COLUMN 2019年6月5日

東大入学式2019・上野祝辞アンケート分析④ 自由記述紹介後編(強者と弱者編)

 東京大学新聞社は、2019年度学部入学式で上野千鶴子名誉教授が述べた祝辞について、東大内外の全ての人を対象にアンケート調査を行い、東大生(院生含む)603人を含む4921人から回答を得た。この記事では、アンケートの末尾に設けられた自由記述欄に寄せられた祝辞への反応を多角的な視点からまとめ、前後編の2回に分けて紹介する。後編では、強者と弱者の問題についての意見を取り上げる。

(構成・武井風花)

 

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東大入学式上野祝辞 依頼した東大執行部の問題意識とは

 

2019年度入学式

 

※凡例

・基本的に原文を尊重し、表記統一は施していない。

・各意見の末尾には、年齢、性別、所属・職業を付記している。

 

祝辞の主題はジェンダー問題か?

 

 今回の祝辞ではジェンダー問題に意識が向きがちだが、祝辞の主題は別の部分にあるのではないかという意見が寄せられた。上野名誉教授が本当は新入生に何を伝えたかったのか。祝辞の主題の在りかはどこにあったのかについての意見を、大まかに2種類に分けて紹介する。

 

東大生よ、「市民的」たれ

 

 東大新入生には、裕福な家庭の出身者や、首都圏の中高一貫校出身者など、比較的偏った世界で育った人が多い。そのため、社会で実際に起きている問題や、見えないバイアス・不公平について知る機会が限られている可能性が高い。そのような新入生に、広く社会状況を把握できる「市民的」な感覚を身に付けてほしいということが祝辞の主題だったのではないか、という意見2件を紹介する。

 

男女の問題だけでなく、世の中には様々なバイアスがあることを、この祝辞から感じ取ってほしいと思いました。この議論がジェンダーの話だけに留められてしまわないことを願います。

(40代、女性、会社員)

 

(前略)上野教授は祝辞の中で「ジェンダー問題」について触れ、それがニュースでは話題になっていたと記憶していますが、読み返して改めて思うのは「社会には不公正なことが満ちあふれている」「外に出て価値観を広げ、日本社会を良くしていこう」というメッセージが読み終えた私の心に大きく突き刺さっている、ということです。ジェンダー問題だけでなく、メディアのジャーナリズムが委縮している問題など、日本の様々な問題に取り組み、声を挙げ、行動していくことの大切さを気付かされました。

(30代、男性、ニューヨーク大学経営大学院学生)

 

 人は他人から評価されなくても存在するだけで皆価値があることに気付き、他者を尊重し、良心を持つよう訴えたものだという意見。

 

東大生を含むエリート男性は,自らが価値ある存在であることを証明しようとして、社会の中で成功するための努力を惜しまないが,他者を価値の有る無しでジャッジし,時には他者貶めるように思う.上野先生の祝辞が彼らに伝えたかったのは,何人も他人から評価されなくても、存在しているだけで十分に価値があることにエリート男性達気づき(編集部注:原文ママ),他者への尊敬と共感を訴えたものだと思う.

(40代、女性、歯科医師)

 

上野氏の研究分野から女性問題から導入するのは妥当なことだと思う。但し本質的には理由は様々だが、努力と能力が必ずしも成功を導く要因となるわけではないことを認識させたかったものだと思う。また成功の定義に関しても個人主義且つ足の引っ張り合いになりがちで冷めた世の中における良心を植え付けようという意図は読み取れた。(後略)

(40代、男性、会社員)

 

東大生よ、「エリート」たれ

 

 新入生への社会からの高い期待を示し、困難な課題を解決し社会的使命を果たすように訴えたもの、つまり「エリート」としての自覚を促しているのではないか、という意見もいくつか寄せられた。

 

3000人の新入生全てに最大公約数的に受け入れられる祝辞では、あまり意味も印象もないものになってしまいがち。上野先生の祝辞は、全員に受け入れられるものではないかもしれないが、ある特定の分野を例に、社会からの高い期待をぶつけ、学生の問題意識やモチベーションにつなげようとするもの。他のどの分野でも同じように課題と困難があり、それに対する高い期待、使命を課せられていることは東大の新入生ならわかるはず。(後略)

(30代、男性、会社員)

 

