学術

2023年5月16日

【後編】 アバターが持つさまざまな顔を知っているか? 工学・人文学からVRアバター普及の課題を捉える

 

 東大工学部は昨年「メタバース工学部」を開講。年齢、ジェンダー、立場、場所にかかわらず全ての人が工学を学べる場を提供し、一部の授業ではVRアバターを用いる。またアバターで動画配信を行う「バーチャルYouTuber(VTuber)」は全世界で2万人以上存在する。このようにアバターを用いた社会との関わり方は普及しつつある。

 

 ただアバターと聞いても、プレイヤーのコスチュームというイメージしか持たない人も多いかもしれない。しかし実は、アバターには多様な側面があることを知っているだろうか。アバターの研究可能性とその課題、アバター普及に必要とされる倫理などを、鳴海拓志准教授(東大大学院情報理工学系研究科)と鮎川ぱてさん(東大教養学部非常勤講師/先端研協力研究員)に聞いた。アバターの多様な側面を知り、アバター生活が当たり前となり得る未来の準備をしよう。(取材・葉いずみ)

 

【前編はこちら】

 

【前編】 アバターが持つさまざまな顔を知っているか? 工学・人文学から見るVRアバター研究最前線

 

アバターが当たり前の未来への鍵とは?

 

 近い将来、VRアバターでの生活は当たり前になるのだろうか。鳴海准教授はアバターを用いて自己を柔軟に変化させるという人間観に、現代人は近づいていると話す。「『スラッシュキャリア』と呼ばれるように複数の仕事を掛け持ちしたり、TwitterやInstagramなどSNSごとに自己表現のやり方を変えたりして、個人が複数の顔を持つことは当たり前になりつつあります。この延長線上に、アバターでの生活があるのではないでしょうか」

 

 一方、こうしたVRアバターでの生活がより普及するために今後必要とされるものも多い。

 

 まず鳴海准教授は、アバターの自分も自身の人生の一部だと認めるためのサポートの重要性を強調する。以前大学生らに「アバターによって見た目だけでなく性格や能力も含めて『なりたい自分』になれる時代が来たとき、どんな自分になりたいか」というテーマでエッセイを書いてもらったところ、生身の自分とアバターの自分とのギャップへの罪悪感を懸念する人が一定数いたという。「人間の自己認識には、アバターが直接変えられる身体的自己に加えて、自らの過去の経験から選択して形成される物語的自己があります。アバターを自分の人生に取り入れるには、物語的自己の形成を支援する研究が必要です」

 

 また鮎川非常勤講師はVR空間の男女比に注目する。2021年に行われた約1200人のソーシャルVRユーザーへの調査によると、各国のユーザーのうち約87%の現実性別は男性だった。この点について自身の専門であるボーカロイド(ボカロ)研究を例に挙げて説明する。「ボカロシーンでジェンダーリベラリズムが実現したのは、ファン層が男性に偏らず、女性や性的マイノリティーが存在したことが大事な理由の一つです。誰かが先導したわけでもなく自浄作用が働き、極端に女性蔑視的な曲とか、ジェンダー的に問題のある曲は、ランキング上位に自然と入らなくなりました。VR空間も同様に、あらゆる人がコミットできる公共空間となるには、現状の偏った男女比の修正が第一に求められます」

 

 

ソーシャルVRユーザー 1197件の回答に基づく 2021年の定量調査『ソーシャルVR国勢調査2021』を参考に東京大学新聞社が作成

 

 加えて鮎川非常勤講師は、現実性別が男性のVRユーザーのうち76%が女性アバターを使用していることから、女性アバターに関して特に意識すべき倫理観に言及する。例えば現実性別は男性の女性アバターVTuberの配信に性的なコメントが増え、またVTuber自身もそれに応答してしまう事例がある。これは結局、男性が女性の身体イメージを安易に差し出すという行為である。「自身の身体イメージを差し出しただけだ(私の自由だ)と主張しようとも、こうした振る舞いは女性の搾取になり得ます」

