COLUMN 2019年7月13日

さらなる「タフでグローバル」を求めて【MIT博士課程への進学】

 はじめまして。米マサチューセッツ工科大学(MIT)化学科の博士課程3年目に在学中の田主陽と申します。私は2014年に理学部化学科、2016年に理学系研究科化学専攻の修士課程を卒業した後、MITの大学院の博士課程に入学しました。今回は大学院特集号への寄稿ということで、私の日米両方の大学院での経験について書かせていただこうと思います。(寄稿)

 

MITのシンボル的建物の「Great Dome」

 

■ 今に繋がっている東大院での経験

 

 日本に所属を残す短期留学や交換留学とは違って、私のMITへの留学は入学から卒業まで現地の学生と同じ条件で過ごし、最終的に博士号の取得を目標とするもので「学位留学」と呼ばれます。

 

 この進路について他人に話すとしばしば「東大の大学院に不満があったから留学したの?」という質問を受けます。実際は、全くそんなことはありません。学部4年生の時から3年間所属した研究室は、今思い返しても素晴らしい環境でした。

 

 私の専門は無機化学で、現在までのプロジェクトは全て目的の機能(スイッチ、蛍光、触媒など、テーマによって異なります)が先にあり、その機能を実現するために最適な分子の構造を発案し、その分子を実際に合成した後に目的の機能が実現できたかを測定によって確かめる、という流れの研究です。研究室配属まで私は学術論文などほとんど読んだこともなく、モチベーションに溢れているとは言い難い学生でした。研究内容への興味よりも「研究室の雰囲気が良さそう」「論文執筆や海外学会など色々な経験ができそう」「それほど厳しくなさそう」といった点を考慮し、あまり純粋ではない動機で研究室を選んだのを覚えています。しかし幸運としか言えませんが、研究室に入って「新しい物質を自分で創り出せる」という化学の最も面白い側面に触れることができ、本当の意味で化学を好きになれたように思います。助教の先生に様々な実験操作を教えてもらいながら、どうすれば成功するかを議論する毎日が楽しくて仕方ありませんでした。

 

 初めての研究経験というのは、その後のキャリア選択に非常に大きく影響すると思います。何カ月も上手く行かなかった実験を試行錯誤の末に乗り越えたこと、筆頭著者で書いた論文が学術誌にアクセプトされたこと、海外学会で発表して他の研究者からテーマの面白さを認めてもらえたこと…。数えるときりがありませんが、研究が楽しいと思える経験を東大では本当に多く積むことができました。アカデミアの世界を志望するようになったのもこの頃ですし、何よりも一流の研究者と接することで研究者という生き方に惹かれるようになりました。

 

 これらの過程の中で、実験・論文執筆・研究発表の全てにおいて一から丁寧な指導を受けられたのも印象的です。学部での専門科目の教育や研究室での初期教育については日本の方が遥かに充実している、という考えは留学後の現在も変わりません。アメリカでは研究室主催者(PI)の他に講師や助教といったスタッフがいないのが一般的で、実験の指導などはポスドクや高学年の大学院生に任されることが多いためです。

 

東大時代に行かせてもらったDenver開催のACS(アメリカ化学会) meetingにて、ACSのマスコットキャラのMoleと

 

■ より成長できる場所を求めて

 

 こう書くと、そこまで良い環境を捨ててなぜ留学したのかと疑問に感じる方も多いと思います。もちろん、そのまま東大の同じ研究室で博士課程に進もうと考えたことも何度もありますし、その選択が間違いでないのも分かっていました。奨学金ももらえそうだし、博士課程の間に留学もできそうだし(東大の大学院の短期留学プログラムは非常に充実しています)、同じ環境・テーマで3年間集中できれば研究成果も安定して出せるだろうと思いました。

 