 「変化の時代」「時代の変わり目」にある現在、答えのない問いに踏み出していく新入生に、新しい問題に対処するパイオニア精神を持つように促すことが、祝辞の主題だったのではないか、という新入生からの意見。

 

世間での評価が「フェミニスト」に限定されていることに納得がいかない。(中略)フェミニズムに関連する話は前半のみにすぎない。むしろ主題は後半にあり、「ようこそ東大へ」は、「先輩」としての立場から、大学での学びを始める新入生に語りかけたのであろう。五神総長の式辞とも被るが、答えのない問題に踏み出していくパイオニア精神がメッセージなのではなかったのではないかと思う。(中略)
昭和から平成への転換期に男女差別が社会問題として広く議論される様になり、男女雇用機会均等法が制定されて、フェミニズム運動上の大きな変革が起こっていた。ちょうどその真っ只中にいたのが上野氏だった。上野氏は、2018年学部入試の世界史第一問(編集部注:19〜20世紀の男性中心の社会で活躍した女性の活動、女性参政権獲得の歩み、女性解放運動について問われた)で問われるような時代に活躍した、過去の、歴史上の人間である。その経験を基に、平成から令和へ、Society5.0(編集部注:内閣府が提唱している、仮想・現実空間の融合により経済発展と社会課題の解決を目指す未来社会の姿)の時代への転換期を迎える新入生に、何かを伝えてくれると期待して、東大は上野氏を招聘したのではないだろうか。入学式全体が「変化の時代」をどう生きるかが大きなテーマだった様子であったし、もしそうであったら、その目論見は大当たりであったことだろう。
上野氏の話を限定的に見たらもったいない。東大の、社会の女性差別は問題である。しかし、それ以上に深い意図があったのではないかと思い、ほかの人の反応やメディアの報道を終始歯がゆく思ってみていました。(後略)

(10代、男性、文Ⅰ・1年)

 

「強者である東大生」と「そうでない人々」の図式

 

 新入生からは、社会的には「強者」と捉えられる東大生となったからには「市民的エリート」として社会の期待に応えよう、と決意を新たにする声も寄せられた。

 

(前略)自分個人の話になってしまうが、私がはっきり他人に「東大です」と言えないのは、自分に自信が持てないからなのだが、先生の祝辞を聞いて、それではいけないのだと思った。私は、東大に受かったのは、本当に自分の力や努力というより、高校の先生方を始めとした方々のおかげだと、「受かった」というより「受からせてもらった/引っ張り上げてもらった」だと思っているが、だからといって「東大生」であることの責任を持たないのは違うと、それは逃げであると、思わされた。「東大生」という銘柄に対して世間が抱くようなイメージや期待に、自分が沿えていない、見合わないと思うならば、「東大と言っても、本当は大したことはないのに。特別視しないでくれ」と思うのではなくて、その期待に見合うような、あるいは自分が胸をはれるような、人間になる努力をここから積むべきなのだと思った。自信がなくても、実際たいしたものではなくても、その肩書きを得た時点で、その期待に内実を合わせる努力をする義務があるのだと思った。東大の言う「市民エリート」とはそのような意味であり、学生はノブレス・オブリージュ(編集部注:高い身分の者には、それに応じた責任と義務があるという考え方)の類を負っているのだということに気付いた。
先生の祝辞を聞けて、入学式に行った意味があったと思った。

(10代、女性、文Ⅲ・1年)

 

 一方、自身がマイノリティーであると感じている人からは、そのような立場にある人々に東大生が目を向けることを期待する声もあった。

 

私は昨年、難病者となりました。仕事へ復帰した際、自分にとっては「精一杯」で「頑張っていること」さえも、見た目も以前と変わらないためか周囲にとっては「怠けている」「以前はもっとやっていた」「早くしてほしい」と捉えられ、投げ掛けられるのはひどい言葉であり「頑張っている」と捉えてもらえませんでした。
教育者でありながらのこの職員の態度に失望し、私も声をあげようと思っていた時にこの祝辞をききました。
頑張っても 報われない わかってもらえない人の一人であり、過度な頑張りをできない(とめられている)者の一人である私からすると、最難関と言われる大学で学び、世に出ていかれる方に是非とも目を向けて頂きたい部分でした。
学生たちだけではなく、私のようなマイノリティーの者、日頃無意識にその差別を当然としている大人たちにまで考え直す良い機会を与えていただきました。本当にありがとうございました。

