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2018年7月23日

東大における女性研究者の現状(前編) 働きにくい職場 変革は必須

 2015年のOECDの調査では、日本の高等教育機関に占める女性教員の割合はOECD加盟国中下から2番目に低い(図1)

 国内で比較すると東大は16年現在、女性教員の比率が国立86大学中73位の12.1%だ。圧倒的男性多数な東大における女性教員の「働きやすさ」について、2週にわたり検証する。前編となる今回は、ジェンダー研究に携わる東大の女性教員2人に、職場の現状分析と「働きやすさ」に関する体験談を聞いた。

 

(取材・武沙佑美)

 

留学して気付いた女性の負担

 

 研究者への道のりの始点として大学や大学院があるが、どちらも女性の進学率は男性に比べ低い(図2)

 女性は大学や大学院入学後も、将来の職業として研究職を思い描く際に重要なロールモデルとなり得る女性教員が少なく、研究室に入っても居心地が悪いなどの状況に直面し研究職から遠のいてしまうと言われる。東大の場合、女子学生は「浪人してまで」「上京してまで」東大に行くのか、といった社会の風潮に進学を阻まれることも多いと、フェミニズム・クィア理論を研究する清水晶子教授は言う。

 

 学生や若手研究者の労働環境は、偶然担当になった指導教員や配属された研究室のメンバーに左右される。学業や研究の場における平等の確保が、「運」により定められた個別の環境に依拠してしまっているのだ。「同僚に外見のことをからかわれたり、指導教員や先輩からパワハラを受けたりして思い悩む女子院生の話はよく耳にします」

 

 働きづらさに直面した際、東大では女性研究者支援相談室(18年2月に閉室)や男女共同参画室への相談は可能だ。しかし一つ一つの出来事の規模は小さいため実際に告発し緊急性を訴えることは難しい。だが実際は「言動などちょっとした嫌な出来事でも積み重なればストレスになり、女性のキャリアの妨害につながります」。

 

 問題視すべきは男性が、女性に対する言動が適切か不適切でないかの判断を誤っているという現状だ。解決するには「嫌な出来事」が起きるたびに指摘することで男性の意識を変えていく必要があるが、男性が圧倒的多数の職場で声を発するのは勇気が必要。相談でき共感してくれる女性が少なければなおさらだ。

 

 清水教授は男性社会である東大から女性教員が一定数いる英国の大学に留学して初めて、日本では女性院生や研究者が言動に気を遣う場面が多いことを痛感したという。例えば「東大では当たり前の言い回しが、実は気を遣ったものであり負担になっていたことが分かりました」。強く主張したいときに、性別を気にせず主張できるありがたさを感じた。帰国後に、東大の女性研究者の我慢に気付いたことも。「怒るときに男性は感情的になれますが女性研究者は感情を抑えることが多いと感じます。女性が激しく怒ると『女は感情的』と思われるからです」

 

 留学先は女性教員が多かったため、研究者を将来の進路として考えたときに思い描く、女性研究者の在り方の幅も広がった。留学前は女性研究者が発言すると「女なのに偉そうだ」と非難される様子を目にし、「優秀だがかわいい」か「怖い」かの両極端なイメージしか知らなかった清水教授。権威ある存在として認められ敬意を払われている多様な女性研究者の姿を見て刺激を受けたという。

 

 英語圏の大学が男女共同参画に本腰を入れ多様な研究環境が整う中、東大が対策に出遅れることは研究機関として支障を来す。研究仲間が男性のみであることに慣れている学生や若手研究者が、海外の研究室で女性の研究者の下で研究することになったとき、戸惑う恐れもある。性別に限らず、人種や民族的多様性に対応できなければ円滑な研究活動は難しい。

 

 男女共同参画を進める第一歩として、東大にはまず現状の本格的な調査をしてほしいと清水教授は言う。女子学生の現状や女性研究者の数の停滞の要因を、東大が持つリソースを活用して徹底的に調べ、中長期的な視野に立った対策を講じることが必要だ。「どうしたら優秀な女性研究者を生み出し、留め置くことができるのかを含め、リスク管理と対策を練るべき時です」

