学術

2020年7月30日

【WHO,ROBOT④】新しい身体が広げる可能性~テレイグジスタンスって?~

 ロボットが歩んできた歴史や現在ロボット研究に携わる専門家の意見を交えつつ、これからのロボットの在り方を探る連載『WHO,ROBOT』。今回から、コロナ禍のように人と人が接触し難い状況で活躍が期待される遠隔操作ロボットの現状と可能性に迫る。

*取材はオンラインで行われました。

(取材・村松光太朗)

 

家の中から「出勤」新しい働き方

 

 ロボットで遠隔環境に働き掛ける技術として「テレイグジスタンス」が知られている。世界で初めてこの概念を提唱し、実現に向けて研究を続けてきた舘暲東大名誉教授に話を聞いた。

 

  テレイグジスタンスとはどのような概念ですか

 

 直接赴くことが難しい環境で何らかの作業をしなければならないときに、使用者の動作をリアルタイムで再現するヒト型ロボットが現場に存在すれば、使用者自身は在宅のまま遠隔で作業可能となります。さらに現場のロボットへ一方的に動作指令を送るだけでなく、ロボットがセンサーで得た感覚情報を自然な形で使用者に送り返せば、使用者が現場に赴いている状態と実質等価になるでしょう。時空間を越えて新しいロボットの身体を獲得するという見方もできます。

 

 このように「自身が現に存在する場所とは異なる場所に実質的に存在し、そこで自在に行動する」という人間存在拡張の考え方、およびそれを可能とする技術が「遠隔存在=テレイグジスタンス」です(図1)。ここで使われるロボットをアバターロボットと呼びましょう。アバターロボットがシェアサイクルのように世界各地に遍在し、使用者は空きのロボットへインターネット経由で自由に出入りできる、というシステムが理想的な未来像です。

 

 

 

舘名誉教授らが開発したアバターロボット・TELESAR Ⅵ
(写真は舘名誉教授提供)

 

 

  「実質的にそこに存在する」という考え方はVRに近い気がしますね

 

 VRをVRたらしめる3要素(図2)はテレイグジスタンスも厳密に満たしています。そしてどちらも「自身が実効的に存在する環境を拡張する」技術であり、近いというより本質的に同じ概念です。テレイグジスタンスの方が歴史的に古く、テレイグジスタンスの移動先としてコンピューターが生成する3次元空間を選ぶとVRになる、と捉えることも可能です。

 

 

  どのような状況にテレイグジスタンスは効果的なのでしょうか

 

 人間が直接赴くことが難しい状況には有効ですが、実はこれだけならテレイグジスタンスを利用する必然性はありません。郵便・配達はラジコンの要領でロボットを飛ばしたり走らせたりすれば済みますし、臨場感や存在感を考慮しなければ会議の類もオンラインツールだけで問題ありません。

 

 もう一つテレイグジスタンスが効果的な状況の条件を挙げるとすれば「人間の身体性が必要」であることです。知識や経験にひも付いた動作を人間が臨機応変に行うことで初めて遂行できるような作業は簡単に自動化できず、機械学習技術の発展により高度な自動化が達成されないうちは人間が主導する他ないでしょう。職人技と称される技術はもちろん、コンビニの棚に商品を並べるという一見簡単そうな作業も然りです。

 

  テレイグジスタンスが新たに可能とすることは何でしょうか

 

 人間の存在拡張という側面で多くの可能性を開きます。例えば使用者側の入力とアバターロボット側の出力の関係を調整することで力を増幅し、生身では十全な力を発揮できない高齢者や障害者でも経験を生かして作業に参加できます。使用者自身がいるべき場所を選ばないので、国外からの遠隔就労で移民問題解消につながりますし、時差を利用した24時間営業も実現でき、種々の労働環境改善も期待できます(図3)

 

 

  そのような作業も全て自律型ロボットに置き換えられる時代が来た場合、敢えて人間の身体性を生かすテレイグジスタンスの意義はどこに見いだされますか

 

 仮に全てを自動化しようとしても、機械学習で実現するには動作の学習に必要なデータが圧倒的に足りません。大工仕事の自動化にも、大工が普段行う所作一つ一つに寄与する関節角度や手先の力など細かなデータを用意すべきです。そのようなデータが揃っている分野は現状かなり限られていますし、研究者が手探りで集めることも難しいでしょう。

