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2020年3月12日

国際的・学際的に解決策を模索 東大とソウル大が気候変動と公衆衛生の国際シンポジウム開催

 2月17日、本郷キャンパス鉄門記念講堂で気候変動と公衆衛生についての国際シンポジウムが開催された。東京大学とソウル国立大学の戦略的パートナーシップの一環であり、国も学問分野も超えた広範な議論が行われた。

 

 シンポジウムのテーマとなっている気候変動と公衆衛生は、どちらも世界中が協力して取り組むべき喫緊の課題である。日本でも近年、西日本豪雨や台風が大きな被害を生み出し、現在は新型コロナウイルスが猛威を振るっている。これらの脅威を、どのような政策で克服していけばよいだろうか。

 

(取材、撮影・本多史)

 

登壇者・主催者の集合写真

 

登壇者

<司会>

橋本英樹(医学系研究科教授)

<開会挨拶>

白波瀬佐和子(東京大学理事・副学長)

<セッション1>

Ho Kim(ソウル国立大学保健大学院教授)

高村ゆかり(未来ビジョン研究センター教授)

<セッション2>

Jong Ho Hong(ソウル国立大学大学院環境学研究科長)

城山英明(法学政治学研究科教授)

 

 司会を務めたのは橋本英樹教授(医学系研究科)。気候変動と公衆衛生の関係性について触れた後、シンポジウムの目的について話した。現在渦中の問題である新型コロナウイルスも、環境の変化によって引き起こされ動物を介して感染が拡大したものであり、気候変動と関係している。このシンポジウムでは気候変動の解決策を打ち出すことではなく、気候変動の解決策を国や学問分野の境界を越えて模索することが目的だと語った。

 

 続いて、白波瀬佐和子教授(東京大学理事・副学長)による開会挨拶が行われた。東京大学は2014年以降「戦略的パートナーシップ」と称して部局・分野横断的なプロジェクトを支援してきており、このシンポジウムも東京大学とソウル国立大学の戦略的パートナーシップの一環である。世界状況が複雑化する中で我々は難題に直面しており、国際的かつ学際的な取り組みが今まで以上に必要だと訴えた。

 

白波瀬理事・副学長による開会挨拶

 

 シンポジウムの構成はセッション1とセッション2に分かれており、それぞれ2人の登壇者による講演後、オープンディスカッションが設けられている。以下、講演内容について要点をまとめた。

 

<セッション1>解決策の両輪―科学と倫理的な価値観

 

 セッション1では、持続可能な開発の解決策となる政策やテクノロジーの役割をテーマに講演が行われた。Ho Kim教授(ソウル国立大学保健大学院)は、「人新世」という概念に触れ、リスクとその結果の関係性について話した。「人新世」とは、人間が地球に及ぼす影響が大きい時代のことを指す。自然的な要因よりも人為的な要因の方が影響力を持っており、どのようにそれをコントロールするかが大事になる。医療ジャーナルのLancetは現在の生活様式では持続不可能だと訴えており、人類が持続可能な発展のためにすべきことをサイトに簡潔にまとめている。

 

 リスクとその結果の関係性の話では、大気汚染や気温を例に出して説明した。中国、韓国、日本はこの順にPM(粒子状物質)の濃度が高いが、リスクの度合いの順位は逆転する。また、気温と死亡率の関係を見ると、グラフがU字型になっていることがわかる(図1)。このような関係性になるのは、いかに都市がリスクに対して準備しているかという「適応」が重要になるからだ。リスクの度合いが大きくても社会的準備が整っていれば大きな問題ではなく、逆にリスクが小さくても社会的準備が疎かであれば影響を受けやすい。こうした「適応」の問題から、リスクには場所や時間、経済状況などたくさんの要因が関係している。Kim教授は、将来のリスクに備えて、国際的・学際的な研究を進めることが必要だと主張した。

 

(図1)アメリカの都市における気温と死亡リスクの関係。実線が北部都市、点線が南部都市における関係性を示している(出典:FC Curriero et al. American Journal of Epidemiology 2002)

 

 高村ゆかり教授(未来ビジョン研究センター)は、気候変動と健康に対する権利について、公衆衛生の観点から取り上げた。気候変動が健康に対する権利を含む人権の享受に影響を与えているとともに、人権の保護と合致する形で気候変動対策をとる必要に迫られているという。人権ベースのアプローチでは、①人権の実現が政策の主目的、②人権の担い手の能力の構築、③国際的に確立した人権の保障、などが重要になると話す。国際人権規約の一つである社会権規約が規定する、健康に対する権利は、差別なく良質な公衆衛生サービスにアクセスできること、良質な健康の決定要因である良質な水、安全な食料、住居なども保証すること、特に社会的に脆弱な立場にある人々に対して不平等にならないように配慮することなどを求めている。気候変動は健康にとって脅威だが、良い政策を設計することで健康の便益を増しながら気候変動の対策をすることもできるので、地球規模での公衆衛生の増進のチャンスとも言えるようだ。

 

 オープンディスカッション1では、司会の橋本教授とセッション1で講演したKim教授、高村教授がディスカッションを行った。議論の中心となったのは、気候変動の問題で障壁となる因果関係の見えづらさだ。気候変動に関する議論はスケールが大きく複雑なため、特定の原因と結果を結びつけることが難しく、しばしば実りのない議論に思われてしまう。Kim教授は科学的なエビデンスによって因果関係を明確化し、気候変動の対策を訴えていく必要があると主張した。高村教授は科学的なエビデンスの重要性を踏まえた上で、特定の排出が生じさせる気候変動の責任を明確にすることは難しいと指摘。しかし、何らかの行動を取らなければ人権の侵害が起きるという倫理的な価値観を喚起することによって、気候変動対策を強化する集団の行動を促すことができるだろうと述べた。

