INTERVIEW / OBOG 2020年9月16日

苦しみから新たな表現生み出す 作詞作曲家の小椋佳さんインタビュー

 今年の夏季特集号のテーマは「歌の未来」。歌は人々の心に寄り添いながら時代と共に変化してきた。特に近年は、歌と文学の立ち位置や、AI(人工知能)技術など最新の技術の導入で人間が創作すること自体の意義まで問われようとしている。そこで今回は、長く日本の音楽業界に携わる作詞作曲家の小椋佳さんに、自身の歌作りの姿勢や、人々と歌の関わりに対する考えについて話を聞いた。

*取材は、安全に十分配慮した上で対面で実施しました。

(取材・杉田英輝 撮影・村松光太朗)

 

小椋 佳(おぐら けい)さん(作詞作曲家) 1944年東京都生まれ。67年に東京大学法学部を卒業後、日本勧業銀行(現みずほ銀行)に入行。71年に初アルバム『青春~砂漠の少年~』を発表。00年東京大学人文社会系研究科修士課程修了。修士(文学)。代表作に『シクラメンのかほり』、『愛燦燦』など。

 

他でもない自己との対話

 

  歌作りで意識していることは何ですか

 

 歌作りは「創造」の作業です。だから作詞について言えば、他の誰でもない作り手自身が本当に思ったことや経験したことを、今までにない自分の言葉で表現しなければなりません。

 

 だけど流行歌を聞いていると、昔も今も「創造」ということを分かってないと思いますね。例えば「夜の銀座の蝶々には」みたいに、ありふれた世間受けの良い言葉や慣用句だけをつなげればそれで良いと思っている人が多い気がします。演歌の新曲が出ても、聴き進めるうちに次のフレーズが予測できてしまう。

 

 僕が大切にしている言葉に「振る舞い」という大和言葉があります。これは、人から教わった動作としての「振り」と、他の誰でもない自分が生み出す動作としての「舞い」という言葉から成ります。そして僕は、いつも「自分は舞えているか」ということを意識しながら歌作りに向き合っているのです。

 

  「創造」のためには何が重要なのでしょうか

 

 例えば、「学び」という言葉があります。人間は生まれた後、最初はものまねで言葉を覚える。つまり「学び」ですね。だけどそれが主体的な「学び」になるには、自分自身の感情と向き合い、それをどう言葉にできるのか、もがき苦しみ考えることが大事です。主体的な「学び」こそ「創造」への第一歩となります。

 

 創造的な言葉を生み出すためには、比喩を使うのが大切だと僕は思います。例えば、僕が書いた『愛燦燦』(美空ひばり)という歌には「それでも過去達は 優しく睫毛(まつげ)に憩う」という一節がある。ここで僕は、目を閉じた時に思い出がまぶたの裏に優しく浮かび上がり、ちらついた様を表現しました。人によって「過去」の捉え方は違うでしょう。しかし僕の場合、中学生の時から付けている日記を読み返すと、文章は稚拙で内容もめちゃくちゃなのですが、何となく当時の自分がいとしく思えたのです。「今自分が感じているこの気持ちは何だろう」と追求し、誰も使ったことのない言葉で表現する。そのためには、やはり比喩が欠かせませんね。

 

  歌作りに当たり、他者や社会を意識することはありますか

 

 歌作りは、あくまで一回一回が自分のだらしなさやずさんさとの戦いです。苦しみの中から何か新しいものを生み出すという作業は、つらいのです。

 

 一方で最近、自分の死を前に若い人たちに向けた歌を作っています。僕は若い人たちに「もっと臆病になれ」と伝えたいですね。臆病とは、将来自分や社会に起こり得る危険を恐れること。そして、恐れる方向に未来が進まないようにするにはどうすれば良いのかを本気で考え、行動を起こさなければなりません。この思いをどう表現しようかと今悩んでいます。

 

 社会に対して思ったことも歌の端々に表現しています。『暇つぶし以上に』という歌では、自分の幸せと他人の幸せを比べ、他人と同じ程度の「並の」幸せで満足する風潮への憂慮を込めました。他でもない自分の人生をどう作るのかと問い掛けたのです。

 

新たな世代が作る歌の未来

 

 

  時代と共に歌の内容や歌と人々の関係に変化を感じることはありますか

 

 流行歌のうそくささに疑問を抱き歌を書き始めて50年が経ちましたが、人々が好んで聴く流行歌の中身はうそくさいままですね。さらに最近は活字文化の衰退で歌の中身が劣化し、言葉がないがしろにされています。例えば今のロックを聴いても、言いたいことがありそうで実は中身がなく、ただ叫んでいるようにしか聞こえません。「人や社会はこうあるべきだ」という思いや、歌い手自身が何を物事の真実と捉えているかというメッセージがない。聴き手の側も、だめな歌を聴いているとそれに慣れてしまい、そのうそくささに気付けません。

 

 しかし、若い世代はいつも前の世代を否定して登場しますよね。だから僕は、新しい世代が、言葉をないがしろにする現代を否定し、言葉の重要性を取り戻してくれることを期待しています。

 

  16年にボブ・ディラン氏がノーベル文学賞を受賞しましたが、歌と文学の関係性をどう考えますか

 

 難しいですね……歌は歌、文学は文学で異質なのではないでしょうか。僕自身は作詞に当たり文学性などは意識していません。ただ歌詞については、文学と同じく言葉による芸術表現と言えるかもしれない。仮に歌詞を文学の一部として、ボブ・ディランの歌詞が当時の文学的表現として新鮮なものと評価されたのなら、彼の受賞はおかしくはないと思いますよ。

 

 そもそも人はなぜ歌い始めたのでしょう? きっと元々は「叫び」に近いものだったのかもしれない。思い余って言葉に旋律や抑揚を付けたのが歌の始まりのような気がします。

 

  AIなど最新の科学技術が歌作りに導入されることをどう思いますか

 

 出来上がった楽曲の質や完成度が高ければ、特に問題ないと思います。将棋と同じで、科学技術が人間に勝ったとしても、それは仕方ないでしょう。歌声に関して僕は「味」を重視しています。「味」のある声とは、一声の中で複数の音を出せるものだと僕は理解しています。「味」のある声を機械で作れれば、すごいなと思いますね。歌詞や曲も、言葉や音をどう組み合わせれば人に伝わる新しい表現やメロディーを「創造」できるかを機械で分析できるかもしれません。

 

 一方で僕は、人間が自らものを作ることを楽しむ欲求を捨てることはないと思います。そしてその欲求から、機械では作れない新しいものを生み出すこともあり得るでしょう。

 

  昨今の新型コロナウイルス感染症の流行は、人々と歌の関係性に影響を及ぼすでしょうか

 

 確かにコンサートもリモートでできるようになりました。しかし僕は、人が生で歌い生で聴くという楽しみ方は、主流ではないにしても続く気がしますね。例えば、CDで歌が聴けたりDVDでライブの映像が見られるようになったりした後も、生のコンサートはなくなりませんでした。技術が進歩しても、人間の中には、生で舞台に立ったり生の演奏を聴いたりすることを楽しみ、求める何かがあると思いますね。

 

歌詞出典:美空ひばり『愛燦燦』(AH-732)作詞・作曲 小椋佳


この記事は2020年8月4日号から転載したものです。本紙では他にもオリジナルの記事を掲載しています。

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