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2016年6月19日

「人はどこまで生きれば幸せか」為末氏の語る医療と幸福とは? 五月祭 医学部企画イベントレポート

 今年で89回目となる*五月祭が5月14日(土)15日(日)の2日間本郷キャンパスにて開催された。様々な企画がとり行われ、模擬店やステージパフォーマンスで盛り上がる中、年代問わず人気を集めた企画がある。東京大学医学部五月祭企画だ。東大医学部では毎年4年生が中心となり、五月祭にて様々な企画を行っている。2016年度の医学部企画全体のテーマは「情熱医学」。最先端の医療展示や手術などの体験企画、健康について考える講演会、医師と考える症例検討会など様々な企画が行われ、来場者数は2日間でのべ1万人を超えた。

 

*五月祭:毎年5月に本郷・弥生キャンパスで開催され、今回で89回を数える伝統ある学園祭。

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 5月15日、医学部本館にて”理想の医療とは?”というテーマで特別講演会が開かれた。登壇者は一般社団法人アスリートソサエティ代表理事の為末大氏、株式会社ミナケア代表取締役で東大医学部OBの山本雄士氏、フリーアナウンサーで東大医学部健康科学・看護学科(当時)OGの膳場貴子氏の3人。前半は為末大氏、山本雄士氏の講演、後半は膳場貴子氏と司会者を交えての対談形式で進められた。

 

 男子400mハードルの日本記録保持者であり、世界選手権銅メダリストである為末氏はアスリートならではの視点と自らの多岐にわたる活動から得た経験をもとに医療とは何か問いかけた。

(文・久野美菜子 撮影・石井達也、久野美菜子)

 

障害ってなんだろう?為末氏が義足アスリートをサポートする中で感じること

 

 為末氏は講演の冒頭、走り幅跳びに臨む選手の映像を流した。選手の名はMarkus Rehm。ドイツの陸上選手だ。彼は2015年のある世界大会/IPC陸上世界選手権という障害者の陸上大会で、男子走り幅跳びで8m40cmという輝かしい記録を打ち立てた。これは2012年のロンドン五輪・金メダリストの記録である8m31cmを超えるものだが、彼がリオオリンピックに出ることは難しい状況になっている。というのも、彼の右足の膝から下は義足であり、義足が記録を伸ばす上で有利に働くのではないかという疑問が沸き起こってくるのだ。

 

 為末氏は株式会社Xiborg(サイボーグ、東京都渋谷区)で義足を使って走る指導をしており、現在は3名の選手をサポートしている。

 「私は選手時代に左膝を痛めておりまっすぐ降りられないのでいつも斜めに降りている。膝のない彼らは義足を使って難なく階段をおりるが自分は不自由さを感じる。階段を降りる行為に関しては私のほうが障害を持っているのではないか」と語る。「障害があるとはどういうことなのか」。義足アスリートと接する中で考えさせられることの1つだという。

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健康と健常の定義

 

 Markus Rehmの話に戻ると、実はこうした議論は過去にも巻き起こったことがある。「射撃の選手がメガネを掛けることはフェアといえるのか。選手の力を器具によってサポートすることはある種のドーピングのようなものではないか」と物議を醸したのだ。もちろん現在はアスリートがメガネやコンタクトで視力を矯正することは認められている。ここから、当時と現在とのメガネに対する感覚の違いが垣間見える。

 「私たちはサイボーグ化されている」と為末氏は言う。「私たちは日々何らかの道具に頼りながら生活している。たとえば記憶しきれないものをノートに書いたりスマホにメモしたりして記憶をアウトソーシングするように、道具がないと日常生活もままならない人は多い。健常とは何か、人間本来の体とは何か、義足を作っていると感じる」

 健康という言葉も健常同様に定義が難しい。「健康と不健康といった一見相反する状態も実はグラデーションの濃淡であり互いにいったりきたりする。そこに予防医療のテーマが隠されているのではないか」と為末氏は語る。健康でなくなる様々な要因は健康な状態のときにもひそんでいるからだ。常に健康と不健康を行き来する私たちに、医療はどこまで関わりを持つのだろうか?

 

医療のできる範囲

 

 医療は、生身の人間を対象にした営みであるがゆえに医療のできる範囲や医療の責任を一般化することは難しい。「アスリートは、競技の上でのコンディションを保ち、さらに向上させていく必要がある。たとえ足を痛めてお医者さんに休むよう促されたとしても、大会の前は休むことは出来ない」と、選手時代を振りかえり、ひとりひとりの状況と医療が入りこむ範囲はバランスをとりながら折り合いをつけていくのではないかと語った。


 また、医師は単に運動を勧めるだけではなく、患者が過去に経験のあるスポーツを聞き、地域のクラブやチームを紹介するといいのではないかと提案した。「スポーツは楽しむための運動。仲間もいるし喜びもあるから継続率が圧倒的に高い」という。楽しむことで、健康増進以外の効用も期待できそうだ。

 

医療と幸福「人はどこまで生きれば幸せか」

 為末氏がスポーツ親善大使を務めているブータンは幸せの国と名高い。国民の多くが自分は幸せであると答える国の平均寿命は67.89歳(2012年 the world bank)と日本の平均寿命を15歳ほど下回る。日本ほど医療が発達していないブータンは、自宅で臨終を迎える人が圧倒的に多いという。

 「幸福と、いつまで生きるのかという問題は、タブーに近い議論かもしれないが関係があるのではないか」また「自分の人生で、何ができていれば幸せで、何ができなくなると幸せでなくなるのか。幸福度を高めるために医療はどのような貢献ができるのか」と参加者に問いかけた。

 為末氏が好きな話に、次のようなものがある。「(糖尿病患者にとっての敵である)おはぎを1日1個食べる幸せ、おはぎを1週間に1個と我慢して健康的に生きていく幸せ、この両者の境目に予防医療はあるのかもしれない」。自分の欲求をある程度抑えつつ、その中でバランスをとり医療の力をうまく借りながら幸福を維持していくことが大事だと為末氏は語る。

 


 
 医療技術の発展とともに人間の寿命は驚くべき伸張を遂げた。かつて不治の病と呼ばれた病気も治るようになり、医療は人々の幸福を高めることに貢献してきたと言えるだろう。しかし、その一方で先進国は長く生きることが幸せなのかどうかというセンシティブな問題を考える局面に差し掛かっている。医療は基本的に寿命をのばす方向に発展する一方で、倫理的な問題も含めて考えていかないといけない時代がくる。高齢化が進む日本こそ、先陣切ってこうした問題に取り組むべきかもしれない。

 

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