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2014年7月29日

在米ジャーナリスト菅谷明子氏が語る、「図書館がつくる知の未来」とは?

グローバル化が進む中、東京大学が知を育成する場であり続けるために、それを支える大学図書館が果たす役割とは何か?東京大学の図書館は、どのように変わるべきか?

東京大学附属図書館は、「図書館がつくる知の未来」をテーマに、現在進行中の新図書館計画に関連するトークイベントをシリーズで開催している。7月4日に開催された通算8回目のイベント「未来をつくる大学図書館~東大の新しい学びの可能性」では、『未来をつくる図書館―ニューヨークからの報告―』(岩波新書、2003年)の著者で、本学出身の在米ジャーナリスト・菅谷明子氏が、公共図書館がもつ機能の多様性を手掛かりにこれからの大学図書館のあるべき姿について講演した。

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DSC_0344_14410637719_d875cca30b_b.jpg 「図書館を色に例えると何色か?」

あなたなら、何色をイメージするだろうか。グレー?白?茶色?…

菅谷氏のこの問いかけで始まった本講演は、図書館の機能を問いなおすことを主題として行われた。図書館には、実は「本を借りる」以上の、さまざまな機能がある。こうした機能の多様性を、主にアメリカの公共図書館の事例を使って示しつつ、大学図書館の意義を再考する。

アメリカの公共図書館の持つ役割

アメリカではインターネットの急速な普及を背景に、2000年くらいから図書館不要説が数多くみられた。しかし、過去10年間公共図書館の利用者数は増加を続け、2010年には図書貸出数が過去最大となった。アメリカにおける公共図書館は、どのような役割を期待されているのだろうか。

菅谷氏は公共図書館の事例として、ニューヨーク公共図書館を取り上げる。公共図書館の意義は、何よりも「みんなのため」という点にある。「情報は民主主義の通貨である」とは、トマス・ジェファーソンの言葉だが、まさに民主主義を支える上で最も重要な「情報」を広く市民に提供するところに、公共図書館の存在意義がある。

そして菅谷氏は、ニューヨーク公共図書館が提供するサービスは、決して「本の貸し出し」だけではないと強調する。

古くは、情報を得るための基本的なリテラシー、つまり「読み書き」の講座が開かれていた。そして今では、リテラシーの意味を現代にあわせて広く捉え、起業支援やデジタル技術の教育も実施されている。NYPL TechConnect Classesでは、メールマガジン・Facebook・Twitter・LinkedInの使い方、ウェブページのデザイン、ビジネスのためのデータベース活用など、80種類以上のクラスがあり、デジタルデバイドの解消にむけた取り組みが進んでいる。さらに最近では、上級者向けには、本格的なプログラミングの講座まで用意され、9月からは、ポータブルWi-Fiの無料貸し出しも予定している。

リテラシー向上にとどまらず、職業能力強化の支援も盛んだ。無職の状態からでも、個人の「才能」を活かして自立することが推奨されている。たとえば、ある男性は、毎日図書館に来て調べ物をしているうちに、自分が競馬に詳しいことに気がついた。彼は競馬に関する情報をまとめたメールマガジンを始めることを思いつく。菅谷氏は、図書館の情報を勝手に使ってビジネスを始めることは「どうなのか」と感じ、図書館担当者に尋ねてみた。すると、スタッフからは思いもよらない答えが返ってきた。

「それは素晴らしい。公共図書館の使命は、市民の自立を促すことなのだから」。

個人の「才能」を発見し、伸ばし、生活に活かすためのサポートを重視していることがわかる。

図書館には「研究者・作家センター」もある。研究者や作家にとっては、図書館を利用しても、閉館時には毎回資料を返却しなければならないジレンマがあるが、ここでは、長期プロジェクトに関わる人達が、継続して資料を使い、個人オフィスも与えられる一年間のフェロー制度がある。図書館で存分に作業してもらう代わりに、市民向けの講演等で話しをすることで、知を広く還元するという、両者にとってメリットのある制度だ。最近では教師向けの同様のプログラムも始まっている。

さらに、ニューヨーク公共図書館は、ネット時代だからこそ、本だけでなく物理空間を活かしたイベントも提供している。LIVE from the NYPLは、ニューヨーク公共図書館で実施されるプログラムだ。過去には、村上春樹、ウンベルト・エーコなど、名だたる著名人のトークイベントやディスカッションが開かれている。一般25ドル、フレンド会員15ドルという価格でチケット販売を行い、かなりの人気を誇るという。

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菅谷氏は、ジュリアーニ元ニューヨーク市長の「図書館の建設や運営には、莫大な資金がかかる。しかし、図書館が市民や社会にもたらすものは、投資をはるかに上回る」という言葉を紹介した。医療情報を充実させれば、早期予防で医療費の節約につながる。起業や就業支援を充実させれば、社会保障の節約につながる。公共図書館は、決して「知識を貸し出す」だけではないのだ。

こうした機能を持つアメリカの公共図書館では、司書に期待される役割が極めて大きいと指摘する。本を貸すだけなく、広く市民と交流し、ニーズを掘り起こし、先取りしたサービスを展開することが求められるからだ。したがって、アメリカの公共図書館は、アウトリーチをかなり意識しているという。「人が来ない」で諦めずに、「人が来るように工夫しよう」という前向きな意識が働いている。例えば、夕方6時くらいに開始する親子イベントでは、ピザを提供するなど、利用者が参加しやすくしていると話す。「日本でも、図書館に関わる人は、発想を柔軟にして、クリエイティブな企画を考えてほしい」と期待を込めた。

「読書」とは、いったい何か?

