学術

2024年3月13日

【New Generation】森川勝太助教 神経を見て マウスを見て【後編】

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 バンザイをする、やる気に満ちて勉強をする、怖くてうずくまる。人間は気持ちや記憶によって特定の行動をしているが、その行動への記憶の関与や、行動が生まれるメカニズムは未知であふれている。脳がどのように記憶や行動をコントロールしているのか、森川勝太助教(東大大学院理学系研究科)はマウスを使い、大脳にある扁桃体や海馬に注目した研究を行っている。23年度は助教に着任して理学系研究科分子神経生理学研究室(竹内研)の立ち上げに関わり、新世代の研究室の誕生を支えた。脳神経科学との出会いから竹内研での活動に至るまで、リアルな研究生活の流れを聞いてみよう。後編では研究に欠かせない手法である行動実験の妙、竹内研の立ち上げを経た森川助教の現在を紹介する。(取材・清水琉生)

 

(前編はこちら

 

目に見える指標「行動」を通して内面を研究

 

 博士号を取得した後、研究費や生活費を補助してもらえて、個人事業主の形に近い特別研究員-PDに採用された。博論研究の縁もあり、池谷研に所属。「特に神経細胞の活動を顕微鏡で観察するためのカルシウムイメージングについて、池谷先生は屈指の技術を持っていました。お人柄や先見の明も素晴らしく、いろいろなことを学びたくて池谷研に入りました。ただ、池谷先生は別次元すぎて研究スタイルを学ぶのが限界でしたけどね(笑)」。光遺伝学の出現で論文化に必要な検証の要求も上がっている中、扁桃体や海馬の活動がどのように行動に影響するのかを研究し始めた。

 

 人間であれ、マウスであれ、自分以外が何を感じているのか、何を思い出しているのかを全て知ることはできない。そこで、生物の内面を考察できる客観的な指標となるのが「行動」だ。何かをする理由を聞かれ、何か答えたとしても、それは後付けで、行動するときは「なんとなく」選んでいる部分がある。行動実験を通して、定量できないなんとなくの理由を行動から評価できる。ここでも、準備をしておくことは大切になる。

 

行動実験用の設備
行動実験用の設備(撮影:清水琉生)

 

 例えば恐怖の行動へ現れの評価として、マウスの動きが止まることを使う。しかし、恐怖はその他の行動にも現れるかもしれない。行動の測定は機械で自動化され、測定中は待ち時間として考えてしまいがちだが、他に目視で観察できることがあるかもと準備しておくのが重要だ。また、行動実験をうまく活用するには「どれだけマウスの気持ちになれるか」が大切だと森川助教は話す。実験者の性別や実験前の環境などによってマウスの挙動に変化が出ることも指摘されている。「マウスの飼育も丁寧なケアが大切で、マウスがどう感じるかを考えて可能性を検討しないといけません」

 

恩の継承の流れに乗って

 

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竹内研のロゴマークの一つ。研究で扱うマウスをモチーフに脳波形を合わせたデザインになっている

 

 森川助教は23年度の竹内研(理学系研究科生物科学専攻分子神経生理学研究室)の立ち上げに関わった。竹内研はマウスの嗅覚系をモデルとして、分子生物学・神経生理学的手法を用いた知覚、情動そして記憶のメカニズムの解明を目指し、神経疾患の予防・治療法を探索する研究室だ。共に池谷研に所属していた竹内春樹教授(東大大学院理学系研究科)や学生と立ち上げたが、現在も薬学系研究科の研究員として学生の指導などを行っている。博士課程時代に研究室の立ち上げに関わっていたこともあり、竹内研の立ち上げにあたって、環境を整えていくことや学生と研究を進めるテーマを考えることに特別な難しさは感じないという。「現在も特定の機械やマウスは池谷研で借りたり、飼育を行ったりしています。また、池谷研に限らず、竹内研のある浅野キャンパスから自転車で移動して、本郷や弥生キャンパスにある脳を研究する研究室とも濃密に連携をとっています。研究室とか学部といった垣根はありません」と脳神経科学研究における研究者や社会の間のコミュニケーションの大切さを指摘する。森川助教自身、奈良先端大学院大学での博士号取得の際は教員へよく相談した。「困っていることは、誰かに言えば協力してくれる人が必ずいます」。そして竹内研では企業との連携テーマも多い。研究は個人の興味だけで進めては、社会還元できるかどうかは分からないことに留意し、研究を進めていく。

 

竹内研の学生居室。共同研究を行う中央住宅(ポラス)の協力を得て、天井を含めて木を多く用いた住居に近い作りにした(撮影・清水琉生)
竹内研の学生居室。共同研究を行う中央住宅(ポラス)の協力を得て、天井を含めて木を多く用いた住居に近い作りにした(撮影・清水琉生)

 

 助教として学生実習も担い始め、研究室での学生への指導も多い。自分の研究に割ける時間は減っているものの指導には積極的だ。「池谷研では『恩の継承』と言いますが、学生時代に自分も教わってきたのですから、自分が教えられることは伝えていくのが大切だと思います。自分の論文を出すのも大事ですが、それにこだわっていると学生が育たず日本の研究がしぼんでいき、結局自分の科研費も少なくなっていくだけです。みんな楽しく研究ができるのが良いですよね」。何より、自分が理解していなければ教えることはできない。「教えることで結局自分も学んでいるんです。損はありません」

 

 何かをするにしても、見るにしても、気付いていない可能性に準備をすることの大切さを改めて強調する。「修士課程で最初に描いたスケッチも後々見ると、同じ脳領域でもちゃんと濃淡をつけて描き分けていたんです。『Nature』に出たのは濃淡を定量して神経細胞の密度の違いを指摘した論文でしたし、準備した上で見て新しいことに気付くことができていなかったんだと思います」。勉強をすると、学んだ事項の枠にハマってしまうリスクもある。「準備をするというのは、勉強するというよりも、好きとか楽しいという気持ちが大切です。実験で見えるものを素直に見られる準備が大切だと思います」。こうした準備の意義は多くの実験をして見えてきたものだと、ここまでの研究生活を振り返った。「協力を求めるコミュニケーションも大切ですが、最後は自分で手や頭を動かして準備できるようにならないといけません。思わぬ結果が出てもそれは失敗ではなく、さまざまな可能性の中の結果でしかないことを認識する準備ができると良いですね」

 

森川勝太(もりかわ・しょうた)助教(東京大学大学院理学系研究科)  18年奈良先端科学技術大学院大学博士課程修了。博士(バイオサイエンス)。東大大学院薬学系研究科特任研究員などを経て23年より現職。
森川勝太(もりかわ・しょうた)助教(東京大学大学院理学系研究科)18年奈良先端科学技術大学院大学博士課程修了。博士(バイオサイエンス)。東大大学院薬学系研究科特任研究員などを経て23年より現職。

 

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