インタビュー

2023年12月29日

戦争だけが歴史じゃない 2024年大河ドラマ「光る君へ」時代考証・倉本一宏教授インタビュー【後編】

 

 2024年の大河ドラマ「光る君へ」。紫式部が主人公となる本作は、平安貴族の世界を描く初めての大河ドラマとなる。「光る君へ」の時代考証を務めるのは、日本古代史・古記録学を専門とする倉本一宏教授(国際日本文化研究センター・総合研究大学院大学)だ。大河ドラマの見方や、日本古代史研究の魅力、歴史への向き合い方について話を聞いた。(取材・山口智優)

 

【前編はこちら】

戦争だけが歴史じゃない 2024年大河ドラマ「光る君へ」時代考証・倉本一宏教授インタビュー【前編】

 

 

 

倉本一宏教授
倉本一宏(くらもと・かずひろ)教授(国際日本文化研究センター・総合研究大学院大学)
89年東大大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。博士(文学)。09年より現職。著書に『紫式部と藤原道長』(講談社)、『平安貴族とは何か三つの日記で読む実像』(NHK出版)など。

 

好きなことに打ち込んだ学生時代 ゼミから開けた将来の道

 

──東大ではどのような学生生活を送っていましたか

 

 入学当初は運動部に入りたいと思っていたんですが、レベルが高すぎたり他の大学との実力差が大きすぎたりして楽しくなかったのでやめました。結果ほとんどの時間を勉強に費やすことになりました。

 

 三重県出身で奈良や京都によく行っていたこともあり、入学当時から歴史に興味があったので、授業では、歴史学のゼミナール形式の少人数講義に二つ参加していました。7世紀の天武天皇の時代を扱うゼミと、11世紀の摂関期を扱うゼミです。両方とも非常に自分に合っていて、今でも7世紀と11世紀を中心に勉強しています。

 

──ゼミに夢中になっていたのですね

 

 古代史のゼミは、大学1、2年生にとってはおそらくレベルが高すぎました。一人また一人とやめていくのですが、最後まで耐えた人は今でも研究者として残っています。私も1、2年の時から一生懸命に専門的な勉強をして、論文も書きました。11世紀のゼミで書いた論文は後に発表して、現在、私の本に載せています。

 

 3年生からは後期課程で専門教育を受けましたが、当時は大学院に入ることは非常に難しかったので、研究室には大学院生の先輩だけでなく学部5年目や6年目の先輩もたくさんいて、そういった人たちにもまれながら勉強しました。

 

──大学でやって良かったこと、やっておけば良かったことを教えてください

 

 やって良かったことは、時代を絞って研究をしたことです。また、研究室の人たちとは仲良くやっていて今でも交流があるのですが、そういった人脈が作れたのは良かったです。

 

 しかし大学に就職すると、専門だけに特化して教えるということはなかなかできませんし、より視野が広く教養が深い同僚も多いので、自分が専門ばかになっていることを実感します。私ももっと広い視野で勉強しておけば良かったと思います。また、語学をおろそかにしていたことも反省しています。専門的なことを外国語で話したり質問に答えたりすることは私にはできないので海外の仕事で苦労します。もっと語学をやって自由に話せるようになっておけばよかったと思います。

 

──研究者を目指したきっかけは何ですか

 

 勉強はずっと続けていきたかったですし、学科の流れとしてみんなが大学院への進学を狙っているというのもありました。ですがそれ以上に、会社員になって毎日満員電車で通勤するのが嫌でした。当時はまだ大学の先生は暇でしたし、そこそこの給料をもらえたみたいなのでその方が良いなと思い、研究者になって大学に就職することを決めました。

 

──日本古代史を専門に選んだのは、1、2年生の時から取り組んでいたからですか

 

 はい。しかもちょうど私が後期課程に進み本郷に移るタイミングで、7世紀のゼミを担当してくださっていた笹山晴生先生が駒場から本郷に移られて、そのまま私の指導教官になってくださったのです。先生には比較的評価していただいていたので、このままずっと古代史をやろうということになりました。

 

 また、ラッキーなことに、土田直鎮先生のゼミにも入ることができました。土田先生は東大の歴史の中でも屈指の平安時代の専門家です。こうして平安時代の勉強も続けることができたので、このまま2本立てで研究を続けていこうと思ったのです。

 

大学の卒業式にて
大学の卒業式にて。左から、土田直鎮氏、倉本さん、笹山晴生氏(写真は倉本さん提供)

 

──倉本さんの現在の専門は「日本古代史・古記録学」となっていますが、「古記録学」とは

 

