INTERVIEW / PROFESSOR 2019年7月4日

【東大教員と考える日本の問題】日本経済の未来 鍵は家計に

 「日本経済の未来について、私自身はそれほど悲観していません」。そう語るのは宮尾龍蔵教授(経済学研究科)だ。「日本企業の収益力は上がっていますし、技術を時代の要請に応じて生かす力は十分にあると思います」

 1991年にバブル経済が崩壊して以降、日本は「失われた20年」と呼ばれる長い不景気の時代に突入した。そこで行われていたのは「バブル期に膨らませ過ぎた設備や投資、借り入れなどの『過剰』を縮小する作業」だと宮尾教授は言う。バブル期は企業の収益力や財務状況も良く、不動産価格の高騰や銀行による貸し出し、投資が正当化されやすかった。しかし、バブルが崩壊すると銀行などの貸し出しは不良債権に。その処理は05年ごろまで続いた。

 

 この処理を経て、バブル崩壊以前の90年代初頭には年率約4%あった潜在成長力は現在、約1%まで低下した。日本経済の競争力や地位は低下したように見える。しかし宮尾教授は「日本企業の収益力は上がっている」と語る。「日本企業は、日本だけでなく世界中で収益を上げるようになっています。経常黒字を計上し、日本が海外に持つ対外純資産は世界で最も多くなっているんです」

 

 一方、企業が海外などで上げた収益を労働者や株主に還元しない、いわゆる内部留保の問題もある。これを強制的に吐き出させるべきという議論もあるが、宮尾教授はそれに反対する。「企業は研究開発に投資するなど、独自の成長戦略を通じて日本経済のパイを増やしてくれて」おり、それが労働所得や配当として労働者にも分配されていく。あくまで、規制のない自由な競争がその活動を支えると宮尾教授は考える。

 

 経済の成長力を高める重要な要素には労働、技術革新などもある。労働人口は少子高齢化もあり減少傾向だが、女性や高齢者などの寄与度を上げることで成長力低下を食い止める取り組みが行われている。技術革新は「失われた20年の間も日本企業が努力してきた」分野だという。

 このように、確かに企業部門については、日本企業の未来は暗くないように見える。一方で日本経済の大きな問題点と考えられるのが、家計部門の慎重さだ。企業業績の好調さとは対照的に、家計の消費支出の伸びは小さい。「伝統的な終身雇用の仕組みが壊れつつあって賃金が上がらず『100年安心の制度設計』とはいわれながらも年金などの社会保障にも希望を見いだせない。そのため、多くの人が将来を見通せていないのが実情です」

 

 賃金上昇が抑えられている背景には、経済学で構成効果と呼ばれる非正規労働者が増加したこと、そしてIT技術などの安い資本が労働者を代替してきたことがある。特に若年層でそれが顕著になっており、宮尾教授は子育て世代への給付などを政策によって行っていくべきだと考える。「短期的には財政赤字になるかもしれませんが、将来につながる支出は必要だと考えます」

 

 さらに、宮尾教授は今後広がっていくであろう格差についても指摘する。それは、資産からの所得を得られる人と得られない人、つまり株式などの投資を行っている人と労働所得だけで生活する人の格差だ。企業の収益力は高い一方で労働所得は伸び悩んでおり、配当という形で前者の恩恵を受ける人はより所得を得られることになる。多くの人が恩恵を受けられるように「普通の人でも投資を行って資産形成できる仕組みや環境づくりがもっと必要」だという。(衛藤健)

企業の売上に占める利益の比率は近年改善が続く一方で、労働者に支払われる賃金に当たる現金給与総額は伸び悩みが続いている。(出典:法人企業統計、毎月勤労統計、データは宮尾教授提供)

 「東大教員と考える日本の問題」は、令和という新たな時代を迎えた日本が抱えるさまざまな社会問題について、東大教員に話を聞く新連載です。

宮尾龍蔵教授(経済学研究科)

 94年ハーバード大学大学院修了。Ph.D.(経済学)。神戸大学教授などを経て、15年より現職。10〜15年には日本銀行政策委員会審議委員を務めた。

 


この記事は2019年6月25日号からの転載です。本紙では他にもオリジナル記事を公開しています。

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