PROFESSOR

2019年4月17日

ジェンダー論・瀬地山角教授と振り返る、姫野カオルコブックトーク【前編】「モヤモヤ」が残った理由とは

 2018年12月に東大駒場Ⅰキャンパスで開催されたブックトークイベント。白熱するも迷走した議論の展開に批判が集まったこのイベントおよび関連テーマについて、主催者の林香里教授に続き今回は登壇者の1人でジェンダー論を専門とする瀬地山角教授(総合文化研究科)と共に振り返る。議論はなぜ迷走してしまったのか、ブックトークの本来のテーマであった学歴社会と性差別はどのような関係にあるのか、東大はあの事件を受けて何ができるのか……。前編では、なぜ議論が迷走し「モヤモヤ」した感情が後を引いたのか、議論の展開や発言者の意図を分析しながら考えていく。

(取材・武沙佑美 撮影・石井達也)

 

 

ブックトークで小説内の事実誤認を指摘した理由

 

──ブックトークに登壇するまでの経緯を教えてください

 昨年の秋、『彼女は頭が悪いから』を読んだのと同時期くらいに、林先生から「この本を基に、東大と性犯罪などのテーマについて話し合うブックトークを企画しているので、登壇してほしい」との話がありました。ただ私は正直に申し上げて、この本を題材に話し合うのは無理だろうと思いました。この本は、東大の主要な描写について事実と異なる点が多いと思われたからです。教養学科のゼミでもこの本を読んだのですが、ブックトークでも述べたように、三鷹寮とか女子学生比率とか理Ⅰ生のこととか、そういった細かいように見えるけれど東大の現状を理解する上で重要な描写の一つ一つが違っているので、少なからぬ東大生はリアリティーを持って読めないという意見がたくさん出ました。

 

──ブックトークでは、フィクションである以上、描写の違いは許されるのではないか、という議論がありましたが、なぜ描写の違いを指摘することが重要だと思ったのでしょうか

 もちろん姫野さんは商業作家さんで出版の自由もあるし、一般読者向けのフィクションに描写の違いがあっても大したことはない、というのは分かります。東大生向けの本なんか書いたって売れるわけがありません(笑)。ただその結果として、東大生がリアリティーを持って読めない部分も多々あった。結果として東大という実名を出している割にはあまりに詳細がおかしく、実際にゼミでもこれでは読めないという声が上がりました。そのため東大での性犯罪防止策について話し合う手段としてあの本を使うのは難しいと感じました。犯罪の背景は単なる学歴差別だけではなく、女子学生が少ないところにもあるはずです。ですからその女子学生比率が対策の根源であるはずなのに、本では肝心の比率の数値が事実と大きく乖離(かいり)している。あの本を基に話してほしいと言われたから、違いを指摘せざるを得なかったんです。

 

 ただ結果として、加害者側の組織に属する男性によるファクトチェックと受け取られてしまったのは私の完全なミスだと思います。東大についての本の描写とは別に事件が起きたのは事実で、加害者側の組織としての責任は当然あるし、何かやらないといけない。私があの場で強調するべきだったのは、実際の性犯罪の防止について言及し、その取り組みを説明することだったと思います。私はジェンダー論の講義や学内での会議を通して東大で女子学生比率の向上や性暴力事件の防止のために取り組んでいて、ブックトークの質疑応答で矢口祐人先生も「瀬地山は孤軍奮闘している」と言ってくださっていました。地方都市や高校に出かけて、東大に来てほしいと女子学生に呼び掛けることもしています。そうした私の活動を知っている人にはファクトチェックだけをしている人間ではないことは分かっていただいているのではないかと思います。

 

──つまりファクトの違いを指摘したのは、社会が性犯罪の問題の根源や東大の実情について間違った認識を持ってしまうという懸念があったから、ということでしょうか

 そうですね。例えば、加害者は実際そんなに「つるつるぴかぴか」でいられないと思いますし、「つるつるぴかぴか」に見えるのは外から見たときだけだと考えます。それ以上に、肝心の学生、特に理Ⅰの学生に「これ読んで反省しろ」といっても、無理だろうと思ったからです。小説の読み方を知らない馬鹿と言われても、当該事件を考えるのであれば、最低限フィクションと事実のずれについては、ハードなファクトを含めて、誰かがきちんと指摘はしておかなければならないと思っています。

 

 

学外に「火を噴く」のは「劣等感の反転」

 

