COLUMN 2019年5月10日

秋田の民俗芸能・根子番楽 伝統の意味は「根源」ではなく「経過」

 「身近な言葉の歴史を考える 『迷惑』と『文化』に潜む政治性」では「文化」という言葉の意味の変遷を扱ったが、分量の関係上扱いきれなかった言葉がある。「伝統」という言葉もまた、原義とは異なり、現代の用法においては民族主義的な価値を帯びる点で、「文化」とよく似た意味の変遷を経ているのだ。本記事では根子番楽(ねっこばんがく)という秋田県にある集落の民俗芸能を通じて、「伝統」とは何であったかを考える。

(取材・円光門)

 

 秋田県北秋田市阿仁根子。国道105号笑内地区から根子地区へつながる道路へ、途中全長500メートルほどの細いトンネルを抜けると、四方を山で囲まれた、人口約130人、58世帯の根子集落が現れる。この村には2004年に国重要無形民俗文化財指定を受けた根子番楽という民俗芸能が代々伝わっている。

 

トンネルを抜けた先の根子集落の風景 撮影:船橋陽馬(根子写真館)

 

 番楽とはかつて山伏によって伝えられた「神楽」の一種とされており、太鼓、横笛、かね、板といった囃子と、謡、舞によって構成される。この形式が古くから伝えられているゆえんであると云われており、実際鑑賞すると子どもたちの演舞が中心となっている印象を受ける。

 

 長い間根子住民のみで上演されてきた根子番楽。しかし25年ほど前から子どもたちの通う阿仁中学校で居住地区の伝統芸能について学ぶ取組みとして「ふるさと学習」が始まったことで、根子以外の子どもたちも番楽の舞手、将来の囃子の担い手として受け入れられるように。「根子以外の参加者に対する違和感がなくなったのはこの頃からと思う」と話すのは根子番楽保存会の事務局を務める佐藤敏文さん。「少子化という現実の中、根子以外の子を受け入れる計画はそれまでもありましたが、我々が彼らを違和感なく迎えられたのは近隣の中学校の取組みがきっかけだと思っています」

 

 現在、根子番楽に携わる人々は学業や仕事の傍ら週1の稽古を行い、公演の依頼があれば年に数回は根子以外でも公演をする。彼らは伝統芸能に関わることをどのように捉えているのか。根子の魅力に触れて数年前に移住した写真家の船橋陽馬さんは「根子の若者に聞いてみると、彼らが今番楽をやっているのは子どもの時に舞を見てかっこいいと思ったからで、特に『番楽を残したいから』と考えているわけではないのです」と話す。「多くの人が番楽のルーツにこだわらないのも、ルーツなど知らなくても番楽は続くからです」

 

 伝統芸能の伝承にこだわりを見せない姿勢は、根子番楽保存会事務局の佐藤さんにも共通する。「別に伝承にこだわった保存活動をすることはないと思う。根子にいるから番楽をする、番楽があるから根子にいる。ただただそういう状況であってほしいです」

 

根子トンネル 撮影:船橋陽馬(根子写真館)

 

 伝統というと、人々は何かとそこに独占的な価値を置きがちで、そのルーツの「正統性」は常に熱狂的な論争にさらされがちだ。だが「伝統」は元々「血筋を伝えること」を意味する。英語のtraditionも「引き渡す」という意のラテン語が元になっており、そこにあるのは価値ある「根源」よりも、伝えるという「経過」だ。「かっこいいと思ったから」「根子に住んでいるから」という思いで番楽を黙々と続ける根子の人々は、「伝統」の元来の意味を体現しているのかもしれない。


この記事は、2019年4月2日号からの転載です。本紙では、他にもオリジナル記事を掲載しています。

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東大新聞オンラインPICKUP:留学編
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