COLUMN 2019年10月21日

【漫画×論評 TODAI COMINTARY】 『ちーちゃんはちょっと足りない』阿部共実

 今や日本が世界に誇る文化となった漫画。編集部員自らが読者諸賢にぜひ読んでほしいとお薦めする漫画作品(Comics)を、独自の視点を交え、論評(Commentary)という形(Comintary)でお届けする。今回は、『ちーちゃんはちょっと足りない』(阿部共実)を紹介する。

税込み748円 ©阿部共実(秋田書店)2014

 

いつも「足りない」私たち

 

 昭和の文豪、太宰治は今でも熱狂的なファンが多い。人間の弱さ、醜さを赤裸々にさらけ出す作品の主人公に、読者は自分自身を重ね「まるで自分に向けて書かれたよう」だと錯覚するからだろう。この『ちーちゃんはちょっと足りない』は、その点で極めて「太宰的」だ。「宝島社『このマンガがすごい! 2015』オンナ編第1位」に選ばれたのも、多くの読者の共感を得たからだろう。

 

 団地に住む中学2年生女子のちーちゃんとナツ。幼なじみの2人は程度の差こそあれ、成績、お金、友達、恋人が「足りない」点で共通している。とはいえクラスメートたちと毎日ワイワイやっている。そこにあるのは、都会でも田舎でもない、ありふれた町の普通の中学生の姿だ。

 

 しかし中盤の第5話である「事件」が起きる。ただ事件とは言っても、あくまで中学生レベルのもの。とはいえ一つの歯車の狂いが全体を狂わせてしまうように、それまでため込んでいた不安や不満がせきを切ったようにあふれだす。思春期独特の危うさがはじけるそのシーンには、作者独特の表現描写も相まって恐怖さえ感じる。

 

 そうして一度狂った歯車は元に戻らないまま、物語は終盤へと向かう。とはいえ、その狂いが一度元に戻りかけるシーンがある。そこに見られる、微妙な心の揺らぎの表現は本作の白眉であろう。ただ絶望にくすぶり続けるのではなく、たまに希望を抱いたりもして、物語が単線的に展開しない。登場人物の性格も善悪二元論的にラベリングされておらず、多面体としての人間が見事に表現されている。

 

 ラストに至ると、その最後のコマに描かれている場所が、構図も含めて第1話の最後のコマと同様に描かれていることに気付く。一方で両者には相違点もあることにも気付く。第1話から最終話まで、時間の経過はたったの1カ月。そのわずかな間の大きな転遷が、同じ構図だからこそ読者により印象深く理解される。余韻を持たせたラストの解釈は読者に委ねられるが、今はその価値に気付かなくとも、変わらず自分のそばにいてくれる友達がいることの、なんと幸せなことか。

 

 読み終わって本を閉じると、表紙の『ちーちゃんはちょっと足りない』というタイトルにこの作品の全てが詰まっていることに気付く。果たして「足りない」のはちーちゃんなのか? ちーちゃんでないなら、誰が足りないのか? 何が足りないのか? なぜ足りないのか?

 

 全8話、1巻完結の短い作品である。だがその分量と反して、内容はライトとは言い難い。自分の心の穴をのぞかれたような読後感に襲われるため、単純に読んでよかったとは思えないかもしれない。だが心のどこかで少しでも「足りない」と感じている人はぜひ読んでみてほしい。

(大西健太郎)

 


この記事は2019年10月8日号から転載したものです。本紙では他にもオリジナルの記事を公開しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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