教養

2020年11月25日

戦争の記憶どう受け継ぐ? 〜AIによる写真のカラー化とオーラルヒストリー〜

 今年で戦後75年が経過。戦争を体験した世代の高齢化が進み、直接話を聞ける機会が減少し続けている。こうした状況で、非戦争体験者の語り手を養成する取り組みなど、戦争の記憶を風化させないためのさまざまな努力が若い世代によりなされている。戦争体験伝承の現在に迫るため、戦前から戦後にかけての白黒写真をカラー化する「記憶の解凍」プロジェクトに取り組む東大生と、オーラルヒストリーに関する研究を行う専門家に取材した。(取材・鈴木茉衣)

 

「記憶の解凍」プロジェクト

 

 広島出身の庭田杏珠さん(文Ⅲ・1年)が渡邉英徳教授(東大情報学環)と取り組む「記憶の解凍」プロジェクト。戦前から戦後にかけての白黒写真をAI技術でカラー化し、戦争体験者との対話や資料などを基に手作業で色補正していくというものだ。

 

1938年、広島県産業奨励館(現在の原爆ドーム)前の濵井德三さんと兄の玉三さん。(写真提供:濵井德三氏)

 

 「きっかけは高校1年の6月、広島市の平和記念公園で、偶然住民の濵井德三さんと出会ったことです」。濵井さんの生家は中島地区(現在の広島市平和記念公園一帯)で理髪館を営んでいたが、原爆投下により家族全員を失った。濵井さんのアルバムには、戦前の家族との幸せな日常を写した貴重な白黒写真約250枚が収められていた。同じ頃、庭田さんは母校を訪れた渡邉教授の講習会で、戦前の沖縄の写真をカラー化する取り組みを知った。白黒写真がカラーになった時、人々の声が聞こえてくるかのように感じた。「濵井さんにもご家族をいつも近くに感じてほしい」という思いで写真をカラー化しアルバムにしてプレゼントすると「家族がまだ生きているようだ」と喜んでもらえたという。

 

 それが最初の縁となり、中島地区の他の元住民にも話を聞くように。白黒写真だけでは思い出せなかった当時の記憶が、カラー化写真をもとに対話することでより鮮明に蘇ったことも数多くあったという。

 

AI技術によりカラー化された(カラー化:庭田杏珠)

 

 2020年7月、プロジェクトの成果をまとめた『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』を出版。戦場や被爆後の街の様子だけでなく戦前の日常を捉えた写真も多い。「惨状に加えて今の私たちと変わらない暮らしを伝えることで、自分の家族や友達が原爆によって一瞬にして奪われたら、と自分ごととして想像してほしい」とその理由を語る。

 

 高校生の頃に国際会議で出会った外国の人々や、東大に入学してから出会った広島を訪れたことのない同級生などに活動を発表する機会があった。彼らにも想像力を働かせ、共感してもらうことができたという。「これからも、アートやテクノロジーを活用し戦争や平和に関心を持たない若者など多方面の層にも関心を持ってもらい、さらにそこで感じたことを伝えてもらうことで、戦争体験者の『想い・記憶』を未来へ継承していきたい」と庭田さんは語る。

 

 原爆投下前の中島地区の白黒・カラー化写真が地図とARビューに表示され、現在の平和記念公園の風景に重ねて見られる「記憶の解凍」ARアプリも開発。平和記念公園レストハウスの「記憶の解凍」常設展示も担当し、パノラマ写真をオンライン上で公開する取り組みも進める。新型コロナウイルス感染症の流行下だが「コロナ禍だからできない、ではなくコロナ禍だからこそできることを探したいです」

 

以下のリンクから「記憶の解凍」プロジェクトの他の作品・展示の様子を閲覧できます。

(東大新聞オンラインのサイト外にアクセスします)

映像作品「記憶の解凍」カラー化写真で時を刻み、息づきはじめるヒロシマ

「記憶の解凍」カラー化写真で時を刻み、息づきはじめるヒロシマ<広島テレビ新社屋完成記念展示会>

「記憶の解凍」ARアプリ

「記憶の解凍」プロジェクト<広島平和記念公園レストハウス常設展示>

 

庭田 杏珠(にわた あんじゅ)さん(文Ⅲ・1年)

 

体験伝承に潜む課題は

 

 オーラルヒストリーとは対象者が話した体験を活字化した記録のことを指す。東大先端科学技術研究センターの御厨貴フェローは、自身の専門である政治に関するオーラルヒストリーと戦争に関するものとの相違点として「戦争は強制的に体験させられるもので、語り手は主体ではなく客体である」ことを挙げる。そのため、生々しく詳細な描写や感情の要素が大きな割合を占める。戦争体験を直接語れる人は減り続けているが「こうした語りには臨場感が非常に重要で、直接体験者でない人が受け継ぐのは難しい面も大きいです」

 

 受け手の問題も大きく関わってくる。「聞く人の想像力が失われている」として、御厨フェローによると東京大空襲の語り部が「悲惨にするために話を作っているのでは」と言われたという。戦争のない時代が長くなっていくにつれ「戦争と平時の関係が分からなくなり、事態に対する感受性が薄れて」いき、伝承が難しくなるのだという。太平洋戦争以前の日本では約10年おきに戦争が起きていたため、人々の間に戦争の空気感が前提知識として共有されていたのに対し、今の日本ではそれが難しい。今後さらに加速するだろうこの傾向にどう対応するかが戦争体験伝承の鍵だ。映像や写真はそうした空気感を伝える上で有効で、語る側の記憶を呼び起こすのにも役立つという。

 

 一方で、映画などの物語には作り手の意図、解釈が必然的に含まれるため「それが全てだと思われるのも困る」と語る。「創作性」に関する困難として典型的なのがNHK広島放送局のTwitter企画「1945ひろしまタイムライン」における問題だ。3人の広島市民が書いた1945年当時の日記を基にツイートを投稿。その一部が「差別的」と批判されたことについて「言われたことが絶対になってしまいやすいSNSという場で、非体験者による創作を含むものが拡散されると、現実と大きく異なるものになってしまう可能性がある。実在の人物の日記を基にしている以上、そのような事態はあってはならない」と問題点を指摘。拡散力が高く多様な世代の人々が利用するSNSでは、見る人に前提知識が共有されていないことも多い。一方で、同じ理由から幅広い世代にリーチするための手段としては有効だ。だからこそ「批判を受けて反省をし、今後も進んでいくしかない」という。

 

 「記憶を風化させない」という目的のためには、語り手がSNSなどの媒体を利用する際の意識と、受け手の前提知識の両方が重要になる。「こうした取り組みが受け手にとっての入り口になればいいし、受け手が前提知識を補う手段としてもオーラルヒストリーが役立つといいと思います」

 

御厨 貴(みくりや たかし)フェロー(東京大学先端科学技術研究センター) 75年東大法学部卒。博士(学術)。東京都立大学(当時)教授、政策研究大学院大学教授などを経て20年より現職。

 


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