 古記録とは、『御堂関白記』(藤原道長)や『小右記』(藤原実資)、『明月記』(藤原定家)など、男性貴族が漢文で書いた日記のことです。古記録学とは、「記録って一体何だろう」、ということを突き詰めて考える学問です。私は、「記録そのものを勉強している」という志の表明として古記録学を専門に掲げています。

 

文学作品説明_前編
(東京大学新聞社が作成)

 

 古記録を学び、その成果を広めることは非常に重要です。平安時代というと、ほとんどの人が文学を通じたイメージしか持たないからです。『源氏物語』に描かれているような平安貴族の姿が、現実にもそうだったと思い込んでいる人が多いのです。私は、国際日本文化研究センターに勤める者として、学問を世間一般、さらに外国に広めるという使命を負っています。記録をものすごく勉強して、平安時代の実像を分かりやすく世の中に広めることが必要だと考え、今の職場に移ってからは基本的に古記録を中心に研究しています。

 

──「古文書」と「古記録」は別物なのですか

 

 ええ、史料としての質が全く異なります。一般的な歴史学者が用いる「古文書」は、正倉院文書や平安時代の文書などですが、これらは誰かにとって都合が良いように書かれています。読むこと自体は比較的容易ですが、読んだこと一つ一つに対して「本当は何があったのか」を考える必要があるので読み解くのはかえって難しいです。

 

 一方、古記録は日本人が書いた漢文なので、文法や字がめちゃくちゃだったり、しかも人によって文法が違ったりするので読むのは大変です。しかし日記なので、出来事が起こったその日か次の日には書かれていますから、わざと書き換えられているようなことはありません。しかも、人々の感情やせりふも書いてあるので、非常に詳しく伝わるという特徴があります。

 

 このように、古文書と古記録は史料としては別物なので、両方扱っているという人はほぼいません。

 

『御堂関白記』自筆本
『御堂関白記』の自筆本。陽明文庫の許可を受け掲載(写真は倉本さん提供)

 

──後進の歴史学者や、歴史学者になりたいと考えている人へのメッセージをお願いします

 

 やりたいことをやるのが人間にとって一番幸せです。なかなか就職がなかったり、世間に認められなかったりと、苦しいこともたくさんあると思いますが、嫌なことを毎日やるよりは、好きなことをやっている方が楽しいですから、頑張ってほしいと思います。

 

 どうせ100年も生きるわけじゃないんですから、歴史に限らず、好きなことをやって生きていくのが一番ですよ。皆さん頑張ってください。

 

まずは史実を知ることから 平和な時代にも目を向けて

 

──倉本さんは、著書などで「リアルな歴史」を知ることが重要だと強調しています

 

 歴史学というのは、「本当は何が起こったか」を知る学問です。全ての歴史学者は、まず何が起こったかを正確に突き止め、そこから次の段階に行きます。スタート地点が空想の世界だと困るのです。しかし、ドラマや漫画、映画は、フィクションを多分に含むイメージを人々に印象付けます。一般社会に生きる人にとってはそれで楽しければよいのでしょうが、歴史学者には本当のことを追究し、世間に広める義務があります。来年の大河ドラマも史実とはかけ離れたストーリーになっていますが、それとは別に本当はどうだったのかを知らせなければならないと思って本を書いたのです。

 

──著書を執筆する際にはどのようなことに気をつけていますか

 

 われわれのように税金で給料や研究費をもらっている者には特に、成果を世間に対して分かりやすく説明し、誰でも使えるようにする義務があると考えています。私も、世間に分かりやすく、なるべく手に取りやすい発信方法を試みていて、本ならなるべく安くする、データベースなら誰でもどこからでもアクセスできるもので公開するということを最も意識しています。

 

 具体的には、例えば著書で漢文の史料を引用するときにはできる限り現代語訳を載せるようにしています。また、文章についても自分としてはなるべく分かりやすく書いているつもりです。最近では、『平安貴族とは何か三つの日記で読む実像』(NHK出版)にて、私がラジオで話したことをそのまま文字起こししてもらい、話し言葉のままで本にするという新しい試みを取り入れました。

 

倉本一宏『平安貴族とは何か 三つの日記で読む実像』
倉本一宏『平安貴族とは何か 三つの日記で読む実像』NHK出版新書、税込み1023円

 

──「分かりやすさ」と「正確さ」の間にはジレンマがあるとも言われていますが

 

 私は両立可能だと考えています。私が工夫している点は、なるべく政治的主張を排除すること、また古記録と文学作品をごちゃまぜにして提示しないことです。多少面白さは損なうかもしれませんが、正しい史料だけを使って本当の話だけを書けば、分かりやすく正確な伝え方ができると思います。

 

──平安時代の歴史のリアルを学ぶことは、現代を生きる私たちにどのようなヒントを与えてくれるのでしょうか

 