(30代、女性、小学校教員)

 

東大(男子)=強者という図式に批判も

 

 しかし、「強者である東大生」と「そうでない人々」の図式は、常に成立するものなのだろうか。これについて、何件かの疑問の声が寄せられた。

 

恵まれない人だとか弱者だとかの上から目線含め東大らしいと思った。
東大出身を随分と買い被っているが、東大出の人のその後の不自由を世話してるのは東大以外の人かもしれないのに、とは、思いました。

(30代、性別回答せず、私立大学学生)

 

という東大出身者、東大生が「強者」という前提で話していることに対する批判。

 

 東大生は弱者である場合もあるのではないかという意見もいくつか寄せられた。

 

(前略)ただノブレスオブリージェ的な内容の部分で、東大生は不幸ではない?弱者ではない?という前提で話されていたのは、やや違和感があった。いまなんらかの苦しみを抱えて、自分のことで手一杯な東大生もきっといると思ったので。

(50代、女性、会社員)

 

東大生をアイコンのように扱って欲しくない。一人一人が繊細で未熟な学徒であることを認識した上で、世間ではなく彼らに向けた言葉をかけて欲しかった。アジテーションは対立を招きやすい。それよりも対話を。地方出身で親しい人がいない、障害や病気を持っている(心身どちらも)、経済的に困窮している、など、希望より不安を抱いて入学している新入生のことも考え欲しい。また、世間的には恵まれていると目されていても、学力のみを過剰に求められ苦しんできた人もいるのでは?かれ彼らに、あの祝辞は響いただろうか。「いや、それでも東大生となったからには甘えるな」というのはマッチョ過ぎるのでは?

(50代、女性、コールセンターオペレーター、東大生(新入生以外)の保護者)

 

誰にでもある弱さを気付かせたのでは

 

 これに対して、祝辞では必ずしも「東大生=強者」とは捉えていないのではないか。一見強者に見えても、実際は誰の中にも弱さがあることを認め、行動するべきだということを伝えたかったのではないか、という意見もあった。

 

児童精神科医をしています。
虐待や養育の困難、貧困など、力の歪みを目の当たりにする現場です。
今回の祝辞では、弱さ、しかも救うべき他者ではなく、自身のなかにある弱さに注目したメッセージに感銘を受けました。Malcolm GladwellのDavid and Goliath(編集部注:不利な立場をいかに捉えるべきかを主題としたノンフィクション。表題は旧約聖書『サムエル記』中の若い羊飼いダビデが屈強の戦士ゴリアテを倒すという逸話に基づく)を想起しました。

(30代、女性、医師)

 

(前略)フェミニズムは女性が男性になりたいのではなく、(弱い)あるがままの存在を認めてもらいたい、という主張なのだ、という指摘は今日的です。小さいころから翼をもごうとする周囲と闘ってきた私自身にとっては、前半部分も共感するところは多かったですが、焦点はフェミニズムよりも、後半部分の、弱者を切り捨てないこと、また強がっているエリートたちも実は結構弱みがあるので、そのことを認めて生きていこう、という呼びかけのほうです。本当にいい話だと思いました。

(50代、女性、研究者)

 後編となるこの記事では、前編のジェンダー問題とは異なる視点から、弱者と強者の関係についてのコメントを紹介した。ジェンダー問題に目を向けがちだが、本当の主題は、「強者」たる東大生は「市民的エリート」たれ、ということなのではないか。そして、そもそも「強者」「弱者」とは何なのか、強者に見える人でも本当は弱さを持っているのではないかなど、前編に引き続きこちらも幅広い議論が展開された。

 

 今回のアンケートでは、回答が必須ではないにもかかわらず自由記述にも長文の内容が多く寄せられた。記事をまとめるに当たり、基本的に全回答に目を通したが、一つ一つの内容の濃さに驚かされた。記者自身、祝辞を最初に読んだ時はジェンダー問題に関係する部分に気を取られていたが、主題は別にあるのではないかという意見にはハッとさせられたし、誰の心の中にもある弱さを指摘したのではないかという意見は心に刺さった。個人としても、ここまで多くの人の考えに触れ、祝辞に対して当初よりも多角的な視点を知ることができたのは貴重な経験だった。本記事が記者だけでなく読者にとっても祝辞に関する論点を整理する材料になれば幸いである。

 

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