インタビュー

2021年4月9日

正確な子どもの知識を学ぶため東大に再入学 秋田喜代美教授退職記念インタビュー

 毎年恒例の退職教員インタビュー。令和2年度で東大での教員生活を終えた、秋田喜代美教授(元・東大教育学研究科・教育学部長)自身の研究生活や多彩な活動を振り返りつつ、思いの丈を語ってもらった。(取材・桑原秀彰)

 

子供の学習メカニズムを研究

 

  保育学・教育心理学の研究を志した理由は

 

 専業主婦として子育てをした経験が基になっています。私は東大文学部を卒業後、銀行員を経て専業主婦として子育てをしていました。その時周りの先輩ママが言う「赤ん坊を抱いていると抱き癖がつくから良くない」といった言説に科学的な根拠がないのではないかと疑問を抱いたのです。俗説ではなく子供に関する正確な知識を知りたいと思い、東大教育学部に学士入学して学び直しました。

 

 学部・大学院では特に発達心理学・認知発達を専攻しました。子育てをしつつ学ぶ中で長女がテレビマンガを見て笑う姿から、幼児期の子供がいつ頃からアニメのような複雑な物語を理解できるようになるのかについて興味が湧きました。まさにその頃、内田伸子先生が乳幼児の認知能力の高さを子供の語りから読み取る研究をされていました。このような研究なら家庭と両立しながら子供についての研究ができるのではないかと思い、研究にのめり込みます。博士論文では次女も研究対象として絵本の読み聞かせをし、絵本の理解過程を研究しました。

 

 東大の助手を経て立教大学で教育心理学の実験研究を進めていたのですが、調査の一環で幼稚園を訪れる機会がありました。その際園長先生から「実験だけしていても子供のことは分からないから園で子供が育つ様子を長く見た方がいい」「データだけで子供を見ることはできない」とアドバイスされました。これがきっかけとなり、保育のフィールドワークにも励むようになりました。

 

  他にも教職開発を専門としています

 

 教師がいかに専門性を高めるかを研究する教職開発を専門としたのは1999年に東大に戻ってきてからです。現場での経験を積む中、教育学の権威である佐藤学教授(当時)から「これからは教師が教えるだけではなく、生徒がいかに主体的に『学ぶ』のかが大切だから子供の学びの過程を現場で観察できる人が必要だ」と言われ東大に呼ばれたのがきっかけです。それまで教育心理学一本でやってきたので全くのくら替えでした。

 

 学校などの現場を訪れ教師と生徒がいかに学ぶのかについて実践的なアクション・リサーチを行う一方、絵本や保育の研究なども捨て難く、3分野ほどの研究を並行して行いました。

 

現場で子供をみる

 

  子供の成長における乳幼児期の絵本や読書の重要性も発信しています

 

 東大に戻ってきた頃、福音館書店の松居直さんから声を掛けていただいたのがきっかけで、英国の「ブックスタート」という乳児検診の際に0歳の赤ちゃんに絵本を渡す活動を視察し日本での立ち上げに参画しました。その後日本ではNPOとして活動が行われ、私はその効果を心理学の観点から実証しました。

 

 NPOには理事としても関わり、約20年活動が続く中で日本全国の6割以上の自治体で活動が行われるようになりました。実際にブックスタートを行う保健所に行くと、子供を中心に周りの大人たちが笑顔で活動しているんですね。私はこのような公共の場の存在がとても大切と思うのです。

 

 ブックスタートのような小学校以前の乳幼児期の保育・教育の重要性は学校現場に携わる中でもひしひしと感じています。貧困などで家庭の文化的環境が十分でない場合、雪だるま式にハンディが重なり小学校の時点ですでに大きな差が付くことがあるためです。

 

 しかし日本は海外に比べ乳幼児の保育や公共政策に関する学術研究の拠点が十分にありません。拠点整備と人材養成のために東大で発達保育実践政策学センターを同僚と設立しました。

 

  19年からは教育学研究科・教育学部長を女性として初めて務めました

 

 教育学研究科・教育学部は今では全研究科・学部の中で学部生・大学院生・教員の女性の割合が最も大きいですが私が助手の時は女性教員はゼロ。99年に東大に戻った時も2、3人でした。現在は教員の女性の割合も25%を超え大学の理想の学部の姿に近づいている印象です。

 

 ダイバーシティーの観点から女性の登用は重要ですが、教員の人事では女性だから採用したことは過去に一度もありません。「この人の研究は面白くて独創性、将来性がある」と判断した方の中に優れた女性がいたから25%を超えているのだと思います。各部局にも女性が活躍できる環境が浸透してほしいと思っています。

 

  研究科・学部長を経て感じた東大の課題は

 

 東大には優秀な学生・教員がいて、新たなものを生み出す研究の場として極めて魅力的です。予算や教員数の面で「理系が強い大学」です。人文・社会科学系が新たな学術を今後さらにいかにして発展させ東大発展に寄与するかを考える必要があると思います。

 

  最後に、東大生に薦める絵本は

 

 『きみのいたばしょ』という写真絵本ですね。何人もの妊婦のお腹の写真が載っているのですが、一人一人お腹の形が違うのです。写真には「きみはうまれるまえから、たったひとりのきみなんだ」と添えられています。ダイバーシティーといった理念を言葉で理解するよりもずっとインパクトがあります。みなさんも周りと比べ過ぎず自信を持って活躍してください。

 

保育における絵本に関する研究を行う秋田教授が薦める絵本『きみのいたばしょ』。サンクチュアリ出版、税込み1320円
秋田喜代美(あきた・きよみ)教授(東京大学大学院教育学研究科) 91年東大大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。博士(教育学)。専門は保育学・教育心理学・教職開発など。立教大学助教授(当時)などを経て04年より現職。19年より教育学研究科・教育学部長。
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