 ただ一方で、進学後の姿が明確にイメージできてしまい、3年後にアカデミックガウンを着て博士号を授与されている自分に何の疑いも抱かなかったのです。そこで初めて、このままだと修士課程の延長という感覚で終えてしまうかもしれないという不安を覚えました。自分に厳しい人には無縁の悩みかもしれませんが、私は生活に変化が少ないと切迫感が薄れてしまうタイプで、同じペースで成長し続けられる自信がありません。果たして、研究者のキャリアで「修行の時期」と位置づけられる博士課程がそれで良いのだろうか?より新しく、厳しい環境に身を置いて挑戦しないといけないのではないか?そんな疑問が徐々に膨らんでゆきました。

 

 そうして辿り着いたのが、海外、特にアメリカの大学院に進学するという道です。日本との最も大きな違いとしてよく挙げられるのは、アメリカの博士課程の学生のほとんどは大学または研究室に雇われ、学費全額と生活費の保証を約束されるという点でしょう。しかし裏を返せば、当然この好待遇に見合うだけの成果を要求されることを意味し、入学前も入学後も激しい競争を強いられます。そんなアメリカのトップスクールなら、東大以上に自分は成長できるのではないか──期待と憧れの混じった気持ちで、私は訪れたこともない街の大学院の門を叩きました。出願準備はハードでしたが、このようなポジティブな気持ちが決断の理由だったからこそ乗り越えられたと思います。

 

取材を基に東京大学新聞社が作成

 

■ MITの競争的環境で研究に没頭

 

 そして、MITでは期待を遥かに凌駕する経験が待っていました。洗練されたカリキュラムと研究設備、高いモチベーションを持った同僚が揃い、セミナーでは毎週のように超有名化学者が講演に訪れます。特にアメリカの大学院の講義は充実しているとは渡米前から聞いていましたが、単に内容が濃い、課題が多いというだけではなく、非常に工夫して教えられているのを感じました。教授の評価において授業も大きな部分を占めること、教授自身も優秀な学生を見抜いて雇いたいこと、TAの大学院生はそれによって学費と生活費を賄われるため相当な仕事量になること、などがプラスに働いているように思います。

 

MIT化学科に設置された周期表のオブジェ

 

 一方でシビアさもあり、面白い研究には共同研究の誘いが次々と舞い込む一方で、つまらない研究は見向きもされません。給料を出して雇われていることもあり、大学院生でもある程度独立した研究者として扱われるため、成長するもしないも自分次第です。5年目を越えても卒業の見通しが一向に立たない人や、大学院の途中で研究室を出ていくことになった人もこれまでに見てきました。また、自分のキャリア向上を第一に考えるばかりなため競争がとにかく激しく、共用器具の使用を巡りトラブルは尽きませんし、研究室内でアイデアを盗まれそうになったこともあります。1年目はコースワークに加えて教授に雇ってもらうためのアピールが必要、2年目はQualifying Exam(2回落ちると退学が決まる口頭の試験)があり、3年目からは研究成果をさらに求められるため、常に何かしらのプレッシャーは感じている印象です。

 

 それでも、私が博士課程に求めていたものは確かにそこにありました。化学研究のレベル自体で日本がアメリカより劣ると思ったことは一度もありませんが、若手研究者が自分の研究室を持ちやすい傾向(私の指導教官も30代です)もあってか、活気とスピード感は段違いです。印象深かったのは私の研究テーマで大きなブレイクスルーがあった時で、指導教官はデータを報告した翌日には学科内の別の教授に話してフィードバックをもらっていましたし、翌週にはオハイオの研究グループに電話をかけて共同研究をスタートさせていました。徹底的な実力主義をとっている分、競争に生き残れさえすれば本当に素晴らしい研究環境で、充実した毎日を送れています。

 

MITのマスコットキャラのTim the Beaverと

 

■ 学位留学の意義とは?