 

 しかし、私が目指すテレイグジスタンス技術は使用者にとって直感的で即戦力となるものです。使用者が特殊な操作技術を覚える必要はなく、今まで通りに体を動かせばそのままアバターロボットに反映されるため、多くの人がテレイグジスタンス装置を通して遠隔作業できます。そして遠隔作業が繰り返されると、副次的な効用として作業のビッグデータが収集され、機械学習に転用可能となります。つまりテレイグジスタンスは長期的に見て、自動化を加速させ得る技術と言えるのです。

 

 もう一つ忘れてはいけないのが、作業とは毛色の異なる創造や娯楽という領域です。これは当事者がやりたいからやるのであり、全て自動化する意味はありません。家にいながらテレイグジスタンスでスキューバダイビングしたり、登山したり。下山が面倒ならテレイグジスタンスをやめてロボットに自動下山させることも可能になるかもしれません。楽しみたい部分だけ切り取れるのもテレイグジスタンスの醍醐味です。

 

コロナ禍が追い風に

 

  当初からコロナ禍のような感染症流行はテレイグジスタンス開発の視野に入っていましたか

 

 テレイグジスタンスの研究開始後に通商産業省(現・経済産業省)へ提案し発足したプロジェクト「極限作業ロボット」では、原子力・海洋・災害の3分野が中心的なテーマでした。しかしあくまでも通産省の管轄がその3分野だったというだけで、感染症流行も想定内でした。むしろ、人と人とが関わる環境が全て活躍の場となる点で、規模は極限環境をしのぐかもしれません。

 

 現状のコロナ禍でオンライン診療は拡充されていますが、触診ができないという短所があります。テレイグジスタンスを活用すれば、院内で患者と医師の濃密な接触を避けつつ、触診をはじめとした臨場感ある検査が可能となるでしょう。

 

  その場合、患者側から医師本人の存在を感じ取ることはできるのでしょうか

 

 ただのアバターロボットとしか映らないので、医師(=使用者)にとっての臨場感はあっても、患者(=使用者に相対する人)にとって医師の存在感はないという状況になります。生身の人と関わる場面でこのような状況では確かに心もとないので、その解決策として相互テレイグジスタンスという派生概念も提唱しました。一般的なテレイグジスタンスに加え、アバターロボットに使用者自身の姿がリアルタイムで投影される仕組みです(図4)

 

(図4)相互テレイグジスタンスロボット・TELESAR Ⅱ
05年の愛・地球博で公開
(写真は舘名誉教授提供)

 

  今後テレイグジスタンスはどのように展開していくでしょうか

 

 世界規模の技術コンテストを開催し過去に民間宇宙産業など新たな領域を創出してきたXプライズ財団が、次なる技術の模索に当たり私たちの研究に注目しました。そしてテレイグジスタンス実演のかいあって、アバターロボットが新たなコンテストテーマに選ばれました(ANA AVATAR XPRIZE、2018~22)。近年この競争に参加を試みるテレイグジスタンス関連のスタートアップが出現してきています。その最中でコロナ禍が起きているので、テレイグジスタンスの重要性に対する認識が強まり、さらに加速すると見ています。日本国内でもアバターロボットの研究開発制度が整えられました。全てのテレイグジスタンス競争参加者が今後のテレイグジスタンス産業を前進させていくことに期待します。

 

舘 暲(たち すすむ)名誉教授
73年東京大学工学系研究科博士課程修了。工学博士。通商産業省(当時)機械技術研究所、米マサチューセッツ工科大学などを経て東京大学教授、慶應義塾大学教授などを歴任。

 

【連載:WHO, ROBOT】

  1. ロボットと人の役割分担明確に ~東大教授と迫る「ロボット工学三原則」~
  2. ロボットのコミュニケーションとビジネス戦略に迫る
  3. ロボット通じ学生の挑戦促す「ヒト型ロボット」研究開発の意義とは
  4. 新しい身体が広げる可能性~テレイグジスタンスって?~ <- 本記事
  5. 遠隔化の波は診療を超えて手術まで~ロボット工学と医学の融合~

この記事は2020年6月30日号から転載したものです。本紙では他にもオリジナルの記事を掲載しています。

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