学術

2020年9月2日

【論説空間】ブラック・ライヴズ・マター運動と日本における重層的差別

ロスアンジェルス郡ハモサ・ビーチ市でジョージ・フロイドさんの死に抗議し、拳を突き上げる人びと(2020年6月2日) 出典:Photo/Getty Images 

 

 米ミネソタ州ミネアポリス市で、黒人男性が警察官に拘束された際に亡くなった事件を受けて、米国各地に広まった人種差別に対する大規模な抗議活動。なぜ黒人に対する暴力が繰り返されるのか、そして人種差別の問題について日本に暮らす我々にはどのような態度が求められるのか。米国現代史が専門の土屋和代准教授(東大総合文化研究科)による論考だ。(寄稿)

 

「警察ではなくケアを」

 

 アメリカ史上最大規模と呼ばれる、今日のブラック・ライヴズ・マター(BLM)運動。BLMを突き動かすのは、度重なる警察や自警団の暴力によって、黒人の命が奪われ続けてきたことへの怒りである。2012年2月26日、フロリダ州サンフォードでコンビニエンス・ストアから帰る途中に自警団員によって殺された17歳のトレイボン・マーティンさん。2020年3月13日、ケンタッキー州ルイビルの自宅で就寝中突然押し入ってきた警官に撃たれ亡くなったブレオナ・テイラーさん。2020年5月25日、ミネソタ州ミネアポリス市で、偽札の使用容疑で駆け付けた白人警官に膝で首を地面に押し付けられ、「息ができない」と何度も訴え、「お母さん」と声を絞り出し亡くなったジョージ・フロイドさん。黒人の生命が簡単に奪われてきた/いること  黒人を潜在的な「犯罪者」とみなし、監視・取り締まり、収監する(そして、黒人の命を奪った人びとの犯罪行為を厳正に裁かない)社会のあり方そのもの  を問うているのだ。

 

 トランプ大統領はミネアポリスのデモ隊を「ちんぴらども」と形容し(2020年5月29日)、BLMを「憎しみの象徴」と呼び(7月1日)、司法長官のW・バーは抗議デモが「凶暴な暴徒と無政府主義者」に乗っ取られたため連邦治安要員を抗議行動の場に送り込むことは必要だったと述べた(下院司法委員会の公聴会、7月28日)。しかし、7月28日に公表されたギャラップ調査によれば、アメリカ人の実に3分の2が抗議デモを支持している(①)。黒人たちが一体いつまでこの暴力に耐え続けなければならないのかという問いこそが、人種・エスニシティや国籍、世代を超えて多くの人びとを大規模で長期にわたる抗議行動へと駆り立てている。

 

ニューヨーク市ブルックリン区にあるキャッドマン・プラザで行われた抗議行動の際に掲げられた手書きのプラカード(2020年7月25日) 出典:Photo/Getty Images

 

 今日、アメリカ人は世界人口の5%を占めるにもかかわらず、刑務所や留置所に拘禁されている世界の囚人人口の25%を占める。なぜこのような事態になったのか。この問いに答えるためには、黒人が奴隷制下であらゆる権利を剥奪され重労働を強いられた上、南北戦争後は「黒人取締法」により放浪や労働現場からの離脱、労働契約違反、銃の所持、無礼な態度や行動等を理由に処罰され、「犯罪者」として強制労働に従事させられてきた歴史を理解する必要がある(②)

 

 囚人人口が激増したのは、ジム・クロウと呼ばれる人種隔離制度にメスを入れた1964年公民権法及び1965年投票権法成立以降のことであった(③)。人種・肌の色による差別は過去の遺物となったはずだったが、拡大する刑罰国家の下で黒人や他の有色人種の人びとの市民権は大幅に制限された。一度でも重罪人になれば、雇用や住宅において差別され、投票権や教育の機会、公的扶助が制限され、生涯にわたり「二級市民」として扱われるためである。

 

 BLMは「投資―脱投資(警察・刑務所・刑事司法制度の予算を削減/脱投資し、教育・雇用・住宅・医療・コミュニティに暮らす人びとのために投資する)」や「警察ではなくケアを」というスローガンに示されるように、刑罰国家の拡大とともに福祉国家の後退・解体が進んできたことを問う。そしてその流れの転換を目指す。BLMの共同創設者のひとりであるパトリス・カラーズは、社会の問題に対して、警察を増強することではなく、黒人や他の有色人種の人びとの生活をコミュニティのレベルで支える事業を拡充することで、解決を目指すべきだと訴えた(④)。この「投資―脱投資」や「警察ではなくケアを」という考えは、今日BLMを支える多くの団体によって支持されている(⑤)。BLM運動は黒人や他の周縁に追いやられた人びとの命が幾重にもわたり軽んじられてきたことを俎上に載せ、新しい社会のあり方を模索・提示している。

