インタビュー

2022年6月20日

神経が神経を「押して」情報伝達?! 河西春郎特任教授 学士院賞・恩賜賞受賞記念インタビュー

 

 学術上特に優れた論文や著書、その他の研究業績を表彰する日本学士院賞の受賞者が3月に発表され、東大国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構の河西春郎特任教授が日本学士院賞と恩賜賞を受賞した。河西特任教授は昨年度まで東大大学院医学系研究科教授を務め、2020年に、大脳のシナプスが電気的、化学的だけでなく力学的にも情報を伝達していることを明らかにした。これまでの研究や東大での教育活動についてインタビューした。(取材・伊藤凜花)

 

記憶が保持される仕組みを明らかに

 

──日本学士院賞・恩賜賞の授賞理由でもある大脳シナプスの形態可塑性の研究について教えてください

 

 ヒトの脳では約1000億の神経細胞(ニューロン)がつながり合いネットワークを形成しています。神経細胞は核のある細胞体、軸索、樹状突起から成り、他のニューロンの軸索から放出された神経伝達物質が樹状突起で受容されることで細胞間での情報の伝達が行われています(図1)。この神経細胞間の接合部をシナプスといい、情報を受け取る側の細胞の興奮を促進するシナプスを興奮性シナプス、抑制するシナプスを抑制性シナプスといいます。

 

図1)神経細胞の構造とネットワーク(図は河西特任教授提供)

 

 思考や記憶など高次の働きを担う大脳のシナプスは8割が興奮性で、そのうちの9割が樹状突起スパインと呼ばれる特殊な突起状の構造で神経伝達物質を受け取っています(図2)。これらのシナプスは、反復刺激を受けると結合を強め(長期増強)、神経伝達物質であるグルタミン酸の感受性を高めることで、記憶や学習につながることが知られています。われわれは2004年に、単一のスパインに反復的にグルタミン酸を局所投与して刺激すると、刺激したスパインのみの頭部が特異的に大きくなり(頭部増大)2~3時間の間大きさが持続することを発見しました。このとき長期増強も見られ、スパインが形態的に、記憶を保持するメモリー素子の働きをしていることが分かりました。その後、頭部増大がアクチン繊維という針金のようなタンパク質の伸長(重合)によって起こることも明らかになりました。しかし、スパインの記憶保持の働きにおいて頭部増大がどのような役割を果たしているのかについては疑問が残りました。

 

図2)樹状突起スパインにできるシナプスの構造(左)と、樹状突起スパインの顕微鏡画像(右)。顕微鏡画像の樹状突起スパインは、生きた海馬神経細胞の樹状突起を蛍光タンパク質によって染色し、2光子顕微鏡を用いて観察された(図は河西特任教授提供)

 

 今回われわれは、自ら開発した技術や世界の新しい技術を全て取り入れ、増大したスパインが接続する軸索終末を力学的に押す様子の可視化に成功しました。頭部増大の発見から実に16年かかりました。さらに、接続する軸索終末がこの押された力を感知し、約20分間神経伝達物質の放出を増強することを発見しました(図3)。これまで神経の情報伝達様式としては電気による伝達と化学物質による伝達の2種類が知られていましたが、新たに力学的な伝達を発見したということになります。

 

図3)樹状突起スパインが軸索終末を押し、軸索終末は押された力に応答して神経伝達物質の放出を増強する(図は河西特任教授提供)

 

──スパインが軸索終末を押す効果は脳の働きにどのように関わっているのでしょうか

 

 04年に発見したスパインの頭部増大自体は、長期間維持され、長期的な記憶の保持に用いられています。その一方で、押す効果は20分ほどしか持続しないため、より短期的な記憶の保持に使われていると考えられます。

 