 平安時代と江戸時代は戦争がありません。というより、日本の歴史を見ると、前近代にはほとんど戦争がなかったと言えます。日本から他国へ侵略したのは4~5世紀・7世紀・16世紀しかありませんし、内戦もほとんどありませんでした。よく教科書に「○○の乱」など出てきますが、他国の内戦と比べるとはるかに小規模です。ですから、どうしてこんなに平和だったのだろうというのをよく考えてほしいのです。特に近代以降は、武を重んじる国になってしまってアジアへ侵略を始めるわけですが、そのような歴史を繰り返さないために、「平和な時代がなぜ平和だったのか」をよく考える必要があります。

 

 また、平安時代中期は、天皇から庶民に至るまで奈良時代よりはるかに豊かでした。それはどうしてかも考えてほしいです。今の世界情勢を見ても分かるように、人間にとって最低限の幸せは、ご飯が食べられることと、戦争の恐怖がないことです。平安時代中期や江戸時代は、それまでよりも多くの人がご飯を食べられて、戦争の恐怖にさらされずに生きた時代です。そういう時代から学ぶことは大きいと思います。

 

──歴史観の食い違いによる国際問題が存在するなど、歴史は現代社会にも大きな影響を与えています。社会と関わっていく上で、若い世代には、歴史とどのように向き合ってほしいと考えますか

 

 まず、正しい歴史を学んでほしいですね。相手の国を正しく学び、自分の国を正しく学ぶことは、他国と付き合う上で最低限の常識だと思うのです。たとえ歴史を専門にせず、公務員になろうが会社員になろうが、外国と付き合うならばその国の歴史をしっかりと知っていないと話もできず、相手のことを正しく理解できません。ですから、興味本位で映画やドラマを見るのではなく、正確な事実だけを伝えている書物を読み、そこから考え始めてください。なぜ今、日本と諸外国との関係はこのようになっているのか、その根源はどこにあるのかを考えてください。大学生の間に、たくさん歴史の本を読んで史実を知り、考えてほしいです。

 

 また、繰り返しにはなりますが、戦国時代や幕末、明治維新などの戦いの時代にばかり興味を持たず、平和だった時代にももっと目を向け、どうやったら平和と繁栄を築けるか考えてほしいと思います。

 

取材こぼれ話①

 

 最初は中世史を志望していたが、最終的に古代史を専門とした倉本教授。振り返ると自身には中世史よりも古代史のほうが向いていたと話すが、一つの理由は中世と古代の史料の違いなのだという。

 

 中世史の資料の多くは「古文書」にあたり、断片的な情報しか含まれない上かなりの脚色を含む。そのため、一つ一つ解明しながら大きな歴史像を作るのは非常に難しいのだそう。

 

 また、中世の古文書には古代の史料に比べ崩し字が多く、崩し字を読むのが苦手な倉本教授からすると相性が良くないのだという。「今、古代史研究でやっているくらいのレベルで中世史史料を読みこなせたかというと、私には無理だったかもしれません」(倉本教授)。

 

取材こぼれ話②

 

 藤原道長の日記『御堂関白記』は、2012年、日本政府が初めてユネスコ「世界の記憶」に推薦した史料である(2013年6月登録)。倉本さんはこの際、文部科学省内のグループの一員として推薦書作成に携わっている。『御堂関白記』にはさまざまな価値があるのだといい、この価値を伝えられるような推薦書の作成は「けっこう難儀な仕事であった」そう。

 

『御堂関白記』の特徴
『御堂関白記』の特徴(倉本さんへの取材を基に東京大学新聞社が作成)

 

 ところが、「世界の記憶」への登録は一過性の話題となってしまった。登録直後は連日取材を受けたものの、4日後に世界文化遺産に登録された富士山に「すっかり話題を持って行かれてしまった」のだという。

 

 倉本さんは、『御堂関白記』を読むことで「平安貴族が、毎日宴会と恋愛に現を抜かしてばかりで、迷信を信じていた未開な連中だという平安時代史観を考え直すきっかけにしてほしい」と話す。「彼らはとても熱心に仕事をしていたし、物忌や穢も自分の都合の良いように利用していたので、むやみやたらと畏れていたわけではないのです」。また、記主本人の書いた記録がそのまま残っている極めて稀有な古記録でもあるため、博物館などで展示された際にはその筆使いも実感してほしいと話す。

 

 原文を読むのが難しい場合は、日文研の「摂関期古記録データベース」や、倉本さんの書いた『藤原道長「御堂関白記」を読む』(講談社学術文庫)などで内容を楽しむこともできる。

 

【記事修正】2024年4月24日午前8時27分 誤字を訂正しました。

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