 

オープンディスカッション1。登壇者は左から、橋本教授、高村教授、Kim教授

 

<セッション2>政策経済モデルで考える日韓の再エネ政策

 

 セッション2では、セッション1で確認した問題に対する具体的な解決策として、再生可能エネルギー(以下、再エネ)について取り上げた。Jong Ho Hong教授(ソウル国立大学大学院環境学研究科長)は、再生可能エネルギー(以下、再エネ)への移行による雇用創出機会について説明。韓国はOECD加盟国の中で最もPM2.5の濃度が高く、原発の密度も高い。さらに、大卒の雇用機会が非常に限られているという問題も抱えている。再エネへの移行政策は、これら二つの問題を解決することができるという。

 

 Hong教授は、韓国において再エネセクターがどれほどの雇用創出につながるか、三つのシナリオに基づいて予測した。再エネへの移行を「普通程度のシナリオ」、「先進的なシナリオ」、「ビジョナリーシナリオ」の三つに分け、「ビジョナリーシナリオ」では2050年に再エネへの移行が完全に行われるという設定にした。もし「ビジョナリーシナリオ」が実現されれば、2050年に再エネセクターの被雇用者数は50万人を超え、2017年の自動車産業の被雇用者数49万人を上回る推計になる。

 

 続いて城山英明教授(法学政治学研究科)は、日本における再エネ政策の歴史的経緯と現状について話した。日本の再エネはPV(太陽光発電)に依存している(図2)が、これには政策の歴史的な経緯が関係している。1990~2004年は、PVへの研究投資が多く、PVが急増した。第1次石油危機がきっかけとなり、PVへの研究投資を促すサンシャイン計画などの政策がとられたためだ。しかし、2005年になるとPVへの導入補助金が停止。一方、再エネ一般に関するRPS法(電気事業者による新エネルギー等の利用に関する特別措置法)が導入され、企業が一定割合を再エネに移行することが求められ、風力発電がPVの割合を一時的に超えた。次の転換点となったのが東日本大震災だ。原発から再エネへの移行が進められた。2012年にはFIT(固定価格買取制度)が導入され、その結果、再エネが急拡大するとともに、PVの比率が高くなった。再エネ受け入れを促すため、2014年以降、政府は電力会社の自由化を推進し、調整機関が生まれた。こうして、FITと電力市場の改革が、再エネ市場に貢献することとなったという。その後、政府はバランスを回復し、洋上風力等を促進する政策もとるようになった。

 

(図2)主要国の風力・太陽光発電の割合。日本は太陽光発電に依存していることがわかる(出典:Renewables Information 2018, International Energy Agency)

 

 オープンディスカッション2では、司会の橋本教授とセッション2で講演したHong教授、城山教授がディスカッションを行った。議論の中心となったのは、エネルギー移行に伴う経済モデルの問題だ。Hong教授は需要側の問題として、韓国における世代間の価値観の相違と地元民の反対について言及した。昔の世代は貧困時代を経験しており再エネへの理解が乏しい一方、若い世代は経済成長を遂げた社会を生きているが雇用率は非常に低い。世代間の公平性を議論する必要がある。地元民の反対については、フェイクニュースの影響もあり、丁寧に説明していく必要があると述べた。

 

 城山教授は日本における供給側の問題を指摘した。電力会社の自由化が進んだものの、既存の電力会社はまだまだ力を持っており、それらが再エネ導入の障害となっているという。関係者側の問題としては、供給側とwin-winになれる関係性の構築の可能性を挙げた。例えば、洋上風力発電の場合漁業者からの反対もあったが、発電設備の設置により魚が集まったり、維持管理のための人の輸送によって仕事が生じたりといったような漁業者にとっても利益があったそうだ。ただ、これはローカルな話であり、マクロレベルでも当てはまるかは定かではない。

 

 また、聴衆からは「イギリスではグリーン・ニューディール政策に対する懸念も出ている。再エネ移行にはインフラ整備が必要であり、その過程で炭素排出などのコストが出るという懸念だ。韓国ではどうか?」という質問が出た。Hong教授は「韓国では再エネ割合が低いためそういった懸念は生じていない。エネルギーを生み出すには社会的コストがつきものだが、いかにコストを最小限に抑えるかが問題であり、再エネに移行することでコストを削減できると考えている」と答えた。

 

オープンディスカッション2。登壇者は左から、橋本教授、城山教授、Hong教授

 

◯取材を終えて

 

 気候変動は、既存の脅威を拡大するものだ。異常気象の頻度と強度を増加させ、社会水準の不平等を押し広げるものである。しかし、公衆衛生の整備や再エネセクターにおける雇用創出など、気候変動をきっかけに現在の脅威を改善するチャンスも生まれる。

 

 日本で台風や新型コロナウイルスの被害が問題になっている中、このようなシンポジウムが開催されたことは非常に意義深いだろう。共通の課題に対して国も学問分野も超えて取り組むことで、新たな交流や発見が生まれる。これもまた、気候変動がもたらしたチャンスと言えるかもしれない。

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