INTERVIEW / FEATURE 2019年2月7日

『彼女は頭が悪いから』作者・姫野カオルコさんインタビュー 小説に込めた思いとは

 2016年に起きた、東大生・東大大学院生5人による集団強制わいせつ事件。世間に大きな衝撃を与え、多くのメディアを騒がせた。あれから2年以上がたった2018年7月、事件に着想を得た小説『彼女は頭が悪いから』が出版された。人々の根底にある差別意識をえぐり出した小説として話題を呼ぶ一方、2018年12月に東大駒場キャンパスで開催されたブックトークイベントでは、小説中の、東大に関する事実と異なる描写や誇張した表現が「東大への誤った認識を生む」などと批判の声も一部から上がった。イベント当日は体調が悪く言葉足らずに終わってしまったという姫野さんに、この小説に込めた思いやイベントを通じて伝えたかったことを聞いた。

(取材・楊海沙)

 

姫野さんの小説『彼女は頭が悪いから』(写真提供:文藝春秋)

 

きっかけは被害者バッシングへの違和感

 

──『彼女は頭が悪いから』執筆の動機をお聞かせください

 この事件が報道された時に、ひどく不思議に思いました。現場には女性が2人いたのです。裸にされた被害者をAさんとして、もう1人をBさんとすると、Bさんは「こんなことやめなよ。こんなの犯罪だよ」と男性達に言ったのです。そしてAさんに「帰る?」と聞きました。でもAさんはずっと動かなかったので、Bさんは先に帰ったのです。「帰る?」と聞かれたのに帰らなかったAさんに対し「Aは自分で残ったんじゃないか」「この女にも責任がある」という意見がインターネット上などに多く上がった。でも私はそこに引っかかりました。「なぜ彼女は残ったんだろう?」と。男にからかわれて裸にされている現場を同性に見られた上で、その同性に「帰る?」と聞かれて「うん帰る! 待って!」とすぐ体が動く女性が当たり前にいるとは思えなかったのです。

 

 そして、Aさんがバッシングされるもう一つの理由がありました。加害者の中に彼女とセックスをしたことがある男がいて、「なんだ、すでにヤっているんじゃないか」という声がありました。私はそういう関係にあった男がいたからAさんは東大生たちについていった、そしてAさんはその男に特別な思いがあったのではないかと思ったのです。彼とセックスする関係になるまでの経緯が気になりました。でも、報道ではそのような事件の背景にあった人間関係は報じられません。Aさんにとっても不幸で、東大生にとっても不名誉な事件にはもっとささいながらも込み入った、普遍的な経緯や理由があると思いました。こうした部分を小説にしようと思いました。事件を事実に基づいて忠実に書くのならプライバシーを暴く矮小なことになってしまうので、フィクションという形でしか書けないことをつづろうと思った次第です。

 

 私は今年61歳です。まだ年若い現役学生の中には、この本を読んで「東大が悪く言われている」と嫌な気分になったり、腹を立てたりする人がきっといるだろうと思っていました。どこの大学であろうが,若い頃というのは「木を見て森を見ず」に陥りがちです。この事件そのものが良くない事件である以上、加害者の東大生の凶悪性も描かれているので、自分のことを言われているように感じてしまう若い興奮が起こるだろうと。もし森が見えずにそうなったのなら、私の顔写真をプリントアウトして釘を刺すなり叩きつけるなりしてください(笑)。

 

「東大報告書」ではない

 

──小説内には「東大は女子率1割(※編集注:2018年度において東大全体で18.6%)」や「三鷹寮は広くて新しい」、理I男子はモテるという趣旨の描写などなど事実と異なると東大生が感じてしまうような描写がいくつかあります。東大で開かれたブックトークイベントでは、ジェンダー論が専門の瀬地山角先生が同内容の指摘をしました。小説中のこのような描写には意図はあったのでしょうか

 東大に関する情報は東大のホームページで調べたり、東大卒の30代弁護士にアドバイザーになってもらったり、東大卒の文藝春秋社員にもゲラを読んで問題点を指摘してもらったりしていました。「女子率1割」という記述に関しては、女子が少ないことが読み手に即座にパッと伝わるようにしなければならないと思ったからです。20%の壁を超えられていないのは事実。それを四捨五入して2割と書くか、10%台として1割と書くかの違いです。少ないという意味では1割も2割も変わらないと見なされチェックが通りました。

