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2017年6月3日

過労死をなくすため、再考するべき5つの論点…東大五月祭シンポジウムレポート

 5月21日(日)、東京大学新聞社は東京大学五月祭にてシンポジウム「『新しい働き方』を考える」を開催した。

東大・五月祭で高橋まつりさんの母親と弁護士が講演 東大新聞主催シンポジウム

 

 

 同シンポジウムでは、若い世代に、一昨年12月に東大OGの高橋まつりさんが過労死したことを“自分ごと”として捉えてもらう目的のもと、弁護士・フリーランス・経営者の様々な視点から過労死をなくすために必要なことについて議論された。この記事では、東大新聞オンラインOGの社会人の視点から、シンポジウム内容をレポートする。

 

高度経済成長期から続く日本の過労死 「海外にもない」特殊な実態

 

 第1部では高橋まつりさんの遺族代理人を務める弁護士・川人博氏が講演を行った。そもそもの過労死の定義から解説したうえで、過労死をめぐる歴史的経緯に触れた。「高度経済成長と同時期に“働く人々の突然死”が問題となり、やがて過労死という言葉が普及しはじめた。改善のために国会で過労死防止法(過労死等防止対策推進法)が審議され、制定に至ったものの、依然として深刻な状況が続く」

 

 現在でも年間2000人超、1日およそ6人のペースで、勤務問題が原因で自殺をしている(警察庁生活安全局生活安全企画課平成28年3月18日、『平成27年中における自殺の状況』を参照しつつ)と川人氏は述べ「このような国は海外にはない」と強調した。

 

 続けて、一昨年の電通におけるケースについて、自殺に至るまで高橋まつりさんが置かれた労働環境について詳説した。川人氏は、過労自殺に至るまでに労使協定上70時間が限度とされている残業時間を大幅に超える勤務の実態があった、そして上司による「心無い暴言が吐かれていた」と説明したうえで、このように続けた。

 

 「この会社に特徴的なこととして、懇親会と反省会という名の新人教育が深夜に行われることが挙げられる。会社で月2度ほど飲み会が行われ、その運営について新人が訓練を受ける。ここでは“主任格の人のお好みの料理を把握していなかった”“2時間で足りるほどの料理が用意されていなかった”“余興のクイズがおもしろくなかった”といったことについて注意を受ける。大学を卒業してこのような瑣末な内容について深夜にわたって反省させられるのは気が滅入るでしょう。また、この指導のなかでは “2次会は複数のお店を予約し、予約時は偽名をつかう”など違法行為に近いようなこともさせられていた」

 

問題は、残業時間だけでない。暴言・教育内容含む、総合的見直しを。

 

 川人氏は残業時間の長さのみならず、このような「独特な新人教育」など総合的な状況を含めて今回の過労死発生について考えなければならない、と主張した。また、電通での過労死も高橋まつりさんが初めてではないこと、公表されていないものの、電通以外でも沢山の若者が過労で死んでいることも併せて述べ、過労死が決して珍しいことではないと強調した。

 

 続いて高橋幸美さん(高橋まつりさんの母親)が壇上へ。東京大学新聞社からの、シンポジウム開催に当たって事前に提起された問い“高橋まつりさんの死は他人事か”に対して「私は、娘が亡くなるまで過労自殺は他人事だと思っていました。娘本人にとっても、他人事だったと思います」と答える形で切り出し、高橋まつりさんが特別な事例ではなく、いまも多くの人が苦しんでいる旨を語った。

 

 「娘もそうだったように、東大生にとって、目標に向かって、努力することより、立ち止まること、目標を諦めること、レールから降りること、方向転換することの方が、はるかに強い決意とエネルギーが必要だと思います。しかし、正常な判断ができるうちに、休んでください。そばにそういう人がいたら、どうにかして、会社を休ませる手立てをとってください」と会場の若者へメッセージを送った。

 

講演する川人博弁護士(左)と高橋幸美さん(撮影・児玉祐基)

 

過労死を無くすために、今必要な5つのこと

 

 川人氏は国をあげて問題視されながらも、依然として発生し続けている過労死を食い止めるために必要なことを、5つのポイントにまとめて提言した。

 

1 適切な業務調整、削減、適正な人員配置

 

