INTERVIEW / PROFESSOR 2019年12月18日

独自の考察力を武器に 外国人研究員が語る日本

 外国の地に降り立ったときに問題になるのは単なることばの差異だけではない。ことばの違いの裏に潜む文化や歴史などの背景を全て含んだ「ことばの壁」が立ち表れてくる。このような「壁」を乗り越えたことばの研究者は、どのように日本を俯瞰するのか。言語学者・日本語学者のナロック・ハイコ教授(東北大学)に話を聞いた。(取材・撮影 山中亮人)

 

ナロック・ハイコ教授(東北大学)02年総合文化研究科博士課程修了。Ph.D.(哲学)、博士(学術)。北海道大学助教授などを経て、17年より現職。

 

日本の「ガラパゴス化」への危惧

 

  現在の研究内容について教えてください

 名詞や動詞などの内容語が助詞などの機能語に変わっていく「文法化」や、話し手の判断や認識を表す「モダリティ」が主な研究対象です。日本語をはじめ、通言語的に研究しています。最近は本の執筆依頼に追われていますが、いつかは日本語の総括的な文法書を執筆するのが夢です。日本語も現代日本語だけでなく、現代から上代日本語の活用へさかのぼって調べる通時的な研究などもしていました。

 

  研究の難しさは

 先行研究を批判的に見て問題を見つけることですね。例えば「モダリティが面白い」だけでは良い研究にはつながりません。多くのデータと向き合う必要があるので根気も要ります。

 

 他には、成果を世間に知らせることも課題です。理系の研究では実際のデータを明示することが成果につながりますが、人文系の研究はそうではありません。人文系の研究の価値は、データに依拠した上での考察力や発想力にあると思います。そのため、独自の考察力をうまく表現するための書く能力が必須となります。

 

  「独自の考察力」とはどのようにして育まれるのでしょうか

 私はたまたま外国人で日本語学に興味を持ちましたが、外国人としての立場を利用して一歩引いた言語学の視点から日本語を分析することは独自の視点として有利に働いています。人は元々誰しもセンスを持っていると思います。自分が直感的に引かれている手法や視点を信じ続けること。それにより価値のあるものを打ち出せるし、独自性にもなってくると思います。

 

  タイムズ・ハイアー・エデュケーション(THE)世界大学ランキングでは日本の大学の国際性の低さが指摘されています。これについてどのように感じますか

 実感としては、東大や東北大を含め大学では先鋭的に留学生を受け入れているように感じます。むしろ国際性が低いのは日本社会全体で、これが根源になっているのでしょう。社会全体で英語が通用していないのに、大学という狭い空間で積極的に英語を使おうとする乖離にも疑問を抱きます。

 

 学生には積極的に留学を経験してほしいですね。価値観が相対化されて、自国の理解につながります。国際理解をしようとする意志があるかだけでも大きく変わると思います。

 

  現在、日本では大学入試の試験方法の変化を巡って議論が起こっています。そもそも、大学入試の在り方がドイツと日本では異なりますが、そういった観点から日本の大学入試についてどのように考えますか

 入試の在り方を考えるには、どのような教育を行いたいかを考える必要があります。覚えることを重視する日本の学校教育は「説明書型社会」を形成します。これはスムーズに物事を進めることや、産業の完成度を高めることには実用的ですが、型破りな人を生むことは少ないでしょう。国内だけで完成して海外では通用しません。

 

 私は日本の人文学の「ガラパゴス化」を危惧しています。国内の学会システムの完成度は高いですが、広い視野で見たときの発想力が欠けているため、評価が低いものとなっています。世界の競争にさらされていないのも問題です。

 

 英語民間試験利用について、私たち外国人教員は賛成でした。TOEFLなどの世界的基準に合わせることで国際社会に参入することができるからです。結果的に公平性などの観点から実施は延期されましたが。

 

 

理性的な問題解決を

 

  世界的にますます実学が重視される社会へと向かっているように感じますが、人文系の研究者としてどのように考えますか

 人文系に限らず実学を重視する方向に向かうのは間違っています。多くの科学的知見は基礎研究を踏まえ手探りの中で見つかったものです。そのため基礎研究は軽視されてはなりません。

 

 人文系の学問は直接の応用は見られませんが、社会にもたらす成果は不可欠なものです。既存の考えを客観的、批判的に分析し、理論的に思考すること。この手法は他分野の問題にも応用できる一般的なものです。この思考力を理解しないまま、実用的な成果だけを見る社会を心配しています。

 

  グローバル化に伴い今後日本でもより多くの文化的あつれきが生まれていくと思いますが、そのような将来にどのように立ち向かっていくべきでしょうか

 唐突なグローバル化は社会にとってストレスになり得るため、避けるべきでしょう。一方で、自国主義に陥るのも他国との不和を生むだけなので良くない。非常に難しい問題です。

 

 日本は教育に関わる二つの問題を抱えていると思います。一つ目は、少子化。日本では教育の経済的・労力的負担が特に大きく、これが少子化の一因になっているのだと思います。二つ目は、隣国の中での孤立です。日本を見ていると、周囲の国の実情をよく理解していないのに非難する傾向があるように思います。学校教育段階で歴史的な経緯から生まれた日本に対する感情を含めて隣国への理解を深めることが日本のためになると感じています。日本には感情的にならずに問題解決を図れる「理性の島」であってほしいですね。


この記事は2019年12月10日号から転載したものです。本紙では他にもオリジナルの記事を公開しています。

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