インタビュー

2015年9月10日

大学、企業、シリコンバレー、日本。エンジニアの戦い方 グリーCTO藤本真樹さん1

グリーでCTO(最高技術責任者)を勤める藤本真樹さん。大学では英米文学科で哲学への造詣を深めたという異色のエンジニアに、大学と企業、シリコンバレーと日本との比較を通して、これからエンジニアがどう戦うべきかを聞いた。

 

大学と企業、ソフトウェアをやるにはどちらがいいのか?

 

―ソフトウェアのことをやろうと思うと、大学に残って研究として従事するか、それとも企業に入って、という選択肢があると思いますが、業界としてはどう考えますか?

 

ことソフトウェアに限っていうと、必ずしも全分野においてアカデミアが有利、というわけではないと考えています。例えばコンピューティングリソースという観点で、企業のほうが潤沢、というケースもありますし (スーパーコンピュータを持っている企業はそうそうないでしょうけど)、自然言語処理に関して何か論文を書こうと思っても、企業の保持するユーザからポストされたデータ量のほうが多い、ということもあり得るわけです。流行りの深層学習の研究に関しても、世界のトップの企業がかけているお金が段違いですからね。そうして優秀な学生がみなGoogleとかに行ってしまうと、困ってしまうわけですが(笑)。

ただ、アカデミアと企業だと、想定するスパンの長さは違いますよね。企業がソフトウェアのプロジェクトを、10年単位で設計することはさすがに難しい。

とはいえ、ソフトウェアをアカデミックに研究するにしても、上手にフィールドを選ばないと、気がついたら企業に実用化されているということになりかねません。例えば、ジェスチャー認識技術において、実用化したのはアカデミアが先でしたが、今ではKinectを利用した論文がかなりの数を占めていたりしますし。研究者にしても、一から実装するのは手間だということですしね。また、インターネットの存在自体が歴史的には軍事から来ているので、そちらから先手を打たれる可能性もあります。ただし、アルゴリズムの研究などはアカデミアが得意とされている世界ですよね。情報技術に関しては、他の領域と比べ、現実の商業とアカデミアのギャップが狭い世界なので、人材の行き来があることが理想ですね。

最近だと東工大の首藤先生など、ベンチャーの取締役を経験したような先生も出てきておられますが、企業と大学だと良い意味でも、悪い意味でもスピード感はちがうという話をされていました。

 

――情報技術でいえば、最近は「AI」と「ディープラーニング」という言葉が話題となっています。これらの技術に関して、グリーとしてはどう捉えていますか?

 

一言でいえば、且つ、誤解を恐れずに言えば、我々はテクノロジーオリエンテッドではありません。技術ありきのサービスにはしないようにしています。「この技術をつかいたい!」というサービスは、技術屋がいう方向にずれるんですよね。そうではなく、ぼくらとしては、ユーザ、お客様にどういう体験してほしいかが最後には大事なんです。最新技術は、趣味だと僕も個人的には大好きなんですけど(笑)、ただ、多くの場合、技術先行のサービスはうまくいかないことが多い。「ディープラーニングを生かした」っていう、そういう製品、身の回りにありますか?もちろん気づかないところで製品を支えている、というケースは多々ありますが、それはその技術を利用することが目的ではなくて、それによってどういう、製品、サービス、体験を提供できるかなんだと思います。

例えばぼくらも、機械学習を利用して、ユーザ個々人に合わせたコンテンツのリコメンドを賢くやったら売上があがるのではないか、という話になったこともありますし、一部では実装しています。しかし、例えばコンテンツの総量が高々数千、数万である場合は、売れスジを上から10個出しておいたほうが費用対効果的にはいい、ということもあり得るわけです。そのあたりは、技術を正しく理解して、冷徹に見極めることが重要だと思います。

無論、最新技術を知識としてフォローはします。技術面がサービスを提供する上で制約条件になってしまうのは残念なので、様々なチャンレジはしますし、部活感覚で勉強会などをしたりもします。ただ、本来のResarch & Developmentを中途半端にやる、というのもまた違うと個人的には考えています。それこそアカデミアの領域ですしね。

 

――流行りの技術とサービスとしての実用性はまた別の話なのですね。

 

