INTERVIEW / PROFESSOR 2019年9月19日

固定観念を打ち破れ 気鋭の歴史学者・呉座勇一助教と「考える」を考える

 受験勉強ではつい点を取るためのテクニックに頼ってしまいがちだが、考えるということの本質を忘れてはいけない。著書『応仁の乱』(中央公論新社)がベストセラーとなった、東大出身の歴史学者・呉座勇一助教(国際日本文化研究センター)に、自ら考えることの重要性について聞いた。

(取材・撮影 小田泰成)

 

 

━━中高時代はどんな生徒でしたか

 

 別に日本史マニアとかではなく、普通の生徒でしたよ。ただ、通っていた中高一貫の進学校で、自ら考える力を養うための総合社会という授業があったのが印象的です。生徒が全員、現代社会が抱える課題について独自に調べ、中3で「卒業論文」と呼ばれるレポートを書く、というものでした。当時は「進学校ならもっと受験に直結することを教えてもいいのに」と不満でしたが、今ではいい経験になったと思っています。

 

━━日本史に興味を持ったきっかけは何ですか

 高校の日本史の先生の授業がマニアックだったことです。大学レベルの最新の学説まで話すから、補講をしても全然授業が進まない。結局、高校卒業までの間に、明治初期までしか進んでいなかったんじゃないかなあ(笑)。でもそのおかげで、日本史の複雑さを何となく面白いと思うようになりました。

 

━━文Ⅲに入学後、文学部で日本史を専攻します

 

 以前から日本史に興味はありましたが、成り行きによる部分もあります。東大に入った直後、たまたま日本史の魅力を熱く語る先輩に出会ったのが、日本史を志す決め手でした。

 一時は、夏目漱石研究の第一人者である小森陽一先生(現東大名誉教授)に憧れて、日本文学を考えたこともありました。でも小森先生が所属する後期教養学部に行くには好成績が必要だと知り、やめました。もし日本文学の魅力を熱く語る先輩に出会っていたら、今ごろそっちを研究していたかもしれません。

 

━━日本史の中でも、中世を専攻したのはなぜでしょうか

 

 これも成り行きの側面がありました。学部3年の4月に、東大入学直後とは別の、中世史の魅力を熱弁する先輩に出会ったんです。

 元々は中世と近代で迷いました。戦国武将や幕末志士が度々ドラマの題材になるなど、花形の時代ですから。でも私が学部生だった頃は「新しい歴史教科書」問題という、日本の近代の捉え方を巡る騒動が起きていて、近代っておっかないなと……(笑)。落ち着いて研究できそうな中世を選びました。

 

━━では、研究の道を志したのも……

 成り行きみたいな部分はありますね。東大に入った当初は出版社に憧れていました。ところが就職氷河期と重なり、出版社に入るのは無理だと悟りました。

 もちろん、研究するうちに「学部3、4年の2年間だけでは足りない」という思いも芽生えていました。修士課程に進まないと、研究の本当の面白さを味わえないと思ったんです。

 

━━現在の研究テーマの一つである「一揆」に出会ったきっかけは何でしょうか

 

 私の地元である練馬区には、石神井(しゃくじい)城跡という史跡があります。よくよく調べてみると、築城した豊島氏という武士は、他の武士と平(へい)一揆というものを結んでいました。「一揆は農民が結ぶもの」というイメージを覆され、中世の多様性に魅了されていきました。

 

━━具体的にはどのように多様なのでしょうか

 

 軸がないんですよね。古代なら律令国家、近世なら徳川幕府、近代なら中央政府というように、他の時代には軸となる権力が存在する。でも中世には武家も公家も寺社も庶民も、皆それなりに力を持っていて、突出した勢力がいません。

 見方を変えると、いろいろな可能性があった時代だといえます。例えば南北朝の動乱だって、当時の人々は「絶対足利氏が勝つ」なんて思っていない。『応仁の乱』がヒットしたのは、混沌とした中世の様子が複雑な現代社会と重なり、読者の共感を得たからではないかと考えています。

 

━━そう聞くと、中世の研究は大変そうに感じますが

 

 よく分からないからこそ面白いんです。自分の見通しがすぐに証明できたのなら、それは大した発見ではありません。史料によって自分の想定が裏切られて「どう説明すればいいのか」と悩みだしてからが本番。先入観にとらわれて、自分の考えに合うように史料を曲解しては駄目です。

 

 

 

 

━━著書『陰謀の日本中世史』(KADOKAWA)では、安易な分かりやすさに飛びつくことに警鐘を鳴らしています

 

 例えば「本能寺の変は黒幕の陰謀によって引き起こされた」と聞くと、全てが分かったような気になりますよね。こうした陰謀論のような「複雑な事象を一気に説明する分かりやすい論理」って、魅力的なんですよ。でもあまりに荒唐無稽(こうとうむけい)なので、学界は相手にしていませんでした。相手にすると学界の格が落ちる上、そうした論を唱える相手の宣伝になるからです。

 昔はそれでも良かった。陰謀論が載った本を買う人なんて一握りでしたから。でもSNS全盛の今は陰謀論が広まりやすくなり、それに飛びつく人も増えてしまいました。これは危ない。複雑な現代社会では、受け売りではなく自分の頭で考えないと、生き抜いていけないと思います。

 

━━こうした危機感を抱くきっかけになった出来事はありますか

 

 元々、インターネットとかを見るのが好きなんです。学生だった頃は「2001年の同時多発テロ事件はアメリカの自作自演だ」みたいな陰謀論を掲示板でよく見掛けました。最近特に「これはまずい」と思ったのは、江戸しぐさですね。江戸の商人の行動哲学と称されるもので、裏付けとなる史料がないのに道徳の教科書にまで載ってしまいました。

 

 数年前にある大学で非常勤講師をしていた時の経験も大きいですね。高校の日本史の教科書はいろいろな監修者の合意を経る必要上、定説として浸透した20~30年前の学説を基に書かれています。だから、講義で「高校ではこう習ったかもしれないけど、最新の学説ではこうだとされている」と説明しました。すると、授業アンケートで「なんで最新の学説を高校で教えてくれなかったんだ、二度手間だ」と書いてきた学生がいました。

 

 そうじゃないんです。私の講義だって100%正しいわけではない。常に将来の研究によって学界の通説が更新され得るわけです。大学では、手っ取り早く正解を求める姿勢を捨てなくてはいけません。

 

━━学問の扉をたたこうとしている受験生に、メッセージをお願いします

 東大入試の日本史には、問題文に付されている参考資料を素直に読むと、最新の学説に基づく解答を導き出せる仕組みになっている問題があります。ところが予備校の模範解答の中には、参考資料をきちんと読まずに、古い学説に依拠して記述しているものが散見されます。受験のプロである予備校講師ですら、固定観念にとらわれてしまう。自分で考えることの難しさを感じますね。

 受験ではどうしても点数を取らなくてはいけませんよね。「迷ったらこうすればいい」といったマニュアルに頼らざるを得ないのはある程度しょうがないと思います。とはいえ、頭の片隅では、自分で考えることの重要性を覚えておいてほしいですね。学問の本質は、固定観念を打ち破ることです。東大入試も、その姿勢を試しているのです。

 

呉座勇一(ござ・ゆういち)助教(国際日本文化研究センター)
 08年人文社会系研究科博士課程単位取得満期退学。博士(文学)。人文社会系研究科研究員などを経て、16年より現職。


この記事は2019年9月10日号(受験生特集号)の記事の拡大版です。本紙では他にもオリジナル記事を公開しています。

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