていました。祖母が日本舞踊の師範であったため、正月やお盆など親戚が集まると大人たちは着物や帯の話で盛り上がっていました。そこで生地と色合わせについて大人が楽しそうに喋っているのを見て、服に興味を持ちましたね。自分でコーディネーションした服を着ていくと、親戚や友人に褒められてそれがすごい嬉しくて。そういうことがあると調子にのるじゃない?(笑)好きこそ物の上手なれじゃないですけど、大好きな服にお金と時間を費やしていました。

 そして中学2年生のとき、よく行っていた洋服屋のお兄さんに「本当に服好きだね。そんなに好きなら服屋をやったら?」と言われたんです。影響を受けやすい年齢だったので「それだ!」と思い、そのとき自分の進路を決定しました。普通青年期って、自分の進路についてとても悩みますけど、僕には全く悩みがなかったですね。いつ洋服屋をやるか、それだけを考えて生きていました。

 

 

――その後、どのようなキャリアを積まれたのですか?

 洋服の会社を経営するためには、経営とアパレルの知識とお金が必要だと思って、まず商業や経営の理論を学びました。その後は「3年間アパレルの勉強をして自分の店を持つ」というビジョンがあったので、ノウハウを積もうと紳士服を扱うアパレル企業に就職しました。

 

 そこでは縫製工場の監督から繊維メーカーと生地の開発、当時急成長の会社だったので土日には現場も担当しました。アパレル業界の川上も川中も川下も経験すると同時に、その勢いも経験させてもらったわけです。大企業に就職する道もあったのですが、成長率が高い会社で勉強したいと思っていた自分にとって非常にプラスでしたね。この約3年のアパレル企業での修行ののち、サラリーマン時代に貯めた300万円を資金に岡山で起業しました。

 

差別化のないところにビジネスはない

――当初はどのようなお店だったんですか?

 最初はセレクトショップとして地元の岡山でスタートしたんですけど、国内メーカーが全く商品を卸してくれなくて。当時23歳で経営経験も少なくて、お前みたいな若いやつと取引できない、と。そこで特にあてもなく、フランスとイギリスに飛び、雑誌で調べたメーカーを一社一社訪ねました。自分の起業に対する思いやビジョンを語り、買い付けさせてもらないかと。すると「応援するよ!」と言って卸してもらえるメーカーがあり、それが始まりでしたね。

 

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 当時は、客単価を上げるための戦略として顧客のリピート率を上げることに重点を置き、ロング接客を行っていました。1人のお客さんに2時間ぐらい。服については15分くらいなんですけど、どんな家族構成で、趣味は何で、給料日はいつで、彼氏がいるか、どんなタレントやテレビが好きかといった会話でお客さんの内面を知る接客をしていました。すると次から絶大な信頼を持って来店してくれるんですよ。このおかげで4坪のお店でかなり太い顧客がつき、3年で売り上げはかなり伸びましたね。

 

 また商品に関してはニッチ戦略をとり、日本にまだ入ってきてない、中国四国地方にまだ入っていないブランドを扱っていました。あそこにいかないと手に入れられない、あそこにしかない、となれば自然と顧客も集まります。価格設定はやや高めで客単価は約2.5万円でしたが、ニッチ戦略のおかげで顧客の商圏が愛媛や広島まで取れていました。お客様はここにしかないものを買うために、わざわざ時間をかけてきてくれるので、出店する場所も駅前などではなく外れの家賃の安い場所で十分でした。

 

差別化のないビジネスに成功はありません。前職ではマスの会社で修行していたので、マスに規模では勝てないとわかっており、規模がないのだからニッチのポジションのほうが成功の確率が高いと踏んでいたんです。僕は差別化としてニッチを選んだわけです。ただ、いずれ規模で勝負しなければいけないとはわかっていたので、セレクトショップから製造小売りに舵を切り、売り上げが100億を超えた時点で規模の経済に会社のポジションを全て変えました。どのステージでどういう販売戦略と組織戦略に変えていくのかという経営判断は非常に重要です。規模で修行した自分が最初にニッチを選択することができたのが、スタートアップで成功した秘訣かなと思います。

 

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生活の中で高揚感=ドライブを生み出す企業に

 

――現在ではアパレル企業からライフスタイル&テクノロジーカンパニーへと発展し、日本を代表するグローバル企業にまで成長されました。このクロスカンパニーという会社を通じて実現したいことは何ですか?

 洋服を提供したいという近視眼的な概念ではなくて、高揚感を提供したいと思っています。僕たちは「ドライブ」と呼んでいるんですけど、新しい服を着てドライブ、美味しいアイスクリームを食べてドライブ、ハンドクリームのいい匂いでドライブ、というように。21年前に立ち上げたときの事業領域はアパレルでしたが、20年経ったタイミングで今期からライフスタイル&テクノロジーという事業領域に発展させました。スマホなどの影響が大きい中で「リアル」というものが見直されている時代、服から生まれるドライブ、食から生まれるドライブ、イベントから生まれるドライブなどお客様がちょっとでも心が躍るようなことをライフスタイル&テクノロジーという領域の中で提供していきたいなと思っています。

 

 

――最後に、未来のリーダーたちにメッセージをお願いします。

 様々な人を見てきましたが、ビジネスの成功者の基本はリスクをとる勇気と信念を持ってゼロをイチにできるかどうかです。例えば2012年に中国で反日デモが発生し、日本のほとんどの経営者は帰ってきました。でも僕らは大きなリスクを承知で店を出し続けた。メディアでは日系製品の不買運動ばかりが報じられていましたが、当社ブランドの新店舗では最高の売り上げを記録したんです。中国には日本のライフスタイル製品が好きなユーザーが多くいることをリアルに肌で感じて知っていたので、メディアに踊らされることなく出店戦略を打つことができた。今では中国は出店数が約90という重要なマーケットです。明確なビジョンを持ち、物事に動じずマーケットを見抜く力、そして信念を持ってゼロをイチにする力が重要だと思います。

(取材 新多可奈子、須田英太郎  文、新多可奈子)


石川康晴氏

株式会社クロスカンパニー社長。1970年岡山市生まれ。岡山大学経済学部卒業。アパレル企業にて経営についてのノウハウを積んだ後、23歳で起業。95年にクロスカンパニーを設立。現在、内閣府男女共同参画推進連携会議議員を務める。

 

この記事はソーシャルICTグローバル・クリエイティブリーダー育成(GCL)プログラムとの共同企画です。

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