ここまで公共図書館の意義を述べてきた菅谷氏は、次に「読書」に関しての問いかけをする。

「そもそも本を読むとはどういうことか?」

菅谷氏は、よくある誤解として、読書の意義は決して書かれた「知識をそのまま得る」ことだけではないと強調する。

菅谷氏はある日、3年生のお嬢さんの学校の先生から、

「娘さんは本の読み方知らない」

と衝撃的な言葉を聞く。もちろん、娘が読書好きと思っていた菅谷氏は、その真意を尋ねる。すると、その先生は次のように答えたという。

「娘さんは、自分が共感できる主人公、設定、感情を中心に本を読んでいる。そうではなくて、本は、自分と全く異なる考えや感情、体験したこともない状況を通して、本を読んだ前後で本人が成長するためのものです。」

この一件があって以来、菅谷氏は読書の意義を考え直したと述べる。先生が言うように、「自分と異なる考えに触れること」が、何よりも重要なのだ。

娘さんの学校では、キンダーガーテンで、「事実と意見の峻別」を学び、小学校では読書の感想や作文もクラスでお互いを批評しあうという。立場を変え、また、複数の人と話すことで、多様なフィードバックをもらい、多角的な見方の訓練を積んでいるのだ。こうした文化が下地になっているからか、アメリカでは読書好きの層も厚い。ボストンでは、年に一度ボストンブックフェスティバルというイベントがあり、市民が一冊の同じ本を読むイベントも開かれるという。

一方で、ソーシャルメディア時代となった今日においては、「自分と異なる考えに触れること」には、従来と違った難しさがあると指摘する。また、従来のマスメディア中心の社会とは異なり、情報に対する我々の反応が、メディアのあり方を直接、大きく影響するようになっている。「私たちが賢ければ、社会には有益な情報が浸透する」し、「舌触りの良い情報だけを求めれば、社会に意義ある情報が流通しにくくなる」と述べる。

大学図書館の持つ役割

菅谷氏は続いて、アメリカにおける大学図書館について、ハーバード大学ワイドナー記念図書館を事例に紹介する。アメリカの大学は、学生に対して「とにかく勉強させる」ということで、相当量の課題図書が出される。そうした背景もあってか、図書館ではデジタルの特性を活用した、効率重視のサービスが行われているという。

例えば、「Scan & Deliver」というサービスでは、本の一割までをスキャンしたファイルをメールで受け取ることができる。また、デジタル情報や、データベース等もかなり充実している。一方で、物理空間を活かしたユニークなサービスの例としては、本の返却ボックスを紹介する。ボックスには通常のものと「Awesome」(すごくよかった)と書かれたものふたつが用意されている。「Awesome」に返却された本は、人気の本として投票され、人気ランキングが作成される。ウェブ時代と言え、わざわざサイトに行くのは面倒だ。そこで、物理的な仕組みも重視しているのだという。

awesome-box.jpg(http://librarylab.law.harvard.edu/blog/awesome-box/ より)

大学図書館の最大の特徴は、「重層的な学びを提供できる点だ」と、菅谷氏は主張する。学びは、教室以外の場でも生まれているからだ。そうした中で、図書館はカリキュラムや成績にとらわれない自由で多様なコミュニティが共存する場になると述べる。

以上、ここまで見てきたようなアメリカの図書館の事例を踏まえて、最後に菅谷氏は東大の新図書館への期待を寄せる。東大の行動シナリオ FOERST2015にあるように、「グローバルでタフ」なリーダーを育てるためは、大学入学前まで受験勉強で忙しく、社会的な学びや経験の積み重ねが十分とは言えない学生達に対して、そのギャップを埋めていく必要があると指摘する。

特に日本の学生が強化すべきは、「多様性の受容」「共感する力「多角的思考」があげるられる。例えばアメリカの子供達の多くは、小学校時代から異なる価値観を尊重することや、社会に貢献するため実際に行動することなどを段階的に学ぶが、東大生がいきなりリーダーを目指せと言われても難しい。

図書館というゆるやかで柔軟性に富む学びの場の特性を活かし、学生が興味を持ちつつ、学べるプログラムを上手く組む事ができれば、大学を学問の場だけでなく、人間として尊敬される学生を育成することも可能になる。その場として、図書館は大きな役割を果たすのではないかと期待を込める。

DSC_0381_14617237403_809c06fac2_b.jpg菅谷氏は冒頭で、こう語っていた。

「今日の話によって、図書館のイメージが、グレーから黄色くらいになったらいい」

図書館は、無機質に本を貸し出すだけではない。多様なコミュニティを支援し、新しい「知」を生み出す可能性を秘めている。

(文・荒川拓 写真提供・東京大学附属図書館 新図書館計画推進室)

菅谷明子(すがや・あきこ)

在米ジャーナリスト。ハーバード大学ニーマンジャーナリズム財団役員。米ニュース雑誌『Newsweek』日本版スタッフ、経済産業研究所『RIETI』研究員等を歴任。2011年−12年、ハーバード大学ニーマンフェロー(特別研究員)として、ソーシャルメディア時代のジャーナリズムを研究。ニューヨークのコロンビア大学大学院修士課程修了、東京大学大学院博士課程満期退学。主著に「未来をつくる図書館」「メディア・リテラシー」近刊予定に「ジャーナリズム・イノベーション」(仮題)(全て岩波新書)。

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