──ブックトークで瀬地山先生は、加害者が「挫折感がない」「つるつるぴかぴか」と形容されている点に強い違和感を述べておられましたが、なぜ違和感を覚えたのでしょうか

 私は、加害者はよく東大生の周りで「チャラい」と言われるような連中だと思いました。「チャラい」というのはある意味「モテない」の対義語で、東大生が「自慢」できること。性比が異常な東大では、東大男子はモテないですから。「チャラい」連中は学内での勉強では評価されないので、東大の外でしか「東大」という名前が効かない。だからその強烈な代償行為として学外で、あの事件のように「火を噴いた」んだと私は考えました。劣等感の反転です。

 

 しかも今回の事件の場合、加害者はもともと理I出身でした。理Ⅰは東大の中でも特に女性と会う機会が少ない科類で、それによる問題もたくさんあったはずです。例えば、女性との接し方が分からないとか、接していることへの過剰な優越感とか。でもそういったことが、本に出てくる、「理Iだと女子カードが2枚」という描写になった途端、描けなくなる。別に描かなくてもいいのですが、そういう問題の背景が見えないし、理Ⅰの学生にはリアリティーを持っては読み続けられなくなってしまう。ジェンダー論の講義でも理Ⅰがいかに女性との接点が少ないかが毎年話題に上がります。「理Ⅰだと女子カードが2枚」はその世界からはかけ離れています。そのために理Ⅰの学生さんの多くがこの本の話は「関係ない話」だと捉えてしまうことが予想され、そういった意味でこの本が、東大生の性犯罪防止には必ずしも役に立たないと考えています。

 

 性別に関係なく東大生が一番言われてうれしいのは「○○さん、東大生っぽくないね」という言葉だと思います。そしてこれもまさに、学外に向かって「火を噴いている」構造の現れだと思うんです。でもその構造は「つるつるぴかぴか」では描けない。小説でそのように描かないのは作家さんの自由ですが、小説による、事実とは異なる描写を基に東大の問題を考えろというのは無理だと私は考えたわけです。

 

──ですが、「加害者は挫折していなければならない」「つるつるぴかぴかであるはずがない」と決め付けることはできないのではないでしょうか。姫野さんもフィクションの中で、あり得る加害者像として提示しているだけなのでは

 小説ですからそういう立場を採ることは作家さんの自由だと思います。ただ加害者像としてリアリティーを感じるかと言われると、ゼミ生の意見も聞きながら、私にはあまりそのようには思えませんでした。2年生にもなれば進学選択(当時は「進学振分け」)がある。登場人物のディテールを描いていくはずの前段の部分で、試験の成績も進学先の選択の話題もなしに描かれると、中にいる人間からは架空の話になる。繰り返しますが、小説ですから、それは作家さんのご判断です。ただ卒業研究・卒業論文を書く学部3、4年生や、修士論文で苦しむ大学院生も含めて、つるつるぴかぴかでいられるはずがない。そう見えるのは、学外から見たときだけだと思います。

 

 確かにいろいろな被害・加害のパターンがあるとは思います。あのブックトークでの最初の方の女性の質問者が「私の周りでは優秀な人もハラスメントに走っている」というようなことをおっしゃっていましたが、そのケースも他大から東大に入った院生の方だったので、結局は学外に向かって「火を噴いている」状態なんじゃないかなと私は思いました。劣等感の反転です。

 

 私のゼミでの議論がおかしかったという批判もあるのかもしれませんが、極端に偏っていたとは思いません。「あそこが違う」「これでは読めない」といった意見がすごくたくさんあったので、その学生さんの声をブックトークで届けなければと思いました。それに、あの本の内容があのまま事実のように流通するのも、問題を考えるためには、良いことではないと考えました。

 

 紹介した学生の意見の中には、女子学生のものの方が多かったはずです。そういえば、その女子学生当人たちがあのブックトークに来ていて「マイノリティーの東大女子がまるで権力を持っている側みたいだった」とびっくりしていたのは印象的でした。

 

 

──小説を、事実と描写の違いと切り離して読むゼミ生があまりいなかったのはなぜだと思いますか

 切り離すのなら、事件そのものを扱った方がはるかに価値があるはずです。わざわざ小説を使う必要はありません。

 

 これが小説になって、基本的な描写が違うから、作家は別の世界のことを書いているのだなと思って入り込めない人がいるのは不思議ではないと思います。ストーリーに密接に関わるようなファクトが違うと、描かれている東大生をイメージできない人が私を含めゼミ生にもいた。これが私の議論の背景です。

 

