キャンパスライフ

2020年10月7日

オンライン授業、課外活動制限……大学生の現状が心に与える影響とは

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大防止のため、多くの大学は構内活動を大幅に制限している。慣れないオンライン授業や希薄な人間関係など、学生が置かれたストレス過多な現状はうつ病につながりかねない。実際にオンライン授業期間に実施された秋田大学の調査で、学生のおよそ1割くらいにうつ症状が見られた。うつ病とはどのような精神的不調なのか。学生はこの状況下でどのような不安を抱え、それにどう対処したら良いのか。精神疾患を研究する東大教員と学生相談所の相談員に取材した。

(取材・森永志歩)

 

写真はイメージです

 

「うつ病=心が弱い」は間違い

 

 うつ病は、興味関心の喪失、喜びの喪失、集中力の低下、希死念慮などを症状とする。心の病気と思われがちだが、実際は心理的要因だけでなく「体の働きやシステムも関係する病気」と語るのは滝沢龍准教授(東大教育学研究科)。「心が弱いためになる病気ではありません」。うつ病は「生物・心理・社会モデル」に基づいて理解される病気で、身体状態などの生物学的要因や対人関係などの社会的要因も発症に大きく関わる。生物学的要因に着目すると、うつ病患者には脳神経系や内分泌系、免疫システムの問題が見られる。しかしこれら身体的問題がうつ病の発症要因なのか、うつ病の症状なのかはまだ研究が続いている。またうつ病の初期症状の多くは腹痛や頭痛などの身体症状だ。身体症状に加えて抑うつ気分を感じるようになると重症化に至る。「体の病気だと思っていたらうつ病ということも」と滝沢准教授は語る。

 

 血縁者にうつ病患者が複数いる場合、うつ病になる可能性が高いといわれている。遺伝要因の内容には個人差があるが、うつ病に限らず病気の発症リスクは遺伝するためだ。また脳腫瘍、脳梗塞、頭部外傷などで神経が圧迫された場合や、甲状腺や副腎の病気でホルモン量に異常がある場合も、うつ病を発症するリスクが高くなる。

 

 重度のうつ病の治療では、抗うつ剤と十分な休養を与えて脳や体の働きのバランスを戻す。それに伴って認知の仕方の工夫・改善も行い、うつ病になりにくい認知モデルを構築。投薬終了後の再発を防ぐ。一方、診断閾下の抑うつ状態や軽度のうつ病の場合、あまり薬は使用しないことが原則。心理教育、認知モデルの見直し、適度な運動が重症化の予防法として推奨されている。心理教育とはうつ病について正しい知識を身に付けることで、うつ状態になったらそれを自覚でき、重症化に至らないようにすることが目的だ。

 

 心身は密接に相関しているので、心の健康のためには体の健康が不可欠だ。体の健康を実現するには「質の良い睡眠、適度な運動などが大事」と滝沢准教授。半身浴やヨガ・ストレッチなど自分がリラックスできることを習慣にすると質の良い睡眠を得られる。適度な運動の目安は、少し汗ばむ程度の運動を1回30分以上、週に2〜3回。バランスの良い食事の摂取、過剰な量の飲酒を控えることも大切だ。

 

 

 

遠慮せず学生相談所頼って

 

 うつ病は生物学的要因に加え、心理的要因と社会的要因も発症に大きく関わる。心理的要因としては、几帳面で真面目、完璧主義といった性格が行き過ぎてしまうとうつ病に転じることがある。しかしそのような性格の人が「必ずうつ病になるわけではない」と高野明准教授(東大相談支援研究開発センター)は言う。真面目で几帳面といった性格は、社会生活や対人関係で良い効果を発揮することもある。うつ病になりやすい性格だから直すべきという考えは行き過ぎで「その性格の長所も殺してしまいます」。うつ病に転じやすい性格だという自覚を持ちながら、無理のない範囲で力を発揮する方法を知っておくことが重要だと高野准教授は話す。

 

 社会的要因としてストレスフルな環境が挙げられる。特に劇的な環境の変化があった場合、適応のために多くの労力を使うので精神が摩耗してうつ病を発症することがある。高野准教授が相談員を務める学生相談所でも、新年度が始まって少し経った5月頃に気分の落ち込みを訴える相談が増加する。

 

 本年度はCOVID-19拡大防止のため、授業のオンライン化、サークル活動の制限など学生の環境が大きく変化した。加えて学生だけでなく職員にとっても前例のないことが多かったと高野准教授は振り返る。学生相談所の職員も在宅勤務となり、4月初めから5月まではメールで相談を受け付けた。その後はZoomでの相談に移行し、現在では従来と同程度の予約枠を用意できている。対面でのカウンセリングでは身振りなどの非言語情報から多くのことを読み取る。しかしオンラインでの相談だと画面外の部分は全く見えないため、相談者の話す雰囲気などが分かりづらいという難しさがある。同様に相談員の側も微妙なニュアンスを相談者に伝えにくいので、ゆっくり大きめに話したり表情を豊かにしたりして工夫している。

 

 オンラインでのカウンセリングには対面より劣る点がある一方、相談へのハードルを下げられる利点もあると語る高野准教授。相談室に入るのを見られたくない、待合室で待つのが怖いという学生も少なからずいる。オンラインだから相談できたという声も実際にあった。そのためCOVID-19収束後も、オンライン相談を併用しても良いかもしれないと高野准教授は所感を述べる。

 

 現在の相談内容は、やはりCOVID-19に関するものが多い。COVID-19の流行で生活や人間関係が大きく変わってしまった、将来が心配だというように、感染症そのものよりもそれによる多方面への影響が悩みに結び付いているという印象だ。COVID-19の流行による生活の大きな変化に適応するために活力を使い果たしてしまったとき、うつ病を発症する可能性があると高野准教授は話す。特に現在の大学生活では授業外のコミュニケーションがほとんどそぎ落とされ、人間関係の構築が難しい。そのため雑談や些細なことを喋り合う場を意識して作ることが必要だ。またCOVID-19の流行でアルバイトがなくなり経済的に困窮しているという相談も、多くはないが寄せられている。大学側もそのような学生への支援はしているが、支援が必要な学生にその情報が届いているかと高野准教授は懸念を示す。支援を提供するだけでなく、困っている学生をどのように見つけるのかということも大学側の課題だ。

 

 現在は非常に特殊な状況であり、不安感や精神の摩耗からうつ病になる可能性は誰もが抱えている。そのときはなるべく早く対処するべきだと高野准教授は説く。特に東大生は「人に頼らず自分で頑張ろうとする傾向がある」と指摘。困っているときに助けを上手く借りることも一つの大事な能力だ。「何かあるときは遠慮なく気軽に相談所を使ってほしいです」

 

【関連サイト】

東京大学相談支援研究開発センター

東京大学駒場学生相談所

工学部学生相談室 – 東京大学工学部

 

滝沢 龍(たきざわ りゅう)准教授(東京大学教育学研究科) 10年東京大学医学系研究科博士課程修了。博士(医学)。東京大学医学部附属病院精神神経科助教などを経て、17年より現職。
高野 明(たかの あきら)准教授(東京大学相談支援研究開発センター) 02年東京大学教育学研究科単位取得退学。教育学博士。東京大学学生相談ネットワーク本部准教授などを経て、19年より現職。

 


この記事は2020年9月22日号から転載したものです。本紙では他にもオリジナルの記事を掲載しています。

 

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