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2026年1月15日

「万博学」という知の羅針盤 佐野真由子教授インタビュー

 

 2025年を締めくくる年末特集号。技術の進歩と国際情勢の複雑化が進む中で、私たちはさまざまな問題に直面している。この1年間の知の集積と課題を象徴するものが、大阪・関西万博である。京都大学で「万博学」を提唱する佐野真由子教授は、この問いへの答えを東大教養学部で培われた学際的な知に見出す。本記事では、佐野教授の実務と研究の融合キャリアを軸に、東大の教養主義の視点こそが、大阪・関西万博という巨大な装置を読み解く鍵となることを提言する。情報過多な時代に、東大生が持つべき知への態度とは。(取材・種子田空里、撮影・赤津郁海)

 

クラシックバレエから国際関係論へ 「個」に光を当てる視点

 

──東大教養学部で国際関係論を専攻するに至った経緯を聞かせてください

 

 東大に入学した当初から国際関係論コースを目指していたわけではなく、高校時代は古文の授業が好きでした。特に中世の軍記物に興味があり、文学部に進もうと考えていたのですが、1年生のときに受講した古文を扱う授業が想像よりも面白くなかったんですよね(笑)。そんな中で、山本吉宣先生(東大教養学部教授(当時))が担当された国際関係論の授業が非常に印象に残りました。ある日の授業で、国際社会の中の地域、地域の中の国家、さらにその中心に個人がいる、という同心円を黒板に書かれたんです。国際関係において、国と国の境界を超えていく個人というアクターを重視する視点を教わりました。

 

 実は私は小さい頃からクラシックバレエや音楽を真剣にやっていました。高3の夏までは、本当にバレエの道に進むかもしれないと思っていましたし、音大に入って声楽を専攻し、踊りを生かしてミュージカルの世界で活躍したいなどとも思っていました。勉強も好きだったとはいえ、結局東大への進学を選んでしまい、これで良かったのかという釈然としない気持ちも抱いていたんです。山本先生のお話に惹かれたのはそんなときでした。芸術活動というのは、究極の個人による営みですよね。それまで思いもよらなかった国際関係論という専攻で、子どものころから関わってきた芸術の観点を生かせるのではないか、と感じました。自分を肯定してくれているような気がしたんだと思います。

 

──万博を研究し始めたきっかけは何ですか

 

 国際関係論コースでは、旧来の考え方では別々とされる学問領域を「国際」という切り口でつなぎ、見渡す姿勢を叩き込まれました。授業は厳しかったのですが、自由でしたね。大学じゅうの好きな科目を好きなように受けに行って自分のテーマを構築せよ、みたいな。自分が大切にしている文化の観点と国際関係論をつなげたいというモチベーションを持って頑張っていました。そうした中、後に生涯の恩師となる芳賀徹先生(東大教養学部教授(当時))の比較文学の授業で、岩倉使節団の報告である『米欧回覧実記』を読む機会がありました。これを1行ずつ丁寧に、使節団一行の文化接触の記録として読み込んでいくのです。特に報告書の最後に出てきた1873年のウィーン万博が面白くて。『米欧回覧実記』に関連して自由に学期末のレポートを書きなさいという課題が出され、この部分について書いたのが、私の万博研究の始まりです。それを発展させたものが卒業論文になりました。明治維新後に初めて日本が国際交流の場に出て行って、期待どおりにはいかなかったり、誤解を生んだりしながらも、新しい文化に接して変わっていく。これは今の万博で起きていることとも同じです。

 

──国際交流基金、UNESCO本部という国際実務の現場も経験していますね

 

 大学を卒業するとき、国際文化交流が自分のライフワークだという思いは固まっていたのですが、生意気にも、いきなり研究に専心するより現場を知るべきだと考えたんです。1873年のウィーン万博やその後の万博で日本をどう紹介しようかと考えていた人たちと同じようなことをやりたいという思いもありました。実際、仕事をするなかで、問題意識が生まれてくる最大の場所は現場であるという確信を持ちました。仕事をしながら研究も続けていましたが、やはり、日々の業務が多忙を極めるなかではゆっくり考えなおす時間がありません。そこで、10年以上ためにためた問題意識について、少し距離を置いて考えることを本業にしたいと思い、30代半ばで研究職に移りました。そのとき必要だと思ったことを常に追ってきたと言えますね。