 最も重要なこととして、業務量の適正化が挙げられた。高橋まつりさんの事例でも、亡くなる三カ月前から部署人員が14人から6人へと大幅な人員削減が行われ、この人手不足は実際には仕事をしていないのにしているかのように装う、不正行為という形でも顕在化されていたと述べられた。川人氏は「業務姿勢と過労死というのは一体のものとして発生したということを指摘しておきたい」と主張した。

 

2 「お客様は神様」の再考

 

 お客様も労働者も人間なのであり、無理な注文・納期・サービスはやめる姿勢に改めることも重要な課題だという。「クライアントファースト、という言葉が電通にはあったが、この概念の行き過ぎにより、仕事を頼まれたら断れないという風に解釈されていたのでは」と川人氏は問い掛けた。

 

 例えば金曜日に、月曜日を期限とした仕事を依頼されたときに土日出勤で対応するなどという実態があったことが、この一例として挙げられ、「多かれ少なかれ、このようなことを行っている会社はあるが、こういうことを改めなければ、日本全体で過労死をなくすことは難しいのではないか」と問題提起した。

 

3 パワハラ・セクハラを生む土壌をなくすこと

 

 前半の講演で、「心無い暴言」も含めて過労死防止を考えるべき、と説いた川人氏。これにつき「上司個人の人格を責めるだけではダメだ。なぜ上司がそういう発言をするのか、そもそも上司自身が疲弊しているのではないか。上司自身が上司の上司からハラスメントを受けていないか。現在の“中間管理職のハラスメント”として捉えることがキーポイントとなる」と説いた。

 

4 過度な精神主義、年次主義を改めること

 

 続いて川人氏は、「電通が典型的であるが、他の会社にも存在しうる」ものとして精神主義と年次主義を挙げ、これらの過度な実践についても警鈴を鳴らした。電通の事例でいえば、同社の“鬼十則”が、働く人々の姿勢や価値観に大きな影響を与えていたのではないか、と述べたうえで、鬼十則に代わる、もっと若い世代の感性を大切にしたポリシーをたててもよいのではないかと提言した。

 

5 第一次予防をふくめた、健康管理の履行

 

 さまざまな具体的取り組みを通じて健康管理の基礎から見直す必要性も訴えられた。

 

 欧米諸国におけるインターバル規制(勤務終了時間から勤務開始時間までの間に一定時間を設けることで勤労者の休息を確保すること)、フランスではすでに具体的な対策が労使間で協議されているという、業務メールをみない権利(Right to Disconnect)などの導入などを、具体的に検討してもよいのではないか、と他国の事例も交えつつ川人氏が提案した。

 第2部では川人弁護士に交え、芦名表参道株式会社CEOの芦名佑介さん、サイボウズ株式会社執行役員事業支援本部長の中根弓佳さん、『脱社畜ブログ』管理人の日野瑛太郎さんの4人でパネルディスカッションが実施された。

 

「“マネジメント”を変えていくことが、働き方改革に必要」

 

 新卒で電通に入社しプルデンシャル生命にて営業所長を務めたのち、ハリウッドで俳優になり、その後起業したという芦名さんは、はじめに自身が海外に出て気づいたという「日本人を不幸にしている」日本社会におけるコミュニケーションの特異性に言及した。

 

 「海外に出てから気付いたことなのですが、日本人って、何でも上下関係で捉えようとする傾向があるなと思います。会話が始まると、まず相手が自分より上か下かを確かめる。互いの能力を測りながら“ステータス”を決めつける。そして『上の人』の言うことを聞かないといけないといった雰囲気があると感じます。これが日本人を不幸にしていると感じています」

 

 さらにこのような“縦”の構造を前提とするコミュニケーションが定着していることに関連して、芦名さん自身の慶應義塾大学やU19日本代表のアメフト部で主将も務めた経験を交えつつ、体育会教育を影響要因の一例に挙げた。「私自身、20数年間、先輩から言われたことを断れない体育会教育を受けてきました。一つでも年次が違ったらボコボコにするような社会にいたんです。そういった教育が、国力という観点で日本を強くした側面もあると思いますが、今はこれを見直す時が来ていると思います」

 

 芦名さんは、日本の働き方を変えるにはどうすればよいか?という質問には “マネジメントを変えていくことが課題”と答えた。

 

