INTERVIEW / OBOG 2014年9月14日

野球が導いた東大合格 衆議院議員 階猛さんインタビュー

東大受験生の中には部活動に励みながら受験勉強をしている人もいるだろう。階猛さんは岩手県の高校で野球部に在籍しながら受験勉強を続け、東大に合格した。その後は東大野球部に所属し、文武両道を体現した。階さんに当時を振り返ってもらった。(取材・古川夏輝 撮影・竹内暉英)

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――東大を受験しようと思った理由は

私は岩手県立盛岡第一高校に通っていましたが、東京で暮らし、東京で勉強がしたいと思っていました。岩手県から東京の大学に進学することは経済的に大変で、東京の大学に行く人は多くありませんでした。そこで、周囲の人の理解を得るために志望校を東大にしました。大学では勉強に力を入れようと考えていたため、勉強をするからには東大で勉強したいというのもありましたね。

近所では子供を岩手から東京に送り出すことに抵抗を感じる親御さんも多かったのですが、私の両親は私の希望通りにやらせてくれました。他の大学にしろ、と言うようなことは一度もなく、浪人したときも東京の予備校に通わせてもらえました。非常に感謝しています。

――高校では硬式野球部に所属していましたが、どのように受験勉強と両立させたのでしょうか

高校時代は甲子園を目指していたため、夏は野球が中心の生活を送りました。硬式野球部の練習は大変厳しいもので、放課後は日が暮れてからも走り込みやトレーニングをし、朝練もありました。肉体的にも精神的にもハードでしたね。冬はグラウンドが雪の影響などで使えなくなるため、練習量が減ります。冬の期間に夏の遅れを取り戻し、そこそこの成績を維持するようにしました。

硬式野球部を引退してからは受験勉強に集中しました。結果的に2浪してしまったので部活動との両立ができたのかは微妙ですが、何とか東大に入学することができました。野球のおかげで身に付いた体力、集中力は受験勉強をする上でも役立ちました。私の場合は、野球をしていなければ合格できなかったと思います。

――受験生として苦労したことは

地方には東大を目指す予備校もなく、東大に進んだ先輩と話す機会もありませんでした。そのため、東大受験のノウハウが全くない中で自分で情報を集めなければなりませんでした。当時はインターネットもなく、受験雑誌などを読んでいたのですが、後から振り返るとかなり誤解に基づいて遠回りなことをしていましたね。

地方では東大に受かるにはものすごく高度なことをしないといけないと考え、基礎をおろそかにしてしまう人が多いです。私も難易度の高い問題を何時間もかけて考えたりしましたが、実際にはそんな必要はありません。浪人し、東京の予備校に通うことになりましたが、そのときに「これくらいで良いんだ」と思いましたね。最初の段階で予備校の先生や東大に進学した先輩の話を聞けていればもっと楽だったのかなという気はします。

地方の受験生は早い段階から東大の若い先輩から話を聞き、勉強法などの情報を集めてから受験勉強を始めた方が良いと思います。経済的に余裕があれば夏休みなどに東大受験用の予備校に通い、合格ラインがどんなものかを体感すると良いでしょう。最終的にどれくらいできればいいのかを把握しないと、ゴールが見えないまま無駄なことをしかねません。

――東大野球部に入部したきっかけは何でしょうか

大学ではより勉学に集中したいと考えていたため、もともと野球は高校まででやめる予定でした。しかし、1浪で合格することができず、途方に暮れていた際に六大学野球を見に行ったことで心境の変化が生まれました。東大野球部は弱いと思っていましたが、実際に試合を見ると他のチームと互角に渡り合っていて、感銘を受けました。そこで自分も神宮球場で野球をしたいと思い、入部しました。

――東大野球部では投手として活躍されました

東大は序盤で大量失点をすると勝機が大きく損なわれるため、「試合を作る」ということを意識していました。相手に先制点を与えず、競り合いに持っていくということを心がけていましたね。一方的な試合展開にならないように努力しました。

東大野球部には全国から多様な人が集まってきます。高校時代野球をやってない人、高校では軟式野球をやっていた人もいて、野球との関わり方もさまざまでしたね。そのような人たちと交流することで、野球に対する考え方もいろいろあるのだなと気付かされました。私は高校では甲子園を目指しており、「勝つための野球」だと思っていました。そのため、試合に勝てなくても平然としていられることに、当初は理解し難いところがありました。野球は厳しいスポーツだと思っていましたが、東大野球部の部員と関わる中で、必ずしもそうでない世界があるのだなと感じましたね。