盛り上がっているからこそ、きちんと調べて理解しなくてはいけないと考えています。例えばAIは夢があるぶん、周りが勝手に盛り上がって、「なんだ、意外とできないじゃないか!」と勝手に失望して波が引いていく、ということがありがちですが、そこに流されずに、技術を正しく理解して、現実的に応用するのが大事だなと。

 

 

エンジニアは日本を出るべきか?シリコンバレーの「就活」事情

 

――話は変わって、海外事情について伺いたいです。グリーはシリコンバレーにもオフィスを持っていますが、海外のベンチャー事情はいかがですか。人材の質は、日本はアメリカに負けているのでしょうか。

 

東大の皆さんに近い年代の先輩だと、太田一樹さんという方がシリコンバレーで起業していることが有名ですが、個人の能力は日本とシリコンバレーはそう変わらないと思います。そこは無駄に卑下する必要ないと思います。ただし、ベンチャー業界としての規模と速度が違いますね。シリコンバレーは、会社ができて何か製品を作って、という一連の流れの速度が段違いです。また、そもそも地域に集積している人の規模が違うので、やはり能力的に上の方の外れ値の方の総量が多いんですね。あとは歴史の蓄積。例えば起業して、「技術に詳しくないのでCTOを探そう」という場合、日本だと誰がいるんだ、という話になりますが、シリコンバレーだと「GoogleやFacebookで働いていた、会社が大きくなるとどうなる、とかサービスが大きくなるとどうなる、という無形のノウハウを持っている」とか「2社つぶしたことあるけど、今度こそ成功できると思う」という人がザラにいて、経験ある人の数が全然違うんですね。東京と比べて、知識・経験の貯まり方も指数関数的に差がつく一方なので、正直なところ現状のままでは勝負としては分が悪いかもしれないと思っています、確率の問題ではありますが。

一方でシリコンバレーはあまり健全でない面もあって、現在ものすごいエンジニアの売り手市場なので、給料が上がりすぎて洒落になれない、というところまで来ているようですね。(シリコンバレーで働くエンジニアの平均年収は1600万円を越える:http://www.indeed.com/salary/q-Software-Engineer-l-Silicon-Valley,-CA.html)また、1社での平均在籍期間も短いと思いますし、良し悪しありますが、前述の点と合わせて日本は同じようにやっていては勝てないかな、と思っていたりします。

 

――そんななか、日本の戦い方はどのようなものが想定されるでしょうか?

 

極端な話をすれば下位レイヤの開発を諦めて、コンテンツだけ作り続けるっていう手もありますよ。プラットフォームは押さえられてしまいますけどね。

まだ日本のソフトウェア製品でグローバルドミナントなものはないのかなと思っています。Rubyはすごくいいですけど、オープンソースソフトウェアで、プログラミング言語なのでまたちょっとプラットフォームとは違いますしね。

こういう話をすると、個人で戦ってシリコンバレーで働こうという話にしかならないですけど、ただあちらは物価の上がり方が大変なことになっているので。僕の聞いた話だと、一人暮らし用の1ベッドルームの部屋が月3000ドルもするとか。

そして、このまま長期の円安トレンドが続くとなれば、日本円を稼ぐことの価値も考え直す必要はあると思います。日本政府もそれを見越して、移住に税金かけるようにしましたが、こうして円安が進むとシリコンバレーからしたら、日本はアウトソーシングするちょうどいい場所、という扱いになっちゃいますよね。こっちで年収600万、800万といっても、例えば1ドル150円とかになってしまえばドルで換算したら向こうの相場からしたらかなり安い、ということになってしますので。ぼくらが思っていた「オフショア」に日本がなってしまう日が来ることもあり得る思います。いずれにせよ、海外との垣根が低い業界なので、そういった危機感を持ってぼくらのあり方を模索している状況ですね。

 

 

後編に続く。 エンジニアが10年後も価値を生み続けるためには? グリーCTO藤本真樹さん

(取材・文 沢津橋紀洋・須田英太郎、 写真 井手佑翼)


 

この記事はソーシャルICTグローバル・クリエイティブリーダー育成(GCL)プログラムとの共同企画です。

2015.9.10 タイトルを変更いたしました。

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