 「日本はやりたいことをやることは止められて、やりたくないことをやる人が褒められる社会。いままでは会社でも“いいから働け、黙ってやれ”というマネジメントのスタイルで、有無を言わさず、人を不幸にしたら生産性が上がるというセオリーで考えられてきたと思います。でも、本当は幸せになることと生産性を上げることは両立できるはず。だから自分も“人から生まれる不幸をなくしたい”という想いで起業して、いまその両立に挑んでいるところ」との旨を語った。

 

日本人の仕事観に異議唱えるブログ、月間50万PV集めるように…日野さん

 

 フリーランスでソフトウェアエンジニアとブロガーを兼業している日野さんが、現在の働き方に至った理由は前職の経験からの“消極的”なものだという。

 

 「前職では、休日にも仕事の電話がかかってきて、一秒たりとも仕事のことを忘れられなかった。大手の上場企業で、売上は必達。社員の仕事に対するコミットメントがものすごく要求される環境でした」

 

 そのうち日本人の仕事観や労働環境についておかしいと思いはじめ、ブログを開設したという日野さん。やがてそのブログは月間50万PVを集めるようになり、自身のブログ広告や企業メディア掲載用の原稿執筆、併せてエンジニアの仕事をすることで生計を立てられるようになったのだという。いまでは「どんなに忙しくても、必ず週に40時間以上は稼働しない」というように自分で仕事の量を調整しているそうだ。「東大卒にもこういう働き方をしている人もいるということを知ってもらいたいと思っている」という。

 

 日野さんは「2018年新卒として就活をするなら、どういう基準で会社を選ぶか?」という質問には「若い業界にいくのがいい」と回答。新興産業における企業では、皆数年働いたら辞める前提で働いていて、ホットな領域で経験を積みたいと思っている人が多いという。「そういう会社では、“会社との距離の取り方”がわかるのでよいと思います」と述べられた。

 

離職率28%から4%へ サイボウズ中根氏が変革のための取り組みを紹介

 

 約10年前には28%だった離職率を、さまざまな取り組みを通じて4%に下げたというサイボウズ株式会社。同社の執行役員事業支援本部長の中根弓佳さんは、「副業を可能にする、多様性を受け入れる」など同社が変革のために新たに打ち立て、実践したという制度やポリシーを紹介した。

 

(右から)芦名さん、川人弁護士、中根さん(日野さんは本人希望で写真掲載なし)

 

 パネルディスカッションで設けられた質問「2018年新卒として就活をするなら、どういう基準で何を選ぶか?」に対しては「働いたことがない中で選択するのって大変だと思いますが、企業の理念を社員ひとりひとりが、本当に真剣に実現しようとしているか、仕事を通じて喜びを得られているかどうかをみるといいと思います」とアドバイス。また、これを見極める方法として、年齢の近い社員だけでなく、少し経験を積んだ年の離れた社員にも会ってみることを学生に勧めた。

 

 また、今後就活する学生が、働き方を変えるためにできることは?という設問に対しては「さきほど川人先生が、上司の上司を責めるのはよくないとおっしゃいましたが、それに同感します。何か悪いことがおきている場合、そこには負の連鎖があると思います。上司の、さらに上司は誰なのか。上司の先をたどると社長がいます。その社長も、もしかしたら投資家からハラスメントを受けているかもしれません。行き過ぎた資本主義が徹底されて、利益を上げるプレッシャーに苦しんでいるかもしれません。このような負の連鎖を、誰かが断たないといけないと思います」と述べた。

 

 最後に重要なこととして、中根氏は自分自身が無意識にとらわれている「価値観」という呪縛から解かれることの重要性を説いた。

 

 「例えば私も、働きながら育児をしていたとき、私自身が、あるべき母親像にとらわれて苦しんでいた時期がありました。『母親なら離乳食は手作りにするべき』といったように、知らず知らずのうちに特定の考え方や理想に縛られていたんです。でも、これに必ず従う必要はないし、この価値観から解き放たれたときに、立ち止まることができると思います。世の中が悪いとか、周囲の人のせいにしたりするより、自分自身の価値観を考え直す必要があるときもあるのかもしれないですね」

 

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2017年6月2日23:45【記事修正】見出し「離職率28%から5%へ」を「離職率28%から4%へ」と訂正しました。

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