INTERVIEW / OBOG 2014年3月31日

迷った時は、「後悔してもより納得がいく」ほうを選ぶ 桝アナウンサーインタビュー2

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――東大に入ろうと思ったきっかけは?

 生物が好きで、中高6年間、生物部の部長だったんです。研究はフィールドに行きたいので、農学部に行くことは決めていました。そうなると選択肢は東大、京大、東京農工大……そうしたら、当時、塾で好きだった女の子が東大を受ける、と知って(笑)。

――決め手になったんですね(笑)

 はい。紙に書かれた志望校がちらっと見えて、「東大理二! よし!」と内心思いました(笑)。東大と京大どちらにするか考えに考えても決着がつかなかったので(※注:東大オープンと京大オープンは両方受けたそうです)、最後はくだらない理由でもいいと思い決めました。人生そんなものかなぁと思い……。

――なるほど、それでは、進振りはどのように決めたのですか?

 スキューバダイビングのサークルにハマっていたので、農学部の中でも水産学科に出しました。学部時代はアナゴの研究をしていました。見た目はウナギに似ていますが、生態は結構違うんですよ。

――院に進むときは迷われなかったんですか?

 そうですね。1、2年は教養課程なので、3年生になって始めて研究したという実感がありました。でも研究が2年間では短く、せっかくだから4年間はやってからその後研究者になるかどうか判断したいと思いました。なので、学部3年の時には就職活動はしていません。

――修士1年で就職活動をされたとのことですが、アナウンサー以外に考えていた道はありますか?

 文理両方の能力を活かせるところとして、商社を考えていました。同じ学科の先輩も結構商社に行っていて。特に、商社には水産ユニットがあり、マグロのトレードがとても面白そうだと思いました。

――商社に行っていたら、アナウンサーとはまた違った人生でしたでしょうね。

 そうですね。商社よりも先にテレビ局の選考があって。自然番組のディレクターにも興味がありました。NHKの自然ドキュメンタリーのような番組を作りたくて。

――初めは制作希望だったんですか?!

 はい。制作志望だったんですけど、テレビ局の中では特にアナウンサーの選考が早く、ディレクター職ではないけれども、経験だからと思ってアナウンサーにも出願しました。アナウンサースクールにも通っていなくて、よく知らなかったのですが、締切間際に慌てて何局かアナウンサーの出願をしました。

――それで見事抜擢されたというのがすごいですね(笑)。非常に狭き門であるアナウンサーに、どうして選ばれたのだと思いますか?

 運もあると思いますが、少なくともこういうタイプのアナウンサーいなかったのかなぁと勝手に思っています。理系大学院卒ですから。もしかすると、目指していなかった分、ちょっと面白いと思ってくれたのかもしれません。不思議ですよね、人生ってわからないなぁ(笑)。

――アナウンサーとしての入社を決めた時はどのような心境でしたか?

 アナウンサーになるモチベーションを考えました。自然番組の司会、例えば他局ですが「世界ふしぎ発見」のような番組をやりたいと思いました。でも、自然番組はそれほど多くなく、チャンスが少ない。なので、生物とはまた別の興味で、スポーツ実況をやりたい、と。

――スポーツもお好きなんですね。

 野球もサッカーもすごく好きです。特に、プロ野球の広島カープのコアなファンなんです。

――カープファンなんですか?

 広島に全く縁はないのですが、物心ついた頃から好きでした。去年、「カープファンの女子が増えている」と報じられて、ついに時代が来た! と思いました(笑)。実は僕も、「ちょっとカープ女子キテルんじゃない!?」って思って、『ZIP!』に企画を出そうとしたら、「いないだろ!(笑)」と突っぱねられて……。「カープ女子特集」はNHKさんに先を越されてしまいましたが(笑)。

――先見の明があったのですね。入社後、つまずいたことはありますか?

 すべてがつまずきでした。スポーツ実況アナウンサーを目指して入りましたが、仕事はそればかりではありません。バラエティやニュース読みといった、今まで自分があまり関わってこなかったものにも取り組まなければなりません。

というのも、スポーツ実況って、人前で話すことをあまり意識しなくてもいいんですよね。でも、ほかの仕事はそうはいきませんから……。最初の仕事は、高校生クイズの前説でした。何千人もの高校生の前で「みなさんこんにちは~!」って話をするのですが、東大生の9割はそのような経験がないですよね。僕もそうでした。あの時、緊張して何を言っていたのか覚えていないです。

――桝アナウンサーが緊張されるとは意外です。

 いやぁ、めちゃくちゃ緊張しますよ。卒論や修論の発表ですら緊張して、頭が真っ白になっていたくらいです。当時は人前で話すのは嫌でしたね。学生の時は、そこそこ普通にしゃべれると思っていましたが、今にして思えば、全然そうではありませんでした。いざ、社会に出てみたら、「東大基準は間違っていたな」と気がつきました。(笑)

――なるほど。

 ただ、自分の得意な分野に対してなら、自信を持って話せると思いました。専門分野を持っている強みですね。

――緊張はどうやって乗り越えてこられたんですか?

 慣れるしかないですね。緊張したり、力が出せないというのは、自分の努力に不安がある時だと思います。受験でも同じで、「100%やりきった」と思っている時にはあまり緊張しない。だから、「経験を積むしかない」と思います。

サッカー実況をやっていた時は、休みの日も全部試合を見に行っていましたし、お笑いをやっていた時は、お笑いのDVDをひたすら観ました。「これだけ努力したんだから、だめだったら仕方ない」と思えるほどやることが大切です。

結果が出なかった時は、あれだけやったけど何が足りなかったのか、とまた考えます。器用なほうではないので、そうするしかなかったですね。

――振り返ってみると、桝アナウンサーは数々の選択をされてきていますが、迷った時にはどう判断してきたのですか?

 そうですね、迷った時には、「どっちに進んでも後悔することがあるだろう」ということを前提に考えます。完全な正解はないと思うので。

そして、それじゃあ、「どっちの後悔が自分にとって納得がいくだろうか」と考えるようにしています。一見ネガティブかもしれませんが、どっちが成功するのか、という基準ではなく、どっちに進んで失敗した時に自分なりに納得できるか、と考えるようにしているんです。

――なるほど、どちらを選んでも後悔するという前提に立つんですね。

 突き詰めて考えて決まらなかった時には、どっちに決めてもいいと思っているです。じゃあ、どっちが納得するか? 後悔する時に人のせいにしないでいられるか?

だから僕は、悩んでいる時には、人のアドバイスを絶対に求めません。そうすると、失敗した時に人のせいにしちゃうから。決めるときには、100%自分の意思で決めたという状況にしないといけないと思っています。

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桝太一(ます・たいち)
アナウンサー。1981年生まれ。千葉県出身。麻布中学校・高等学校を経て東京大学理科二類入学。農学部水圏環境専修卒業。東京大学大学院農学生命科学研究科修了後、2006年に日本テレビ放送網に入社。2011年、関根麻里とともに『ZIP!』の総合司会に選ばれる。スキューバダイビングライセンス、潜水士の資格を持つ。

 

【枡アナウンサーインタビュー】

「学生時代にひとつのことをやり切ってほしい」桝アナウンサーインタビュー1

迷った時は、「後悔してもより納得がいく」ほうを選ぶ 桝アナウンサーインタビュー2

「娘の保育園のお迎えが楽しい」 桝アナウンサーインタビュー3

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