東大には多くの日本を代表する研究者が存在し、東大教員にも日本学術会議の関係者が存在する。5月に衆議院本会議を通過した政府による日本学術会議法人化法案は、6月11日に成立に至った。東大教員は今の情勢をどう見ているか、メールでアンケートを実施した(期間:5/7〜5/26、回答人数:163人)。
ここではアンケートに寄せられた自由記述のうち、大学院新領域創成科学研究科・大学院情報理工学研究科・大学院情報学環の教員によるものを原文のまま掲載する。他の部局については記事末尾を参照。
※学術会議の法人化に関しては、6月10日付で発行の『東京大学新聞』6月号に特集記事を掲載しています。そちらも併せてご覧ください。(お買い求めはこちらから)
・大学院新領域創成科学研究科 教授
あんまりよくわからないんですよね。あるから何がいいんだろう、ってところが。日本学術会議に所属している人が、その他の会議において、日本学術会議での議論によると……みたいにその権威を笠に着るような態度を示すようなことは見たことがありますが。日本学術会議がこのような提言を行った、それはこのように国民のために役立った/役立たなかった、みたいな一覧表があるといいですね。軍事研究を拒否したことの結果についても。chatGPTに頼めば作ってくれそうな気もしてきました。
・大学院新領域創成科学研究科 浅井潔教授
学術会議が、その閉鎖性に関するアカデミアを含む方面からの批判を放置し、改善しなかったことが、現在の状況を招いた。自ら本質的な改革を提案すべきであった。
・大学院新領域創成科学研究科 Paul Consalvi教授
Perhaps something could be learned from The American Association for the Advancement of Science (AAAS) — which is not funded by the U.S. government in a direct or majority way. It is a nonprofit, non-governmental organization, primarily funded through: Membership dues Subscriptions to its journal Science Grants and contracts (some of which may come from U.S. government agencies) Philanthropic donations While AAAS sometimes receives project-based funding from U.S. government agencies for specific initiatives (e.g., science policy, STEM education, or public engagement projects), it operates independently and is not a government agency.
※下記日本語訳は東京大学新聞社が作成しました。
おそらく米国科学振興協会(AAAS)から学べることがあるだろう。AAASは、国家直属の機関でもなければ大半の資金提供を米国政府に頼っているわけでもない。AAASは非営利的な非政府組織であり、主に会費、学術誌『Science』の購読料、助成金および契約(その一部は米国政府の機関から提供されることもある)、慈善寄付金によって資金を調達している。AAASは、科学政策、STEM教育、市民参加プロジェクトなど特定の政策のために米国政府機関からプロジェクトベースの資金提供を受けることもあるが、それらのプロジェクトも政府機関からは独立して運営されている。
・大学院新領域創成科学研究科 教授
学問への政治の介入は大変危険であるし、学問が政治に意見する権利を保障することは成熟した文明社会の要件だと思う。米中並みに軍事力が強くなる国力・資源力は元々ないところに、軍事力が中途半端に強くなることは危険を招きやすいと思う。科学技術が結果的に兵器に利用されることと、最初から兵器開発を目指すこととは違うと思う。学術会議の基本姿勢はこれからも堅持されるべきと思う。
・大学院新領域創成科学研究科 佐々木淳教授
学術に限りませんが,お金やコネが無くても情報を自由に発信でき,アクセスできる時代になりつつあり,よい成果であれば受け入れられる,属性ではなく実力がより評価される時代だと思います.学術会議の必要性は低下している印象がありますが,私自身関わったことがないので,よくわからないのが実情です.
・大学院新領域創成科学研究科 亀山康子教授(現在学術会議の連携会員)
資金を国に依存する点は改善すべきと考えますが、学術界が自身の立場を危うくすることなく、政府の意向と異なる意見を表明できる場を確保しておくことは、大変重要と思います。現在の法案はそれが担保されていないと思います。また、6名任命拒否の問題については、拒否の理由を明確にすることが何より先にすべきことと思います。
・大学院情報理工学系研究科 教授(現在学術会議の連携会員)
国際的にみても国の独立した機関としてナショナルアカデミーがあることは重要だと思います.なぜ国のステータスに関わる機関を変える必要があるのか,十分な説明があったとは言えないと考えます.
