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2016年6月20日

「ヘルスケアを日常に」山本雄士氏の語る理想的な医療のあり方とは? 五月祭 医学部企画イベントレポート

  今年で89回目となる*五月祭が5月14日(土)15日(日)の2日間本郷キャンパスにて開催された。様々な企画がとり行われ、模擬店やステージパフォーマンスで盛り上がる中、年代問わず人気を集めた企画がある。東京大学医学部五月祭企画だ。東大医学部では毎年4年生が中心となり、五月祭にて様々な企画を行っている。2016年度の医学部企画全体のテーマは「情熱医学」。最先端の医療展示や手術などの体験企画、健康について考える講演会、医師と考える症例検討会など様々な企画が行われ、来場者数は2日間でのべ1万人を超えた。

 

*五月祭:毎年5月に本郷・弥生キャンパスで開催され、今回で89回を数える伝統ある学園祭。

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 5月15日、医学部本館にて”理想の医療とは?”というテーマで特別講演会が開かれた。登壇者は一般社団法人アスリートソサエティ代表理事の為末大氏、東京大学医学部医学科OBの山本雄士氏、フリーアナウンサーで東大医学部健康科学・看護学科(当時)OGの膳場貴子氏の3人。前半は為末大氏、山本雄士氏の講演、後半は膳場貴子氏と司会者を交えての対談形式で進められた。

 山本氏は東京大学医学部を卒業後、同付属病院、都立病院などで循環器内科、救急医療などに従事した。臨床医として働いた後、Harvard Business SchoolでMBAを取得した異色の経歴の持ち主だ。現在、株式会社ミナケア代表取締役、ソニーコンピュータサイエンス研究所リサーチャー、厚生労働省参与を兼任する山本氏が、これからの理想的な医療のあり方について語った。

(文・久野美菜子 撮影・石井達也、久野美菜子)

 

ifの医療からwhenの医療へ

 

 人が病院へ行くのはどういう時だろうか?体調が悪い時や怪我をした時、あるいは年に一度の健康診断かもしれない。「医者には何年もお世話になっていない」という言葉からもわかるように、医療は健康な人には縁遠いものと思われがちだ。”医療は病気になってはじめて関わるもの―”、山本氏はこの社会通念を転換しようと試みる。

 「かつては病院へ行くことの延長には手術や入院があり、病院へ行く事自体が一大事だった。医療技術が発展し、健康リスクを予測しやすくなったいま、もしも(if)病気にかかったら治療するのではなく、いつ(when)病気にかかる可能性があるのかを知るために診てもらう事が大事」と語る。病気を治すだけでなく未然に防ぐ医療へと、技術の進展ともに医療のもつ意味が少しずつシフトしてきたようだ。

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リスクが読める時代における互助の医療

 

 病気を未然に防ぐには、健康リスクを読むだけでなく減らすことも重要だ。健康リスクを軽減させる際には、医者と患者という一対一の医療だけでなく社会全体を巻き込んだ医療が大切になるという。たとえば禁煙治療をする際、1人で禁煙に取り組むより、仲間と共に取り組む方が成功確率は圧倒的に高い。リスクが高まる前に対処する、そのためには家族や同僚、友人を巻き込み、互いに助け合う互助の概念がひとりひとりに求められる。

 とはいえ、病気を完全に防ぐことは難しい。これからは病気を抱えたまま生きていく時代でもある。しかし一度大病をすると、社会復帰が難しいというのが現状だ。「治療が一旦終わって社会生活に戻ろうとするガン患者さんは、しばしば就労問題にぶつかる。これは医療だけの問題ではなく国全体の社会問題でもある」と語る。無病息災でなくとも、”一病息災”、”二病息災”と病気を抱えながらも生きていける受け皿は今後ますます必要になりそうだ。

 

医療費は、コストから投資へ

 

 病気になる前に病院へ行ったり生活習慣を改善したりすることで、健康を維持し、治療費を抑える。こういったコンセプトの医療は投資型医療とよばれる。健康への投資としての医療だ。いつ起こるわからない災害への備えとして防災用品の準備や避難経路の確認を行うように、健康被害も事前の投資や準備を行うことで最小限に抑えられる。防災や減災と同様、事前の投資が転ばぬ先の杖となる。

 

 昨年6月、厚生労働省の有識者会議において、20年後の2035年を見据えた医療と介護の新しいビジョンとして「2035年、日本は健康先進国へ。 | 保健医療2035」が掲げられた。“人々が世界最高水準の健康、医療を享受でき、安心、満足、納得を得ることができる持続可能な保険医療システムの構築し、我が国及び世界の反映に貢献する”ことを目標に定めているが、そもそも健康とはどういったことを指すのだろうか。「健康の定義は様々あるが、私の考える健康とは、人がポジティブに社会と関われる状況である」と語る山本氏。病気の有無だけでなく、精神状態や居場所となるコミュニティの存在などによって社会との関わり方は変わってくる。ポジティブに社会に関われる状況づくりが健康づくりに繋がるという。

 

 高い医療技術を誇る日本、しかし先端技術に自身の健康を一任した他力本願の思想では健康先進国を冠したビジョンも空疎なものになるだろう。少子高齢化や人口減少が進むいまこそ健康や医療について改めて考えたい。

 

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