 

日本における重層的差別

 

 BLMはけっして遠いアメリカで起きた出来事ではない。6月7日に大阪市中心部で行われた行進には1000名以上が参加し、6月14日の東京・渋谷における行進の参加者は約3500人にのぼった。東京における行進の発起人で運営メンバーであるアメリカ出身の大学生シエラ・トッドさんは、2015年にミス・ユニバースの日本代表に選ばれた宮本エリアナさん(黒人の父、日本人の母のもと、長崎で育った)が「日本人らしくない」と批判されたことを例に挙げ、日本に暮らす黒人が〝日本人であること〟を否定される状況こそ、日本でBLMを話題にする理由であると語る(⑥)

 

Black Lives Matter Tokyoの創設者でBLM Tokyo Marchの企画者の一人であるシエラ・トッド(Sierra Todd)さん(2020年6月14日)。Jes Kalled氏撮影。 出典:“Black Lives Matter Forever And Everywhere: A Tokyo March,” Tokyo Weekender, June 15, 2020, https://www.tokyoweekender.com/2020/06/black-lives-matter-tokyo-march/.

 

 BLMは日本における黒人の表象や報道の在り方をあらためて問い直すきっかけにもなった。2017年末には、「ガキの使い!大晦日年越しSP絶対に笑ってはいけないアメリカンポリス24時」(日本テレビ)における「ブラックフェイス(黒塗りメイク)」に対して、国内外で「人種差別的だ」と非難の声があがり署名活動が行われた。また、2019年1月に日清食品が「カップヌードル」のPRで同社所属の大坂なおみ選手を起用しアニメーション動画を作成した際、大坂選手を「白人化」し、批判を受け削除に至ったことは記憶に新しい(⑦)。今年6月7日には日本放送協会(NHK)が放送した国際報道番組『これでわかった!世界のいま』において、Twitterで発信された動画のなかで黒人を筋肉隆々で「暴力的」、「感情的」な存在として描いたことに対して国内外で厳しい批判が寄せられた(この結果、NHKは「お詫び」とともに見逃し配信を停止し、動画投稿を削除し、14日の放送で謝罪した)(⑧)。ここで問題となったのは動画だけではない。警官が抱く黒人への「恐怖」を強調し、黒人を「脅威」として描き(こうしたステレオタイプこそが黒人への暴力を助長してきたことは言うまでもない)、白人警官による黒人の殺人、暴力の問題を正面から取り上げない報道の姿勢こそが問われたのだ。

 

 今から45年前の5月、在日大韓基督教会の招きによって日本を訪れた黒人神学者のジェームズ・H・コーンは、自分が黒人について述べたことは、在日の人びとが置かれた状況と「多くの平行関係」にあると気づかされたと語った(⑨)。BLMについて考えることは、在日の運動の歴史について学び、日本に暮らす「マイノリティ」の人びとから見た日本社会の問題について考えることでもある。民族、国籍、出身地域、性規範、性的指向、性自認、貧困によって「息ができない」思いをさせられている住民の声に耳を傾けることでもある。そうした重層的差別、交差する抑圧を問う考え方―「インターセクショナリティ」と呼ばれる―こそ、BLMの特徴だ。

 

 BLMが問う刑罰国家の拡大と人種主義の関係についても「対岸の火事」では済まされない。出入国在留管理庁の収容施設において収容期間の長期化が問題となり、各地でハンガーストライキが続いた。2019年6月には大村入国管理センターでナイジェリア国籍の男性が餓死する事件が起きた。批判を受けて入管庁が設置した専門部会は、早期に帰国した場合には短期間での再入国を可能にし自発的出国を促す一方で、従わない「送還忌避者」には刑罰を科す、難民申請が認められず二回目以降に申請を行った者の強制送還を可能にする、「仮放免」中に逃亡した外国人への罰則の創設を検討するなどの提言を2020年6月にまとめた(⑩)。これに対して難民や外国籍の住民を支援してきた市民団体や東京弁護士会、日本弁護士連合会などが次々と声明を発表し、異議を唱えている(⑪)。この「改革」は日本に暮らす外国人の権利を保障し生活を支える方向ではなく、「刑罰化と難民申請者の送還というさらなる厳格化」により収容期間の長期化という「問題」解決を目指すものだと弁護士の指宿昭一は指摘する(⑫)