 

 私の研究は、史料を見て事実を掘り起こすという歴史学的な手法によるものです。万博についていえば、その準備段階における政治的駆け引きや実務作業の経過を洗い出すといった調査を通じて論文をまとめるわけです。このような歴史学的な研究は、実は職場で前任者たちの仕事の記録をめくり、経緯を確認することとあまり変わりません。現場での経験によってリアルな研究ができており、また現場こそモノが見えてくる場所であって、いま私は研究職についているものの、研究と実務には境がないと理解しています。一般的には両者のあいだに距離があると思われることが多いので、私はそこに橋をかけたいと考え、現場の人と研究者が同じテーブルで議論する環境をつくることを常に意識しています。

 

佐野真由子編『万国博覧会と人間の歴史』思文閣出版、税
込10120円
佐野真由子編『万国博覧会と人間の歴史』思文閣出版、税込10120円

 

情報過多の令和時代 あえて万博に行く意味とは

 

──今年度の大阪・関西万博について、率直なご感想を聞かせてください

 

 うまく行ってよかったと思っています。一番よかったのは、今回の万博のテーマであった「いのち輝く未来社会のデザイン」の解釈に、国ごとの多様性が十分に表れていたことです。誘致のころから、日本ではこのテーマについて、先進医療ばかりが注目される傾向がありました。しかし、それでは視野が狭すぎる、国によって捉え方は違うはずだろうという思いがありました。実際に開幕すると、砂漠での水問題や、戦争の問題を取り上げたり、芸術を中心に据えた表現をしたり、参加各国は開催国の想像以上に、よい意味でテーマを独自に解釈していました。

 

──特に印象に残ったパビリオンは

 

 オマーンのパビリオンは空間全体をかんがい水路に見立てており、この国にとっての水を引くということの大切さを感じさせられました。ポーランド館では、ショパンの音楽からリズムの中核的な部分を取り出して、現代アート作品として表現していました。セルビア館は、生きることは遊ぶことというメッセージをビー玉を使った展示に込めていました。これは、セルビアが「あそび」をテーマに開催する次の万博への予告にもなっていたのです。UAE館は別の意味で素晴らしかったですね。動線がきっちり決められてしまうことが多い近年の一般的な万博パビリオンと異なり、人の流れを完全に自由にし、広い空間の好きなところに行って、展示物を見、そこにいるスタッフと話すことで学ぶという、一見プリミティブに見えて非常に新しい、革命的とも言える展示を実現していました。

 

──情報化社会における万博の価値とは

 

 インターネットで見ることができるから意味がないというのは詭弁(きべん)です。万博は、多様なものと出会うことのできる総覧性を持つ場です。さまざまな学問を横断することを是とする教養学部で育った私にとって、万博は一つの理想的な空間かもしれません。インターネットでは自分の興味がある情報が選ばれ、表示されるコンテンツの傾向がだんだんと定まっていく。それに比べて、万博は偶然に新しい情報に出会うことを重ねていく場です。

 

 こうした関心の深め方は、近年失われつつあった感覚ではないでしょうか。そこに万博の重要な価値があると言ってもよいかもしれません。また、今回の万博では、パビリオンによって空気感、温度、湿度、匂いなどまでよく工夫されていました。五感に訴えるリアルな人間同士のコミュニケーションこそが、今、最も新鮮で、だからこそ多くの人が訪れたのでしょう。

 

インタビューを受ける佐野真由子教授
インタビューを受ける佐野真由子教授

 

──万博学とは

 

 私が研究仲間と提唱している「万博学」というのは、特定の領域を指すものではありません。新しい分野を確立したんですねと言っていただくこともありますが、そうではなく、これは研究の視座を示すものです。万博は19世紀から始まり今日まで続く、世界最大の催事です。私たちは、万博というイベント自体よりも、その背後に潜むカラクリや準備段階を掘り起こすことに意義を見出しているのですが、国際社会の公的なイベントとして、万博には各国の元首から現場のスタッフまで、そして参加者はもちろん、都市のインフラ整備に関わる人々など、ありとあらゆるアクターが絡みます。また万博はそもそも、その時代の人類の生産活動を網羅しようとする催事です。