――印象に残っている試合は

明治大学との一戦です。私が在籍していたとき、東大野球部は199勝し、あと1勝で200勝というところで70連敗を喫しました。199勝目から十数連敗したところで明治大学と対戦し先発しましたが、途中まで1対0で勝っていました。しかし、7回裏に逆転2ランホームランを打たれ、白星を逃しました。この試合で勝っていればその後そんなに連敗することはないような気がして、大変悔しい試合でしたね。

――13日から六大学野球秋季リーグが始まりますが、東大野球部の勝利には何が必要でしょうか

私の時代はあと1勝で200勝という大きなモチベーションがありました。対戦相手も記録に残る敗戦をしたくないという思いがあり、そのせめぎ合いで終盤まで競ったいい試合が結構ありました。しかし、今の東大野球部を見ていると、勝ちたいというモチベーションが少し弱いような気がします。春季リーグも2度観に行きましたが、序盤で点を取られるとそのまま一方的な試合展開になってしまいます。もう少し踏ん張れるんじゃないかなという気はします。

東大が勝つには技術だけでなく精神面でも強くなる必要があります。他の大学は「東大には絶対に負けない」という強い気持ちを持って試合に臨んできます。そのような相手に挑むにはもっと強い気持ちを持つ必要がありますね。もっと気迫のあるプレーが見られるようになればいいなと思っています。

あとは相手の土俵で戦うのではなく、相手のペースを崩し、自分のペースに持ち込むことも大切だと思います。今年の甲子園では超スローボールが話題になりましたが、そのような奇をてらうような工夫があってもいいと思います。

――東大卒業後は日本長期信用銀行に勤務しました

私が勤務し始めたころはバブルの絶頂期だったため、何となく浮ついた感じがあり、本当にこれで長続きするのだろうかという不安がありました。当時は組織の論理や、ちまたの空気に異論を唱えにくい状況で「他もそうだからうちも」という傾向がありました。そのような中でも自分の意見をはっきり言うにはそれなりの能力がないといけないなと考え、銀行に勤務しながら司法試験の勉強も始めました。

案の定バブルは崩壊し、日本長期信用銀行も経営破綻しましたが、このとき自分の力で生きていくすべが必要だということをより強く感じました。塞翁が馬という言葉がありますが、銀行が破綻していなければ弁護士にも衆議院議員にもなっていなかった気がしますね。

――衆議院議員選挙に立候補した理由は

親や周囲の人たちのおかげで東大に入学でき、野球もでき、弁護士資格を得ることができ、そろそろ自分もふるさとに恩返しをしなければという思いを抱き始めました。そのときに、高校、大学の先輩で、当時岩手1区から選出されていた衆議院議員が岩手県知事に転身したため、その後継者として立候補してみないかという打診を受けました。そこで、衆議院議員として活動することでふるさとに恩返しがしたいと考え、立候補しました。

――当選し、衆議院議員として活動することとなりました

衆議院議員として苦労することは反対の立場の人にも説得しないといけない点ですね。これは理屈だけではどうしようもなく、大変エネルギーを使います。日本は大きな借金を抱えている、だから予算を縮小しようと言っても、簡単には国民を説得できません。正しいことを進めようとしてもなかなか物事が前に進まないことが多いですね。

私は厳しくても正しい道を追求することを信念として持っています。これだけ借金があっても、地元で大規模な公共事業を行うという候補には人気が集まるでしょう。そのような誘惑に流されてしまっては、自分が政治家をしている意味がありません。易きに流れず、厳しくても正しい道を歩んでいきたいと思っています。

――最後に受験生にメッセージを

世の中にはどんなに優秀でも東大受験が許されない環境にある人もいます。努力をさせてもらえる環境にあることはありがたいことだと自覚しましょう。そして、そういう環境にいる以上はどうやったら東大に入れるか真剣に考え努力してほしい。合格したら自分が頑張ったから、自分に能力があったからと考えるのではなく、努力できる環境にいたことに感謝しましょう。願わくば、弱い人、恵まれない人の境遇に目を向け、そういう人たちが少しでも幸せに暮らせるよう、社会に恩返しをしてほしい。みんなが幸せに暮らせるような世の中を築いてほしいですね。

ご経歴

階 猛 さん(しな たけし)

衆議院議員

91年法学部卒業。同年日本長期信用銀行入行。03年に司法修習を修了し、弁護士登録する。07年に岩手1区補欠選挙に民主党公認で出馬し、初当選。民主党政権では総務大臣政務官を勤めた。

※この記事は、2014年9月9日受験生特集号からの転載です。本紙では、他にも多くの記事を掲載しています。

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