 

 一方、これを防ぐために女性アバター利用可能な人をルールで線引きすることにも問題がある。なぜなら、仮に『トランス女性を含む、現実に女性の人のみ女性アバターを使用可能』と決めた場合、一時的でも「女性になってみたい」という願望や、特定の性自認を持たない人を否定することになるからである。「トランスジェンダー当事者にとってVRは性自認に即した自己表象を獲得できる理想空間です。この良さを損なわずに先述の女性搾取を防ぐには結局、ルール設定ではなく、ユーザー一人一人の倫理が求められます」

 

 今後女性をはじめとしたより多くの新規ユーザーがVRアバターを利用するためには、ソーシャルVRでのルールづくりも重要である。鳴海准教授によると現在ソーシャルVR内には、ユーザーがアバターで表現しているものは話題に出してよいが、それ以外のプライベートには本人以外から言及してはいけないといった、善意に基づき形成された暗黙のルールが存在する。新規ユーザーには、こうしたルールへのリテラシーが必要だ。加えて鮎川非常勤講師は、暗黙のルール形成を男性が大多数という現状の中で完結しないようにする点も大事だと話す。「無意識に『男性の普通』が前提になるのを避けるためです。肩組みは性的でないので許容すると決めたとしても、それは女性には性的なボディタッチと等価かもしれない」。既存ユーザーも新規ユーザーも、それぞれにルールへの倫理観とリテラシーが求められている。

 

 

鮎川ぱて『東京大学「ボーカロイド音楽論」講義』 文藝春秋、税込み2420円 特に10章でテクノロジーにおけるジェンダーの問題が論じられている
鮎川ぱて『東京大学「ボーカロイド音楽論」講義』 文藝春秋、税込み2420円 特に10章でテクノロジーにおけるジェンダーの問題が論じられている

 

 VRアバターの一層の普及に求められる条件が達成できれば、コロナ禍をきっかけにオンライン授業やリモートワークの選択肢ができたように、アバターでの社会参加が選択肢として当たり前にある社会が実現するかもしれない。鳴海准教授は、自らが目指す未来をこう話す。「私は、社会全体がVR空間に移行して全員アバターになればいいと考えているわけではありません。希望者はアバターを利用し、バーチャル世界と現実世界が混ざり合って職場などにもアバターの人がいる。アバターの人がそれ以外の人と同様に尊重される社会がそう遠くなくやってきてほしいと考えます」

 

 アバターは新たな人間観を実現し社会をより良くする手段になり得る。一方、一層の普及のために求められる課題も多い。アバターの可能性と課題点を両方認識しながら、アバターで生きる選択肢を読者それぞれが検討してほしい。

 

鳴海拓志(なるみ・たくじ)准教授(東京大学大学院情報理工学系研究科) 11年東大大学院工学系研究科博士課程修了。博士(工学)。東大大学院情報理工学系研究科助教、講師を経て、19年より現職
鳴海拓志(なるみ・たくじ)准教授(東京大学大学院情報理工学系研究科) 11年東大大学院工学系研究科博士課程修了。博士(工学)。東大大学院情報理工学系研究科助教、講師を経て、19年より現職
鮎川ぱて(あゆかわ・ぱて)さん ボカロP。東大教養学部卒。東京藝術大学大学院修士課程修了。修士(芸術)。16年より教養学部非常勤講師、17年より東大先端研協力研究員を兼任。23年より東京藝術大学非常勤講師も兼任
鮎川ぱて(あゆかわ・ぱて)さん ボカロP。東大教養学部卒。東京藝術大学大学院修士課程修了。修士(芸術)。16年より教養学部非常勤講師、17年より東大先端研協力研究員を兼任。23年より東京藝術大学非常勤講師も兼任

 

 

【前編はこちら】

【前編】 アバターが持つさまざまな顔を知っているか? 工学・人文学から見るVRアバター研究最前線

 

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