学術

2021年9月13日

【研究室散歩】@ RNA生物学 塩見美喜子教授 種の存続支えるRNAのはたらきに迫る

 

自らの手で10割明らかに

 

 新型コロナウイルスワクチンの材料としても注目されているRNA。DNAの遺伝情報を写し取りアミノ酸配列情報に翻訳されるmRNA(メッセンジャーRNA)を中心に、タンパク質合成過程において特定のアミノ酸をリボソームに運ぶtRNA(トランスファーRNA)、リボソームを構成するrRNA(リボソームRNA)などの種類が知られている。しかし、RNAのはたらきは他にもある。その一つが、20塩基長ほどの「小さなRNA」が遺伝子の発現を制御する「RNAサイレシング」だ。研究の歴史は浅く、1998年に初めて発見が報告された。RNAサイレシングに働く「小さなRNA」は、機能や生合成経路の違い、末端修飾などの特徴からsiRNA、miRNA、piRNAの三つに大別されるが、塩見美喜子教授(東大大学院理学系研究科)はその中でも、生殖組織に特異的に存在して「動く遺伝子」とも呼ばれるトランスポゾンの発現を抑制をするpiRNAの作用機序についての研究を行っている。

 

 トランスポゾンはウイルス由来のDNA配列で、ウイルスのようにゲノム上を移動する性質を持つ。塩基配列の変化を引き起こすことで生物の進化を促進してきた一方、生殖組織で発現すると、生殖細胞のゲノムが損傷し、卵子・精子形成不全、ひいては不妊をもたらす可能性がある。piRNAは生殖組織におけるトランスポゾンの発現を抑制することで、種の存続に貢献している。しかし、piRNAが生合成され、トランスポゾンを探し出し抑制する仕組みはまだ完全には解明されていない。piRNAが発見され、広く有性生殖生物に保存されていることが分かり始めたのが2006年。「はたらきに関わる数十の遺伝子から考えると、現在は6、7割が明らかになっています」と塩見教授は語る。「今は分かっていない部分を一つずつ穴埋めしていっています。私自身の定年までに、10割明らかにしたいと考えています」。研究には主にショウジョウバエをモデル生物として使用し、分子生物学、生化学、生物情報学、構造生物学など幅広い領域の手法が用いられる。

 

メンバー全員が一丸となって研究

 

 研究室は和やかな雰囲気だという。「余計な問題のない、皆が研究に没頭できる環境づくりのため、積極的な声掛けと対話を心掛けています」。塩見教授は、現在は実験を研究室のメンバーに任せ、論文の執筆と研究室の運営に集中するようになった。「国からの研究費を使用するので、その申請内容に合った研究を学生やスタッフとともに一丸となって進めています。指示をする際は一方的にならず、選択肢と相談の余地を設けるようにしています」。ラボミーティングは週に1回。進捗を発表し合い、適宜アドバイスをする。学生の進路は、博士課程に進学する学生がのべ3割ほど、修士課程卒業後は全体として研究職に就く学生が多いという。

 

試料などを保管する個人ごとの冷凍庫を足元にいれるための、背の高い実験台が特徴的。その高さは、隣にある一般的な机の高さと比較しても明らか
タンパク質の単離を行う学生

 

サイエンスの面白さに突き動かされて

 

 現在は生物学を研究する塩見教授だが、学生の時は農学を学び、有機合成の研究を行っていた。RNAの研究を始めたのは修士号を取得し、研究員として2年ほど働いた後。同じく研究者だった夫の留学に付いて渡米した際に「たまたま教授に声を掛けられ、夫の所属する研究室で研究員として働くことが決まりました。それがRNAの研究室だったんです」。それ以降RNAの研究を続けているという塩見教授。最初はRNAウイルスに対する自己防御に働くsiRNAや、遺伝子の発現を抑制するmiRNAなどの全身性の「小さなRNA」の研究を行っていたが、同じ仲間にも関わらず生殖組織のみに存在し、それゆえに研究も難しいpiRNAの研究に次第にチャレンジしたいと思うようになったと話す。

 

 「negativeな言葉で表現すると、目の前にある波に乗り、それに流されてきました」。明確な目標に向かってがむしゃらに進んできたのではなく「手中にあるものが面白ければ良い」という考えのもとで人生を歩んだ結果、研究を続けていたと塩見教授は語る。「サイエンスの分からないことを自分の手で発見する面白さは学生の頃からずっとあります。研究は忍耐力が必要で、嫌になることもありましたが、やめようとは思いませんでした」

 

 塩見教授は09年、自然科学分野で優れた業績を挙げた女性研究者に贈られる「猿橋(さるはし)賞」を受賞した。自然科学分野で活躍する女性については「特に日本で、まだまだ少なく感じる」という。女性の割合を増やす試みとして女性限定の公募が行われることもあるが、男性でもポジションが減っている中、逆差別だという意見もある。「女性が少ない環境では、女性は情報収集に苦労するかもしれません。学会の後など、男性同士での情報交換の場に入りにくいためです」。また子育てをしながら研究を続けるのも大変だったと話す。「私の場合はパートナーや研究室のメンバーの理解があったため、研究と子育てを両立できました。女性の割合が増えれば、これらの問題は解決されるはずです」

 

 最後に東大生に向けてのメッセージをお願いすると「『何かをやりたい』と思ったら、色んなことを考えすぎずにやってみてください。人の意見に流されたり、一度失敗して諦めたりするのはもったいないです」と語った。(伊藤凜花)

 

塩見美喜子(しおみ・みきこ)教授(東大大学院理学系研究科)88年、京都大学大学院修士課程修了。博士(農学)。博士(医学)。徳島大学准教授、慶應義塾大学准教授などを経て12年より現職

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