 

 ただ、個人的には留学して変わったと感じたのは研究環境だけではありませんでした。最近は大学院留学説明会などの活動に関わっていることもあり「短期留学や交換留学にない学位留学の価値は?」という質問をよく投げかけられます。人によって答えは違うものの、学生に給料が出ることや研究環境の違いを答えとする方が多い印象ですが、果たしてそれだけなのでしょうか。

 

 私の場合「留学して良かった」と心から思えるまでに実は2年近くかかりました。特に辛かったのは留学開始から半年後の冬です。最初の学期は出会うもの全てが新鮮で本当に楽しかったものの、それを過ぎた頃に慣れない研究テーマ・研究室の文化の中で実験が思うように進まず、英語も上達している実感も湧かず、順調に見える周りとの競争に勝てる気もせず、ボストンの寒さもあって精神的にかなり落ち込んだ時期がありました。自分は何をしにここに来たんだろう、海外の研究環境を体験するだけなら短期留学やポスドクの期間でも良かった、もう日本に帰って就職しよう、などと、今では考えられないくらいネガティブな気持ちになったこともあります。

 

雪が積もるキャンパスは美しいものの、本当に寒い

 

 「もう一日だけ頑張ってみよう」と思っている間に、 支えてくれた人達がいたおかげもあって状況が好転し乗り越えることができましたが、私にとってはおそらく一生忘れられない体験です。恥ずかしいことですが、それまで築き上げた自信が脆いものだったことも、自分が精神的にとても弱い人間だったことも、ここで初めて知りました。そして、その後似たような難題にぶつかる度に、辛かった時期を乗り越えたこの経験が支えになってくれているのを感じます。同じ留学でも、帰る場所も時期も決まっていれば、結果が出ない時期に精神的に追い込まれることも、それを乗り越えようと必死で努力することもなかったでしょう。自らに挑戦を課し、それを乗り越えることによって得られる成長こそ、「日本からのお客さん」ではない対等な環境に飛び込んで長期間勝負する学位留学の最大の意義だというのが私の意見です。

 

 加えて思うのは、留学という体験を客観的に捉えるためには、ある程度の期間が必要だろうということです。私は留学当初、アメリカの大学院のシステムは本当に合理的で、日本はどうしてこうならないのだろうと思ったこともありました。しかし一見効率的に見える制度でも、実際には大きな負担をかけているのが問題になっていたり、形骸化していたり、時には日本の方式を取り入れればいいのにと思うことさえあります。そしてその中には、外から見たり説明を受けたりだけではなく、実際に近くで体験しないと理解できない点もたくさんありました。長期間滞在することで留学先の良い面と悪い面の両方を経験し、徐々にフラットな視点を持つことができるのも学位留学のもう1つの魅力だと思います。

 

 もちろん、この先私がスムーズに博士号を取得できる保証はないですし、留学がその後のキャリアに良い影響を与えるとも限りません。それでも学位留学やMITへの進学という選択自体を後悔することはないだろうと思えるほど、得たものは本当に多いです。ちなみに、先日のイチロー選手の引退会見で少し近いニュアンスのことをインタビューのへの回答で語られていて感動しました。とても説得力があり素敵な言葉だったので、観ていない方はぜひ。

 

大学から見えるボストンの街とチャールズ川の景色

 

■ 在学生へのメッセージ

 

 最後に在学生の皆さんへメッセージを。日米の大学院について、私はどちらが優れているとも思っていません。むしろ「どちらが上か」といった短絡的な答えを求めなくなることが学位留学の一番の収穫かもしれません。徹底した実力主義のアメリカの大学院は自分の力を試したい人には最高の場所だと感じますが、落ち着いた環境で腰を据えて研究した方が力を発揮できる人というのも確実にいます。考慮すべきは、自分が大学院に何を求めているか、自分に何が合っているかでしょう。ただし、アメリカの大学院に向いているかを決めるのは英語力や海外経験ではなく、競争や挑戦を楽しめる気持ちがあるかだというのが私の意見です。そしてこれは、東大を受験した皆さんには既に備わっているマインドではないでしょうか?

 

MITとハーバード大学があるボストンには日本人が多く、特に東大出身者の同窓会は毎回50人以上が集まるほどです (Greater Boston UTokyo Alumni Clubより許可を得て掲載)

 

***

田主さんも登壇する7月21日の大学院留学説明会について、以下のページでイベント情報を掲載しています。

海外大学院留学説明会@東京大学「知は国境を越える」2019年7月21日

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