 

 ですから、万博の周辺を紐解いていくと、たとえば皇室の資料から飲料メーカーに眠る資料までがつながり、互いの裏付けとなる。また、たとえば最先端の医療技術、一方では楽器など、一見バラバラに見える諸分野が、万博という場に集約されることで、人類の歴史が総覧される。いわば、万博をレンズとして各時代の世界がビビッドに見えてくるのです。私が代表を務めている万博学研究会のメンバーは、私自身を含めて誰も万博だけを研究しているわけではありません。それぞれの専門分野で研究を続けるうちに、万博を補助線とすることでよりよく見えてくるものがあると気付いた人たちの集まりです。万博学は、多様な分野の知を結集し、その時代の「世界のかたち」を活写するための試みと言えます。

 

 ところで、私は今回の万博の誘致が決まってから、「熟議型万博」を提唱してきました。第一に、万博の歴史は展示形態の変遷でもあります。万博史の初期、実物を持っていくしかなかった時代から、写真の時代が来て、風景を見せられるようになりました。1970年代には映像が発達し、その延長線上で、今や360度映像やインタラクションが当たり前です。しかし、ここから先へ行くのは難しいと言われてきました。であれば、万博は人と人との出会いという最もシンプルで基本的なところへ戻っていくべきではないか、それこそが新しいという主張です。また、万博は常に、どんな国でも展示できるという平等性の横で、格差を見せつける場でもありました。熟議型万博と私が言うのは、パビリオンの空間で、もはや豪華な展示は必要なく、スタッフがその国の文化や抱えている社会問題について直接説明してくれるだけということです。そして、いろんなパビリオンから出てきた人たちが、会場内でほかの参加者たちと話を始め、議論が止まらなくなるような、対話が主役の万博です。万博は常に格差社会を内包していますが、これならどんな国も平等に出展できますよね。参加者同士がその多様性を持ち寄って語り合う「熟議」の場としての万博、というのが私の理想です。

 

佐野教授が代表を務める万博学研究会のジャーナル『万博
学/ Expo-logy』(写真は2022年の創刊号)
佐野教授が代表を務める万博学研究会のジャーナル『万博学/Expo-logy』 (写真は2022年の創刊号 )

 

──現代の東大生には何が求められているのでしょう

 

 よい意味でのエリートであってほしい。厚みのある知識人であってほしい。東大生は研究力もあれば、第一線で社会を引っ張っていく力もある。それが普通だと思っているのが、東大生のよさです。そして、自分の興味や得意分野を細分化しないでください。研究上の領域、あるいは理論か実践か、といった区分など軽やかに乗り越え、大きな意味で世界を引っ張っていくんだ、よりよくしていくんだという意識を持ってほしい。あなたは何者かと問われ悩んだ自分自身の経験を踏まえて、心からそう思います。1、2年生に専門化を課さず、分野横断的思考を重視している東大は、現代の日本社会が逆の傾向を強めるなかで、最後のとりででもあります。

 

 一つ、私からの具体的なアドバイスを。ぜひ図書館の中を、たくさんの本の背表紙を眺めながら散歩してください。何か本を借りに行ったら、それだけで戻ってこず、必ず周りの本も見てください。インターネットと違って、図書館は偶然性が生まれる場です。この情報の見つけ方、そうして見つけたものをどんどんつなげ、分厚くしていくという感覚こそが、私たちが大切にすべき教養の根幹に関わるものなのだと思います。

 

佐野真由子(さの・まゆこ)教授
(京都大学 )
92年東大教養学部教養学科国際関係論専攻(当時)卒業。ケンブリッジ大学MPhil(国際関係論)。東京大学博士(学術)。国際交流基金、UNESCO本部勤務、国際日本文化研究センター准教授などを経て18年より現職。専門は外交史・文化交流史、文化政策。「万博学研究会」代表。

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