 寮の広さなんてどうでもいいと思った人がいたのはよく分かりますが、私は学生委員会で三鷹寮を視察したり、入寮選考をやったりしてきました。ですので学生さんの立場から「苦学生の集まる三鷹寮を『広い』というのは、いかがなものか」という意見が出るのはよく分かりました。ネット検索ですぐに13平米だとわかるのですが、小説としては重要ではなかったのでしょう。それは作家さんのご判断で、こちらがとやかくいう筋合いの問題ではありません。

 

 ただ単に広さの問題ではないのです。それだけならあんなにこだわりません。たぶん三鷹寮の学生は読めなくなるし、それ以上に三鷹寮生=苦学生という東大内の常識に反して、恵まれているように記述されているので、読み進められなくなる。「三鷹寮が広い」となった瞬間に、学外者の視線で想像に基づいて書いているんだろうと思う学生さんがいるのは仕方ないでしょう。したがって繰り返しになりますが「この本を読んで反省しろ」と理Ⅰの学生に渡してもあまり効果はない、という判断は変わりません。その意味で私はあの本が東大生の性犯罪防止を議論する上ではあまり役に立たないと考えているのです。

 

 ただ、だとすれば東大が性犯罪防止にどういう取り組みをしているのか、していくのかをきちんと私が説明しなければならなかったはずで、それをしなかったのが私の最大のミスです。ブックトークの後、ゼミで反省会もやったんですけれども、やはり「最後に瀬地山が東大の取り組みを説明するべきだった」というのが、一番大きな問題として出され、それは私もその通りだと思っていた点でした。

 

──この本でやるのは無理だと思う、ということは林先生に伝えなかったのでしょうか

 問題点は伝えたつもりです。林先生にどのように伝わったかまでは分かりません。ただ事後に東大新聞の記事を読んで、「学歴の差と性犯罪」という、広い文脈をもっていらしたことに後から気が付きました。ただあの場で言及していた東大の固有性のようなものを論じるのなら、私は、この本は東大に関する間違いが多すぎるということを伝えた上できちんと議論せざるを得ないと思う、と伝えました。「それはそれで東大の多様性みたいな話になるだろうから良い」とおっしゃったので、それなら、ということで登壇しました。ただ、その段階ではブックトークで実際に起きたような展開になるとは想定していなかったので、結果としては打ち合わせ不足でした。東大という「記号」について議論を深めるのであれば、その概念の検討を含めて、すり合わせが必要だったように思います。東大生の性犯罪が持つ固有の悪辣(あくらつ)さを告発できなかったのは残念ですし、私の失策です。

 

 「学歴の上下関係が男女関係に影響を与えた」という広い意味で、「東大」を使っているなら、それは「東大」に限った話ではないと思います。早稲田大学でも慶應義塾大学でも京都大学でも、大学名を聞いて「へえ、すごい」と言ってもらえる大学では起きる可能性がある。ただ東大固有に発現するメカニズムを考えるなら、少し別の捉え方をする必要があると思っています。東大は入学時にそもそも英語の成績トップ10%に別メニューがあり、期末試験の点数によって、(小数点以下のレベルで)進学先が決められてしまう。入学以降も点数による序列化が明確に起きて、それによって進学する学部・学科が変わってしまう大学です。成績や進学先が序列として意識されやすく、だからこそ外に対してしか、大学名が意味を持たないという現象が起きやすいと思っています。劣等感の反転です。駒場キャンパスで教えている私は理Ⅰを含め、点数競争にさらされる学生ばかり見ていますから、もしかすると本郷の先生方が感じていらっしゃるリアリティーとは違うのかもしれません。そこは私には分かりませんが。

 

──ネットではブックトーク自体がセカンドレイプになり得るという声もありましたが、それについてはどう思いますか

 そのような指摘は開催前からあり、意識はしていました。ただブックトークでは加害者側の組織を代表する立場として、「加害」ではなく作品による「セカンドレイプ」に焦点を移すことは許されないと思い、これを発言することは控えるべきと考えました。ただ論点としては看過すべきではないものだと思います。開催に際して東大側が配慮すべきだった点で、この論点に目をつぶることもまた、特殊な政治性を持ってしまう。被害者の気持ちに寄り添ったときに、あの集まりは何だったのかということは、私を含めて考えなければならないと思っています。

***

瀬地山 角(せちやま・かく)教授(総合文化研究科)

 93年総合文化研究科博士課程中退。博士(学術)。北海道大学助手、米ハーバードイエンチン研究所客員研究員などを経て09年より現職。

 

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