清水晶子教授(総合文化研究科)

 03年英ウェールズ大学カーディフ校にてPh.D.(批評文化論)取得。総合文化研究科准教授などを経て、17年より現職。

 

求められる男性基準の研究者像

 

 社会一般ではいまだに理想の女性像である、柔和で外見が美しいというステレオタイプが流布している。「メディアは規範作りの道具」と話す林香里教授(情報学環)は、偏った女性像のまん延にメディアが及ぼす影響は大きいと断言する。「例えばドラマ制作などの際にシナリオライターは、ディレクターから『40代の女性は母親世代だから病気になる設定にしてはいけない』『20代の登場人物はかわいい設定で』と指示されます。女性は役割を押し付けられているのです」。メディアでの女性の表象を繰り返し目にすることで、社会にステレオタイプが刷り込まれる。

 

 女性研究者は、こうした社会で女性として生きている一方で、「東大の研究者として学問の世界では、性別に関係なく戦え、と言われます」。求められる研究者像は、約140年間東大の研究活動が男性多数の社会に立脚してきたために出来上がった男性基準のもの。「学術の世界でネットワークは重要。けれどもそこで通じるのは男性的ネットワークなので、『女性』性は余分になるわけです」。女性は、男性のネットワークに参入し、男性社会の慣習に合わせなければいけない。周囲の男性たちに溶け込む努力をして、必要な言動を調整する。「でも、男性はそんなことをする必要はないですよね」

 

 問題は、男性が現状の深刻さを痛感していない点にある。職場構造が、出産や育児の当事者ではなかった男性の研究者像に基づいて組み立てられているため「会議が夜遅くまで続く、土日に学会がある、研究室に長時間こもることが、良い研究者になる前提条件になっています」。

 

 林教授も育児と研究が重なっていた時期は、夜遅くまでの会議や飲み会はもちろん、研究者同士の絆を深める機会を持てず、孤立感を味わった。「飲み会で研究や人事の話題も上り、役職決めなどに影響するような重要な決断がなされることもあります」。現在東大では育児との両立を踏まえ会議は午後5時までという規定があるが「多くの審査や話し合いはしばしば遅くまで続き、女性研究者にはつらいことがあると思います」。

 

 性別による無意識な差別を是正するためには、ジェンダー教育が不可欠だという。1年次の必修単位として組み込むなど全学で意識的に現状を問い直す機会がない限り、人はどうしても伝統的な性別役割分業に基づいた社会慣行を引きずってしまう。特にジェンダー問題が世界的に活発な議論の話題である今、「国際的に活躍したいなら、ジェンダーに関する問題意識はなおさら必要です」。

 

 意識改革と同時に、学内の女性研究者の人数を増やす必要がある。「今は何が足りていないのかも分からないくらい、女性が少ないですから」。多様性を推進し異質な他者と接触する機会を増やせば、斬新な発想も生まれ学問は発展する。男女が双方に働きやすい職場を作ることは、異なった出自や文化背景を持つ全ての人に、働きやすい環境を整えることを意味する。

 

 さらに林教授は「大学幹部に女性が必要」と強調する(表)

 部局長や理事のポストのほとんどを男性が占めている現状では「数の論理」が働いてしまう。「男性のネットワークが出来上がっている中で女性が幹部に選ばれるには、男性以上に立候補する勇気や根回しが必要です」。現場の女性研究者を積極的に意思決定プロセスに参加させることで、「働きやすさ」に向けた課題解決に新たな風が吹くだろう。「東大は研究のみならず働き方の面でも日本をけん引してほしいです」

 

林香里教授(情報学環)

97年人文社会系研究科博士課程修了。博士(社会情報学)。独バンベルク大学客員研究員などを経て、09年より現職。

 

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この記事は、2018年7月10日号に掲載した記事の転載です。本紙では、他にもオリジナルの記事を掲載しています。

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