 人間の記憶の特性は非常に面白く、ずっとビデオレコーダーを回しているかのように一日の行動などを詳細に覚えています。ものすごい記憶容量ですが、そのほとんどはそのうち忘れてしまいます。このような詳細な記憶は、シナプスレベルの精緻な機構がなければ実現できないはずです。スパインの体積は分子の衝突などによって自然に揺らぎ、その揺らぎはシナプスの新生や消失も引き起こすなど大きな効果を及ぼすことが分かっています。自然に忘れる現象はこの「揺らぎ」に対応していると考えられています。

 

 また記憶は感情といった心の働きにもつながります。今回スパインの押す力を計測したところ、筋肉の張力とほぼ同じでした。電気回路や化学反応では複雑さに限界がありますが、このような強い力によって、複雑な心の働きが全ての分子を巻き込み力学的に実現されているといわれれば納得できるでしょう。

 

 近年では精神疾患とシナプスの関わりも注目されており、統合失調症や自閉症スペクトラム障害はシナプスの異常によって起こることが知られています。これらのことからもシナプスが心を作り出していることが分かります。僕は、自閉症スペクトラム障害では遺伝子変異の結果シナプスの安定性が失われることで高度な学習の障害が起こると考えています。

 

──力学的な伝達はどのように発見されたのでしょうか

 

 われわれが開発した「2光子アンケイジング法」を用いて、単一のスパインを刺激して頭部増大を起こし、軸索の変化を観察しました。その結果スパイン頭部が軸索を押していることを可視化できました。またグルタミン酸を遺伝子導入によって蛍光標識することで、そのときグルタミン酸の放出が増強されることも分かりました。

 

 スパインの押す力がグルタミン酸放出を促進していることを確かめるために、ガラスピペットで直接軸索を押したりショ糖溶液で浸透圧をかけたりしたところ、同様にグルタミン酸放出の増強が起こることを確認できました。またこの浸透圧の大きさから押す力の大きさを測定しました。

 

 04年にスパインの頭部増大を発見した時に「軸索終末を押してシナプス前部に影響を及ぼしている」と直観的に思いましたが、そのときはまだ確かめる方法がありませんでした。16年たって世界の技術が進歩したことでスパイン増大の実像を捉えられるようになり、シナプス前部の圧感覚という思いがけない大きな発見にもつながりました。

 

博士課程での教えが大発見につながった

 

──研究に当たり、新たな2光子顕微鏡やプローブ(特定の物質を検出するための物質)、実験手法などを自ら生み出してきました。専門外のことも自分でやろうと思ったのはなぜでしょうか

 

 「良い研究は必ず新しい研究手法の下に生まれる」。このことを僕は、博士課程で所属した研究室のボスである伊藤正男に徹底的に教えられました。新しい問題を解くには新しい手法が必要。逆に手法から解けるものは決まります。だから挑戦しなければと思いました。

 

──2光子顕微鏡の開発やシナプス前部の開口放出の可視化など、これまでのさまざまな研究が今回の大発見につながっているように見えますが、一つのある目標に向かって研究を行ってきたのでしょうか

 

 ここには自分の能力を超えたものがあると感じています。伊藤正男は1980年ごろからシナプス可塑性(シナプスの働きが変化すること)の重要性を訴え、僕はその教育を徹底的に受けてきました。伊藤研究室の宝である「可塑性が重要である」という考えを根幹に引き継いだ上で、僕は細胞のインテグリティ、たくさんの分子がどのように統一性を持って動いているかに関心があったので、可塑性の概念を細胞につなげたいと考えました。

 

 そして根底には「心を理解したい」という思いもあります。現在でもニューロンの発火ばかりが注目されていますが、心を説明する現象はより微細な部分にあるに違いないと考え、発火の下流にまで注目して研究しました。

 

 このように、何を問うかは自分の理念と伊藤研究室の伝統の両方が影響していると思いますが、実は何をやっても伊藤正男の手の上を歩いていると思われるほど、彼は人間が大きく、その影響は大きかったです。

 

──次に明らかにしようとしていることは何でしょうか

 