・大学院情報理工学系研究科 教授、執行役・副学長(現在学術会議の会員)
今回のアンケートは主に、現在学問の自由が侵されているかどうかとか、軍事研究に賛成か否か、というようなところに焦点があたっているように感じましたがそれらに選択式の回答をしているだけだと、真に問題と思っているところがうまく伝わらないと感じましたのでここに書かせていただきます。
この度の問題は明らかに任命拒否問題に端を発しており、そのことについて政府が説明義務を拒否するのみならず、「独立を担保したいのなら国の機関である以上はできないので法人化するのがお互いのためである」という論理で問題のすり替えを行って、結果として、日本学術会議法前文にも刻まれた学術会議発足の精神をなかったものにしようとしています。
問題は「国の機関である以上『独立』していないのは当たり前」というもっともらしいロジックで、任命拒否を正当化していることにあり、それは学問の自由云々という問題と言うよりは、国として、都合が悪いことを言う人間は国の機関にはおかない、そういう体制を作ろうとしているという、国のあり方・姿勢の問題です。学問の自由が侵されたらもちろんそれは問題ですが、国の機関じゃないから学問ができないわけではないので問題はそこではなく、この国が、国のすることに反対する意見を述べる人たちをどう扱うのかという、遥かに大きな、根本的な姿勢の問題です。
個々の論点について学術会議と国の政策が反対する、学術会議の意見のせいで国の政策が進まないと考えているのであれば堂々と、今の法律の元、それを主張したり議論すれば良い。国の権力を使って結果的に、学術会議を黙らせるという儀式を行ってこの一連の問題を決着させようとするというこの国のやり方に、絶望を感じます。
特に今の国際情勢下、研究機関も安全保障が自分たちと無関係であるというスタンスではおれず、学術会議とてその議論を避けている場合ではないでしょう。デュアルユース研究に対する国民世論もどんどん変わっていくと思われます。学術会議という組織を変えるなどという姑息な手段ではなく、国民世論の喚起をすることで学術会議のスタンスを変えさせることだってできたかもしれないのに、ここに至るまでの一連のやり方のせいでそのような議論はほぼ不可能になっています。
以上のような問題意識の元、個々の回答について、選択肢では表現できないと思った点について注釈をさせていただきます。
Q 「今の学問界には「学問の自由」が担保されていると感じますか」
直接学問の自由が脅かされるという脅威を今感じているわけではありません。ですが上に述べたとおり、それが問題の核心ではありません。また実際のところ学術会議の中でいわゆる(大学の研究室で行うような)研究をしているわけではありませんので、学術会議への圧力が学問の自由への圧力というのは少し表現がずれていると思っています。
Q「2020年に菅首相が学術会議への会員の任命を一部拒否した問題についてどのようにお考えですか」
度量の小さい、姑息なやり方だと思います。「違法か否か」というテクニカルな質問にしてしまうと、「違法」ではないのでしょう。しかし首相による任命は「形式的なものである」という国会での答弁がなされています。その意味で、法律論・テクニカルには仮に違法ではなくてもそれに近い、極めて不適切なやり方だと思います。
(※先生は第二東京弁護士会サイトでの説明を紹介してくださりました)
Q「軍事技術研究の拡大について、懸念はお持ちですか。」
懸念を持つべきは軍事技術研究の拡大そのものではなく、そのことの進め方、まずは反対を唱える分子を排除して…… というそのやり方ではないでしょうか。もし日本がこのあと、国際関係の緊張やアメリカ政権の方針転換などで自衛に対してより活動を増やさないといけないとなったときには多くの賛成・反対の議論が行われると思いますが、今回の件は、今の政府はそうなったら反対派の言論を封じ込めるという手段でそれを圧殺していく、ということを示していると思います。
Q「4月18日の記者会見で林官房長官は法案が「独立性・自立性を抜本的に高める」」と説明していますが、これについて賛同していますか。
これが、いわゆる今回のやり方に賛成の方々から常に聞かれる詭弁(「法人化によって独立性・自立性を根本的に高める」類の論法)です。
独立性・自立性は、外部組織や政府からの、権力あるいは財政的なてこなどを背後にした圧力によって損なわれるものであり、「国の機関であるがゆえに独立性が損なわれる」というのはまったくの筋違い。法人化されたとしても様々な外部機関や予算の仕組みで、独立性はいくらでも損なわれます。
実際これまでも学術会議は国の機関でありながら十分独立していたと言えると思います(もちろんこの度の任命拒否がおこるまでは、の話です)。独立を保てるかどうかは干渉する権力のある組織のやり方にかかっている。
「法人化によってしか独立性が保たれない」から法人化するというのであれば、国は、『過去に、本来やってはならない任命拒否をおこなった首相がいたので、二度とこのようなことを起こさないように反省し、独立性が脅かされないように今回の法律を制定します』と言った上で法律を制定すべきですがもちろんそのようなことを言うわけでもなく、そして法律には独立性を脅かす様々な仕掛けが入っているので、独立性の担保が法案の主旨ではないことは明らかです。
実際学術会議も常々、「法人化にすべからく反対するものではない。問題は中身である」と繰り返し述べています。時機を得た、お互いの信頼関係のもとでの改革論であればもっと建設的な議論になったと思うと残念です。
・大学院情報学環 教授
有事などに学術的な立場で発言力を持つ組織として、学術会議のような存在は必要と考えるが、その存在意義が理解されるような活動が十分に行えていない、またはその意義が社会に伝わっていないことも影響しているのではないか。学者が内向きな保身や地位保全のために動いているような捉えられ方をされる現状は既に不利なので、長期的な視点で実質的に価値のある活動を行い、社会に向けて情報発信を行っていくことで政治的に不利な立場に追い込まれにくくなることも考慮すべきではないか。今回の法人化の過程での会議の縮小や存在感の低下を招かないためにも、主体的な組織改革や行政との継続的な調整は必要と思われる。
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