 

 BLMの共同創設者の一人アリシア・ガルザは、アメリカにおいて、国家暴力に晒されてきた黒人が解放されれば、その影響を広範囲に及び、社会全体を変えることになるだろうと語った(⑬)。その「社会」はアメリカだけではない。黒人の命を軽んじてきた社会を変革するために起ち上ることは、日本における重層的差別に向きあうことでもある。

 

土屋 和代(つちや かずよ)准教授(東京大学総合文化研究科) 08年米カリフォルニア大学サンディエゴ校でPh.D.取得(歴史学)。神奈川大学外国語学部准教授を経て16年より現職。

①“Two in Three Americans Support Racial Justice Protests,” Gallup News, July 28, 2020. 
②アンジェラ・デイヴィス、上杉忍訳『監獄ビジネス―グローバリズムと産獄複合体』岩波書店、2008年。
③詳しくは拙論「刑罰国家と『福祉』の解体―『投資―脱投資』が問うもの」『現代思想』臨時増刊号(総特集 ブラック・ライヴズ・マター、2020年9月刊行予定)を参照。
④パトリス・カラーズ、グリスティーナ・ヘザートン(聞き手・文)、酒井隆史・市崎鈴夫(訳)、「#BlackLives Matter運動とグローバルな廃絶に向けてのヴィジョンについて」、http://www.ibunsha.co.jp/contents/blacklivesmatter01/、2020年6月24日接続。
⑤拙論「刑罰国家と『福祉』の解体」。
⑥「『Black Lives Matter Tokyo』デモの主催者が伝えたいこと―『誰もが公平に扱われるのは当たり前』」『ハフポスト日本版』2020年6月14日。
⑦John G. Russell, “Historically, Japan Is No Stranger to Blacks, Nor to Blackface,” Japan Times, April 19, 2015;「『ガキ使』浜田雅功の黒塗りメイク BBCやNYタイムズはどう報じた?」『ハフポスト日本版』2018年1月6日; バイエ・マクニール 「黒塗りメイクは世界では人種差別行為だ」―在日13年の黒人作家が書き下ろした本音」『東洋経済ONLINE』2018年1月17日; 「大坂なおみ選手『私の肌は明らかに褐色』、『次は私に相談して』物議のアニメに反応」『BBC NEWS JAPAN』2019年1月25日。
⑧詳しくは以下を参照。吉原真里「炎上したNHK『抗議デモ特集番組』、何が問題だったのか徹底解説する―『歴史』と『構造』を知る必要性」『現代ビジネス』2020年6月16日;「『黒人よりもアジア人が差別されている』の誤解 日本人に教えたい米国の『制度的人種差別』一橋大学教授・貴堂嘉之先生インタビュー」『文春オンライン』2020年6月23日;「NHKは何を間違ったのか~米黒人差別の本質」特集インタビュー(坂下史子・立命館大学教授、藤永康政・日本女子大教授、矢口祐人・東大教授に聞く)『毎日新聞』2020年6月24~26日。
⑨拙論「『黒人神学』と川崎における在日の市民運動―越境のなかの『コミュニティ』」樋口映美編『流動する〈黒人〉コミュニティ―アメリカ史を問う』彩流社、2012年、173-202頁。
⑩第7次出入国管理政策懇談会「『収容・送還に関する専門部会』報告書 『送還忌避・長期収容問題の解決に向けた提言』」2020年6月。
⑪詳しくはFRJなんみんフォーラムによる以下のHPを参照。http://frj.or.jp/news/organization/frj/4023/、2020年8月14日接続。
⑫指宿昭一「人権無視の恐るべき入管法改正案―『送還忌避罪』まで創設」『世界』第935号(2020年8月)、10-14頁。
⑬Alicia Garza, “A Herstory of the #BlackLivesMatter Movement,” the feminist wire, October 7, 2014, https://thefeministwire.com/2014/10/blacklivesmatter-2/.


この記事は2020年9月1日号から転載したものです。本紙では他にもオリジナルの記事を掲載しています。

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