 頭部増大による押す効果は20分程度持続しますが、なぜ持続するかはまだ分かっていません。また、押された軸索の応答がどれくらい早く起こるのかも面白い化学の問題だと思います。これらは短い記憶を考える上でも重要です。

 

 少し前から、増大するスパインが本当に記憶の保持に使われているかの証明にも取り組んでいます。そのためにスパインを標識、操作するプローブを作成し、その改良を行っています。長期記憶の際にどの細胞が関係するかは既に世界で実験されているので、僕は作業記憶のときにシナプス、回路や脳領域で何が起こっているかを見てしまいたいと考えています。

 

一度きりの人生、リスクを恐れずに

 

──学生時代は医学部医学科に所属していましたが、神経科学に興味を持ったきっかけは何だったのでしょうか

 

 おかしな話ですが、僕は自然科学者となることが天命であると幼い頃から思い込んでいました。特に数学や物理が好きで、種も仕掛けもないのに簡単な出発点から出るはずのない定理が導かれるところに心が引かれていました。医者家系だったので、医者になるだろうと大学では医学部医学科に進学したものの数学や物理は本を読んで独学し、大学の制度で医療工学の研究室に参加してミニコンピューターを使わせてもらう機会もありました。

 

 6年生で進路を決定するときになり、臨床が面白かったのでどこの診療科に行くか考えていましたが、ふと第一生理学の授業での外山敬介先生(京都府立医科大学)の計算論的脳科学の講義を思い出しました。同級生はちんぷんかんぷんと酷評していましたが、僕は数学を学んでいたために理解でき、面白いと感じていました。先生の元を訪れてみると意見や波長が合ったので、6年生になってから研究室に通い基礎研究の道に進もうと決断しました。

 

──16年かけてスパインの頭部増大を可視化するなど、辛抱強く研究を続けられる動機や研究の面白さは何ですか

 

 新しい推論を可能にするような新しい発見ができたときの喜びは、人間が到達できる最も深い喜びの一つだと思います。しかしそこに至るまでにそれを超える努力をしなければならないのが問題です。

 

 どの研究成果をとっても、ここまで来たのは奇跡だなと思います。共同研究者の努力や研究費、場所など、何が欠けても成功はなかったと思います。

 

──30年以上にわたり東大で教育活動をしていますが、学生や環境について気付くことはありますか

 

 学生に限らないことですが、資源や才能を無駄遣いしているなと感じます。授業に出てテストで良い成績を取ることも留学するような場合には大事です。それと同時に、面白い、あるいは分からない講義をする先生方の元を訪れて、その先生は何に興味があるのか、授業では何を教えたいのかなど、赤裸々に話して、大学の先生方に直接触れる方がより有意義な学生生活を送れると思います。研究室は敷居が高いと感じるかもしれませんが、先生方は歓迎してくれるはずです。他にもサークル活動やインターンなど、大学にいながら大人の文化活動に参加し学ぶ機会はあると思います。成績にとらわれず、恵まれた環境を有効活用してほしいです。

 

──東大生に向けてメッセージをお願いします

 

 最近の学生は保守的な人が多いようです。道が二つに分岐していて、片方の道はリスクがとても高いが良いものを得られる、もう片方の道はリスクは低いがそこそこのものしか得られないとすれば、どちらを選びますか? 僕は必ず前者を選びます。一度きりの人生でより良いものを取り逃がしては何の意味も無いと思うからです。社会全体にとっても、みんなが違うことをした方が良い結果が生まれるはずです。

 

 生物学は、まだ多くのことが明らかになっていません。それらを明らかにするにはいろいろな才能が必要です。だからこそ日本の学生には、保守的にならずにぜひ挑戦してほしいと思います。

 

河西春郎(かさい・はるお)特任教授(東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPIーIRCN))85年東大大学院医学系研究科博士課程修了。医学博士。自然科学研究機構生理学研究所教授、東大大学院医学系研究科教授などを経て、22年度より現職。

 

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