報道特集

2018年5月4日

【蹴られる東大⑤】拝啓 悩める高校生へ 〜東大生とハーバード大生が伝える、2大学の魅力〜

 

 東大を半年でやめ海外の大学に進学する学生がいる現状に迫り、世界での東大の立ち位置を考える連載「蹴られる東大」。5回目となる今回は、ハーバード大学の学部生と交流する東大の学生団体HCAP東京大学運営委員会が、ベネッセコーポレーションの海外トップ大進学塾Route Hと共同で開催した「ハーバード大生、東大生と高校生の交流会」の様子を伝える。交流会を経て、進路に悩む高校生が両大学生と接して感じたこと、主催者側の大学生らが発見した東大・ハーバード大それぞれの良さ、さらには日本での海外大学受験事情なども取材した。

 

(取材・武沙佑美 撮影・高橋祐貴)

 

 交流会は国立オリンピック記念青少年総合センターの一会議室で開かれた。開始30分前から高校生やハーバード大生が現れ始め、それぞれHCAPにより指定されたグループのテーブルに着席。グループは七つで、それぞれ高校生6~8人と大学生2~3人で構成されていた。交流会はすべて英語で行われるとのことで、始まる前から初対面にも関わらず早くも参加者間で英語での交流が始まっており、会場はにぎやかだった。

 

2大学の校風が浮き彫りに

 

 開会式ではRoute H責任者の尾澤章浩さん、HCAP代表、ハーバード大生の代表からそれぞれ、開会のあいさつと各所属団体の概要説明があった。ジョークも交えた話しぶりに、ところどころ笑い声が上がっていた。

 

 和やかな雰囲気の中、アイスブレイクへ。参加者は各グループで、Big Chicken, Small Kitchenというゲームに挑戦した。手を動かしながらBig ChickenまたはSmall Kitchenと言っていき、動作と言った言葉が合っているかを競うゲームだ。ルールは簡単だが二つの言葉を注意深く聞き発音しなければならず、英語のネイティブスピーカーであるハーバード大生も苦労していたよう。時々どこかのグループでどっと笑いが起きたり、落胆の声が上がったりと、大盛り上がりだった。

 

 

 一通り打ち解けた後で、交流会のメインイベントであるディスカッションに先立つ、大学紹介があった。各大学から3人が、それぞれ5分程度のプレゼンテーションを行った。プレゼンテーションの内容は、授業、学習支援システムや施設、課外活動の三つ。東大に関しては、フランス語のインテンシブ授業や論文の執筆の仕方を学ぶ初年次ゼミナール、図書館や英語力向上をサポートする駒場ライターズスタジオ、部活・サークル活動やインターン・留学についての説明があり、HCAP運営委員の実感に基づいた東大での学生生活が描き出されていた。ハーバード大に関しては、近くの病院と連携して行われる薬学の授業や一つのテーマを徹底的に掘り下げるExpository Writing Class、研究室での研修制度や学生同士で勉強を教え合うPeer Tutoring制度、長期休みを利用した研究活動やクラブ活動の紹介があった。プレゼンテーションで各大学の校風や特徴が浮き彫りになるとともに、高校生にとっても大学での学びというものが想像できる内容だったようだ。

 

 

 紹介が済んだ後は高校生からの質疑応答の時間が設けられた。やはり学生生活に関する質問が多く、勉強の大変さや1日の流れ、プレゼンテーションで紹介された授業や制度の詳細についての質問に、両大学の学生から応答があった。また、進学先を国内か海外か迷う過程で留学制度への関心が高まるからか、「東大から(編集部注:ハーバード大の留学生受け入れ制度であるVisiting Undergraduate Student Programを利用して)ハーバード大学に留学するのと実際にハーバード大学に通うのでは違いはあるか」「ハーバード大学に来る留学生数やハーバード大学から留学する学生数はどれくらいか」といった質問も。海外大学進学の代替案として留学が見据えられていることは明らかだった。大学教育の質を向上させる上で留学制度の充実はカギとなるのかもしれないと感じた。

 

 

描き出された、一人一人の将来

 

 交流会のメインイベントとも言うべきグループディスカッションの一つ目のお題は、進路選択の体験談。なぜ東大生は東大への進学を選び、ハーバード大生はハーバード大への進学を選んだのか。この時間は七つあるグループのうち、一つのグループの話し合いを傍聴させてもらった。

 

 現在文科Ⅰ類で法学や国際関係学に興味をもつ一人の東大生は、高校が学問の基礎的な知識を身に付ける場であったのに対し大学は学問の本質的な部分を追究する場だと考え、学問の専門的な内容を学ぶ際は母国語を用いたかったという。これに対し、化学生物学や社会学に関心をもつハーバード大生は、ハーバード大学に行けば何を専攻するにしろ良質な教育が得られるということを理由に挙げた。

 

