INTERVIEW / FEATURE 2016年3月10日

「所得格差を教育の壁にしない」ゴールドマン副会長 10年越しの大学づくり

1994年ゴールドマンサックス入社後、2000年に日本オフィスで女性初のパートナーへ昇格したキャシー松井氏。これまでに証券アナリストランキング首位 (Institutional Investor 日本株式投資戦略部門)を数度獲得し、昨年1月同社副会長に就任した同氏は、証券の本業と並行して10年以上前からとある学校をつくる活動を手伝ってきた人物でもある。

 

バングラデシュの海港都市チッタゴンにある“Asian University for Woman(以下AUW)”。アジア・中東域の女学生から大卒者のいない家庭出身者を優遇して受入れる大学だ。

 

日本では「雇用における性差間格差を解消することでGDP15%増加が可能だ」と主張するウーマノミクス提唱者として、過去にTEDやカンファレンスに登壇してきた松井氏だが、AUWという教育事業では何を課題とし、如何なる変化をその先に見据えているのか。創設から携わり、自身も夫のコール氏とともに寄付を続けてきた同氏に、その理由を尋ねた。

 

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(キャシー松井氏)

 

―――どのようにしてAUWを創められたのですか。

 

 ハーバードの後輩からのメールがきっかけでした。大学時代面識はなかったのですが、共通の友達経由で連絡が来ました。もう10年以上前、まだ全くのアイデアだけだった段階で、

 

“女性の高等教育が進めば、もっと持続可能に、世界の問題を解決できるんじゃないかな。アジアのどこかで、色んな国々の、色んなバックグラウンド、色んな宗教、色んな言語の人たち、女性たちを集めて未だアジア地域に無いリベラルアーツの大学を設立したい。僕を手伝ってくれないか。”

 

 そんな夢を後輩のカマル・アーマッドが語ってくれました。もしよかったら協力してくれないか、という依頼だったんですね。

 

 当時私はウーマノミクスの研究や女性のエンパワーメントについて調査していて、特に日本の国内、先進国のことについて分析してきたのですが、同時にインドや中国のような途上国へも頻繁に足を運んでいました。すると現地で“そもそも何で私がこういう生活をしていて、この人たちがこういう生活をしているのか”と考えてしまう。そしてその違いはたまたま運がいい、悪いというだけだったので。

 

 結局ここで貧困に苦しんでいる人たちを、このスパイラルから脱却させるためには教育しかないと思いました。ただ、どういう風に教育をするか、自分の手で実行できるか、私の頭の中にはアイデアがなかったところで。そんな時にたまたま連絡が入ったという感じでした。

 

 正直なところ仕事は忙しいし子どもはいるし、暇はありませんでした。でも、もしできることがあったらお手伝いしますと答え、日本でAUWのビジョンに共感してくれる人達と、小さなコミッティを立ち上げたのがはじまりでした。

 

―――教育に主眼を置かれている理由は何でしょうか。貧しいのだから“学校よりも雇用を”とはAUWの保護者からも問われるところです。

 

 もちろん、経済の発展も重要。ただ雇用はいきなり出てくるものではなく、様々な方策のなかでのアクションが必要な中で、私は女子教育が重要だと考えています。

 

―――なぜ「女子」教育なのですか。男性にとっては逆差別になりえます。

 

 発展途上国では女子教育の“波及効果”が非常に高いからです。同じ金額を男性と女性に教育投資するとして、5年後・10年後・20年後というスパンで見たときにどちらが多くのリターンをもたらすかというと、圧倒的に女性が高い。このことはほとんどどの国でも同じですが「自分が価値を理解して子どもにも教育を受けさせるようになる」「教育を受けた女性が母親となったときに、自身の健康を維持し、家族計画を立てるようになる、ビジネスへの知識を得ることでそれまでできなかった選択をできる」など様々な形で影響することが論文分析、研究からのエビデンスにより根拠づけられています。

 

 特に人口がその国のリソースに対して多すぎる途上国では、女性への教育のレベルが上がるほど出生率が下がる傾向も観測されます。この様に、次世代にかけて女性教育がおよぼすインパクトから重要と考えられます。

 

 当然これは万能薬ではないけれども、ベースとして、社会全体の教育レベルが向上するほど人がスキルをつけられる、そのスキルを使って社会に出る。社会に出た後に所得が増えれば支出がうまれて企業の利益にも繋がるので好循環になりえます。ですから女性の教育を進めれば持続的発展、平和、健康などに繋がります。

 

―――それを、キャシーさんがする理由はありますか。

 

 きっと親に似たからですね。私の両親は奈良県からアメリカへ移住し、高校しか両方出ていませんでした。父は農家で、移住してから私を含む兄弟4人を育てました。何もないところからアメリカに移住したわけなので、とにかく子供の生活が自分の生活がより良くなるために、教育をしてチャンスを得てほしい、という典型的な移民の人の夢を持っていました。

 

 別に両親は、名門大学に行きなさいとは全然言っていなかったけれど、たまたま運があり、4人兄弟みんなハーバード大学に行けました。子どもにいい教育を与えられたので、次の世代への夢、自分のつくりたい夢を実現できた。すべてが教育のおかげでは当然ないですが、かなり教育の貢献が大きかった。そんな、教育を大切にしていた父の教えは、私に染みついて今の行動へ反映されていると思います。

 

―――つまり教育を人の自立、よりよい生活、そして夢を実現させるために必要な要素のひとつと捉えていらっしゃるということでしょうか。

 

 そうですね。さらに教育機関の中でAUWの何がスペシャルか述べるとすると、多様な国籍、宗教、経済的な格差、言語を包含するからこそ“国と国よりも人と人の関係”を紡ぐ素地となりうる、という意味でものすごく重要だと考えています。ムスリム、カトリック教徒、仏教徒をひとつの部屋にいれる寮のシステムでも具体的な形としているところです。

 

 だから、いまはAUWに日本の学生はいないですが、将来もっとAUWの学生に日本のことも知ってほしい。それで毎年AUWの学生を日本へ連れてきています。逆に日本の学生、社会も、AUWの人たちを知ること自体もすごく価値があることだと思っています。

 

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(キャシー松井氏 アジア女子大学メンバーミーティングにて)

 

 

 私がやっていることは大したことではないです、でも経済的な理由、所得の壁があり大学にいけない沢山の子たちにもAUWという選択肢を提供してチャンスを与えたい。そして一人一人が持っている夢をもう少し実現できるようになったらと思うから、そのちょっとした手伝いをしているという感じです。

 

―――ありがとうございました。

 

 松井氏の同窓、カマル・アーマッド氏による思いつきからはじまったというアジア女子大学。2000年発案から今年で16年目を迎え、日本では日立製作所・三井物産・東芝・ユニクロをはじめとする企業による奨学金や、個人サポーターに支えられながら、現在までに380名超が卒業し、就職および進学をしたことが報告されている(同大学ホームページ及び年次報告書より)。なお、同大学は今月東京の赤坂六本木にてファンドレイジングイベントの開催を予定している。

 

(取材・文・写真 北原梨津子)

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