 

 三鷹寮については、そもそも小説内に、そこで何かあるシーンは一カ所たりとも出てこない。「三鷹寮は広くて新しいらしい」と思っているのは小説内の登場人物・竹内つばさです。つばさは渋谷区広尾生まれ広尾育ちで、寮に入ることがないような恵まれた家庭に育った。もともと東大には古い寮があって、学生運動の温床になるとして取り壊された。それに比べると、三鷹寮は一度建て替えられていて広尾からすれば郊外の三鷹にあるのだから「広くて新しいらしい」とつばさは思うわけです。そして三鷹寮の家賃(※編集注:三鷹寮の家賃は月11,500円)と価格帯が同じ民間アパートはもっと狭いことを考えると三鷹寮は「広い」、というのも地方出身の登場人物・エノキの事情の記述です。登場人物の心情独白と地の文の混乱をせず、落ち着いて読んでね……。

 

 「彼女(彼)ができない」という悩みは、ちっぽけだけど大きいこと。どの大学のどの男子や女子にとっても。私は1990年前半から、処女であることを自責する主人公の小説『喪失記』をはじめ、 ジェンダーをテーマに数冊書いてきたので切実に分かります。 いくら東大がトップ大学だからって入学してすぐ異性慣れするわけない。勉強頑張ってたんだから。頑張ってるんだから。この小説のつばさだってそうでした。ところが、ふとしたはずみで彼女がすぐできる人もいるんです。つばさは兄弟構成の弟です。同性きょうだいの下というのは兄や姉で予行演習するから要領がいい傾向がある。もちろん例外はありますよ。東大どうのではなく、生育環境や社会の構造の中での要領のいいヤツの具体例を物語の中に組み込みました。たまたま、つばさたちは要領がいい。そんな彼らがせっかく東大に入りながら、東大生という肩書きをおかしな方向に使ってしまった。彼らの中で徐々に醸造されていきながらも彼ら自身には見えていないゆがみを「つるつる、ぴかぴか」という暗喩に皮相的に込めて描きました。もし東大事務局から、ホームページで東大を目指す高校生にキャンパスライフを紹介してくださいと依頼されたのなら、こんな人たちのことを書かず、暗喩も入れませんが。

 

 先日のブックトークイベントでは、この小説を、東大生全員が、東大報告書として読み、報告書として間違っているので怒っていると聞かされました。暗喩はまったく届かなかったのですね……。怒るというなら、私は、東大に入れたような優秀な能力を、こんなこと(集団強制わいせつ)に使ったつばさたちに対して抱きます。東大生全員が画一的な読み方をしたわけではないと信じたいです。

 

東大生には紳士や淑女であってほしい

 

──ブックトークイベントで、姫野さんが伝えたかったことは何でしょうか

 ここまで話したことに加え、東大生の皆さんにお祝いの言葉を言おうと思っていました。ちょっと遅いですけど、若い学年の皆さんにお伝えしたい。「東大合格おめでとうございます」と。

 

 日本一の大学に入学されたことで、「東大なんだ! すごいね!」と言われるたびに、「ああ、もうやめて」という思いも、もしかしたら出てくるかもしれません。でも、「東大なんだ、すごい」はどうしたって事実です。他を見おろす高さにある皆さんなのですから、ここは誇り高く、紳士淑女になってください。

 

 どうか、お箸をきれいに使ってください。どうか、食べるとき、テーブルに肘をつかないで。そして、どうか、他者ときちんとご挨拶のできる紳士淑女になってください。

 

 こんなエールを私から送られても余計なお世話でしょう。でも、何大学だとか何屋さんだとかいう以前に、社会で生活する人として当然の嗜みを、東大卒や東大生なら、優雅に心得ていてほしい。「さすがは東大」と周囲から感心される。それこそが東大生のプライドだと祈っております。

 

姫野カオルコさん(作家) (写真提供:文藝春秋)

 

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