 大学生側が志望動機を語った後は、グループ内の7人の高校生からの自由な質問を受ける時間に突入。両大学を対比した質問が目立ち、例えば「もし東大とハーバード大で同じ科目名の授業があったら、その内容はどれほど違うのか」という質問が出た。これに対し、内容自体の差はあまりなく、クラスメートや教授が違うために相違点がでてくるだろうと両大学の学生は回答。東大生は「結局は自分がどのような姿勢で授業に臨むかが重要」という見解を示していた。

 

 

 また東大生からは「大学の所在地」が2大学の違いを理解するポイントとして、数回話し合いの中で挙がった。「東京は日本の首都で政治や経済の中心であるため、東大生はキャンパス外でインターンやアルバイトを経験する機会があり、多くの社会経験を積むことができる。一方ハーバード大は学生街であるボストンにあり、キャンパス内の短期集中講座や研究室での実習などを通しさまざまなことを経験できるようになっている」といった説明に、高校生たちも興味深そうに耳を傾けていた。

 

 

 休憩を挟んで行われた二つ目のグループディスカッションは、参加者全員が各グループ内で自らの将来像について話すというもの。学校の先生、国際的に活躍する獣医や起業家、世界銀行の職員といった具体的なものから、ビジネスや建築に興味があるといった抽象的なものまで、十人十色の将来像が語られた。

 

 あるグループでは、高校生が「なれるか分からないけれど」と前置きをした上で語りだすと、隣に座っていたハーバード大生が「You can. (きっとなれるよ)」と大きくうなずいていた。自分の将来について悩む高校生を励まし、その背中を押す真摯(しんし)な姿勢が表れていた。

 

 第二部のディスカッションで一人のハーバード大生が複数回示した見方に、夢を実現させるにあたり「人間関係が重要」というものがあった。「自分が求めるものは分かっていても、どうやって手に入れるかは分からないことがある。その時、共通の関心を持っている人や似たような活動をしている人とつながっていることは大切。そうした人たちは必ず存在するし助けたいとも思っているから、自分の夢をかなえるための『資源』となり得る。あとは自分次第で、自分が彼らにアプローチしなければいけない」。こう話すハーバード大生も、日本で学びインターンしたいという夢を、教授の意外なツテと、そのツテの迅速な行動と好意のおかげで、短時間で実現できたという経験が。高校生らに対し「私たちも、これからはあなたたち(高校生)の『資源』だよ」と、心強い言葉を掛けていた。

 

大学選びの羅針盤に

 

 ディスカッション終了後は自由歓談の時間に突入。ディスカッションの熱が冷めなかったのか、この時間も話し声が絶えることはなかった。高校生の参加者たちの中には、別のグループにいた大学生に声をかけるといった積極的な姿勢を見せている人が多かった。また、高校生同士で話し込む様子も見受けられ、海外か日本かという進路に悩む仲間との交流も深まったようだ。

 

 3時間半に及ぶ会も濃密だったためか、あっという間に幕を閉じた。高校生にとっては、大学という、概念としては身近だが存在としては遠いものを少しでも実感できたひとときとなったことであろう。

 

 

 交流会終了後、参加した高校生にプログラムを終えての感想を聞いた。はるばる京都から参加したという春から高校2年生の女子生徒は、米国の大学も進路の視野に入れていたため今回参加したという。自身が通う高校からはあまり海外大に行く人はいないが、自分のやりたいことを追求できる場所として、リベラルアーツ教育を行っているハーバード大学のような米国の大学に引かれた。イベントを終えて、「参加前は東大とハーバード大、どちらも勉強のイメージしかなかったが、どちらの大学でも学生は皆、勉強だけじゃなく課外活動にも積極的に取り組んでおり、輝いて見えた」と語った。

 

 春から神奈川の名門私立高校の3年生になるというAさんは、もともと東大に行き官僚になってほしいと両親からも期待されていた。しかし、シリコンバレーで行われた研修プログラムに参加し、道はいろいろあると悟ったという。プログラミングや経済など、興味の幅が広いAさんにとって、多様な分野に手を出せる米国の大学は魅力的に映った。その上、自分が今までしてきたことを見て、総合的に人間を評価してくれる米国の大学の入試システムの方が、試験の点数だけで評価される日本の入試よりも自分に合っていると感じたそうだ。イベントを終えて、「どちらの大学も、中で学ぶ人々がそれぞれ自分が関心のある学問を追究しているという点では同じ。違っていると感じたのは、どちらかというと専門的なことを学んでいるのが東大で、勉強する環境が整っているのがハーバード大であるというところでしょうか」。将来は政治経済の分野で強みを持つ米国の総合大学に進みたいという。「東大も今のところ併願するつもりでいますが、もっと米国大の出願プロセスが進んで切羽詰まってきたらどうするかは分かりません」とはにかんだ。

 

東大にも寮が欲しい 比べてわかる東大の良い点、悪い点

 

 

 交流を経て見えてきた二つの大学の良い点、改善点はどのようなものか。交流会終了後、参加したハーバード大生とHCAP代表の寺田彩人さん(文Ⅲ・2年)にそれぞれ話を聞いた。

 

 まず、東大が見習うべきハーバード大の良い点として両者とも寮の存在を挙げた。「ハーバード大生の学習への高い意欲やさまざまな問題意識、行動力は日常とキャンパスが完全に一致した環境にあるからこそなせるのではないか」と寺田さんは分析する。「東大にもハーバード大学のような、同級生や先輩と寝食を共にしつつ皆で勉学に励んで学んだ内容を共有したり、社会問題について議論したりする、というような環境を作るべきだと感じました」。ハーバード大生も「家族がキャンパスにいるようなもの」と、寮制が生む緊密な人間関係を強調した。その他の東大の改善点として、東大生側から留学生の数を増やすという点も挙がった。「ハーバード大生と話していると、『私の家では』『私の周りには』と一人一人の個別のバックグラウンドに即した話が多く、生徒それぞれに多様性があった」と寺田さんは振り返る。さまざまなバックグラウンドを持つ学生を受け入れることで、意見交換する土台が多様化し、充実した議論につながることを示唆した。さらに「愛校心が育っていない点も改善すべき」。ハーバード大生はハーバード大を褒めちぎるということはないが、自分の大学を愛していることが伝わったという。「自分が大学からどんな利益を得ており、それを自分がどう還元していくかという点に対する意識の強さが感じられました」。そのためにハーバード大では、社会的に成功した卒業生が教えに来たり、寄付金が大学に集まったりするのかもしれない。「愛校心によって大学と社会を結ぶ良いサイクルが生まれるのではないかと思います」

 

 では、東大の方が優れていると感じた点は何か。ここでも両者が共通して挙げた点に東大の立地がある。ハーバード大生は「日本の政治・社会・経済的中心地である東京に通う東大生が、キャンパスを抜け出し都内でインターンや職業体験をすることができるのは良い」と話す。夏などの長期休みに縛られず、通年でインターンできるという点も魅力的と感じたそうだ。寺田さんも「ボストンは学生街で、正直ビジネスなどの中心地からは距離があるが、東京には日本・世界の名だたる企業が集中している。東大は授業の拘束もあまりないため、東大生は大学以外の環境で学びを深めることが可能」だという。一方もう一つ、東大の良い点として寺田さんから授業料の安さが指摘された。東大の学費がハーバード大学の10分の1以下であることを伝えると、ハーバード大生はほぼ全員驚きを示したという。「日本の最高峰の教授から授業を安価で受けられるという点でも東大は優れています」

 

海外大学で学ぶという選択肢を与えたい

 

 

 海外トップ大進学塾Route Hの運営責任者の尾澤章浩さんは、Route Hに応募してくる海外トップ大学志望者はここ数年で倍増したと話す。留学する人の数も同様だ。その理由の一つは「海外大学に進学した人たちが日本各地で留学イベントを開くようになり、都心を離れた地方の高校生も海外大学を志すきっかけができたこと」だという。海外大学で学ぶための奨学金制度が種類・金額とも充実し始めてきたことも大きい。「高校の段階では進路が決まらない人も多い。米国大学のダブルメジャー制度やリベラルアーツ教育は、日本の学部教育より選択肢が多く、考え方や価値観も広がります」

 

 Route Hに通う高校生の特徴を聞くと、半数は帰国生、半数は海外在住経験のない「純ジャパ」だという。TOEFLやSATなどの試験や課外活動、受賞歴で秀でた人が多いそうだ。17年度までの生徒67人のうち、40人がハーバード・イェール・プリンストン・スタンフォード・MITに進学。国内大学との併願者は約半数おり「日本の大学も併願したいという子も多いのです」

 

 ただ迷っても最後は自分に合った進路を選ぶのが一番。「Route Hでは海外大学に絶対に行った方が良いなどと指導することはありません」。例えば医者になりたいと決まっているならば国内大学の医学部に進学するという選択肢も十分あり得る。また、日本の大学に入学したとしても学士編入学や大学院進学で海外へ渡ることもできるので、国内大学に進学したとしても海外で学ぶチャンスは残っている。「海外大学は学生の多様性が刺激になるし視野も広がるからお勧めではあるけれど、海外のトップ大学が全てではありません」

 

 Route Hが海外大学受験のサポートを始めたのは2008年。日本の高校生が、海外大学に行く良さを知らず、海外で勉強するということが将来の選択肢に入っていなかったことを残念に思ったという。「海外大学で学ぶという選択肢を与えたいし、行きたいと思うなら行けるようにしてあげたい」。その思いは、今回の交流会でも十二分に表れていた。

 

※次回は東大と米国トップ大を比較する著書を出した東大教授に、東大がこれから進むべき道を聞きます。次回掲載予定は5月14日です。

 

【蹴られる東大】

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学生目線で比べる東大と米国トップ大

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